世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) キエフ国立大学における日本語教育の今について

キエフ国立大学
小野崎 亮

キエフ国立大学の現在

1年生書道指導風景(1)の写真
1年生書道指導風景(1)

 キエフ国立大学において日本語教育が開始されたのは1991年のことです。そして1996年から、NIS諸国日本語教育派遣専門家が送られるようになりました。現在、派遣専門家の指導を受けた卒業生達が本大学で若手日本語教師として活躍しています。キエフ国立大学はウクライナを担う優秀な人材を輩出しつづけている大学で、他の追随を許していません。しかし、本大学においても、他の地域に見られるように教材教具・教師不足という問題を抱えています。また教師は本大学卒業者であることが大前提です。教師希望の優秀な学生をアシスタントとして採用することも可能ではないかと考えられますが、教養・知識・経験が何よりも重んじられる本大学において、学生教師の採用は現在のところ見送られています。

今後の展望

 知識と教養を重んじる傾向はウクライナ人の気質のようです。現地教師達は非常に研究熱心で、日本史・日本文学などの分野において造詣の深い教師も多くいます。ベテラン教師陣は、その知識をソ連体制時代、ほぼ独学で得たものです。人々の交流が今よりも盛んではなかったその時代において、それは大きな苦労・努力の成果です。しかし、ベテランであればあるほどプライドも高く、自身の教授法、教授能力、また教師間の情報交換や協力に対し沈黙を守る傾向が見うけられます。
 しかし、本大学で働く若手の教師にとって専門家とは特別な存在と考えられているようで、新しい教授法で育った彼らは、高い日本語運用能力を持ち、また薄給にもかかわらず、教職を天職と考え、その自分達が自立していく事が出来るよう、常に専門家のサポートを必要としています。
 派遣専門家に求められる役割は、

  1. (1)学習者・若手教師の日本語能力向上の為に努力すること
  2. (2)特に若手教師に対して、教授法の例示・指導・点検
  3. (3)一人一人の教師の専門性を高めるために日本語の周辺で研究分野として興味を示すと考えられる幅広い事柄に関する知識を提供すること
  4. (4)日本語課の運営が現地化できるように、これまでの専門家がマンパワーで行っていた業務をシフトして行くこと

キエフ国立大学における派遣専門家担当業務について

 現在本学において派遣専門家は1年生から4年生の日本語の授業を合計で週16時間担当しています。これまで大学の考えとしては1学年、2学年であれば、経験の浅い講師でも教えることが可能であるので、これで対応し、派遣専門家に上級学年を担当させるというものでした。しかし、1学年からネイティブの話す日本語に慣れさせ、音声、運用面においても自然な日本語を身につけさせたい事を大学側に提案し、1年生から4年生まですべての学年の日本語を見ることを認めてもらいました。その結果、すべての教師とチームを組むことが出来、これまで各教師がカリキュラム・教材を個別に選定、作成していたものを、派遣専門家と協力するという事が自然に行われるようになりました。

キエフ日本語教師会について

1年生書道指導風景(2)の写真
1年生書道指導風景(2)

 専門家の現地での活動としてはキエフ日本語教師会があります。キエフで孤立奮闘している各機関の日本語教師との協力体制を築くこと、教師の教授法向上、情報交換の場として大切な役割を担っています。毎年行われている日本語弁論大会の運営、国際交流基金からのネットワーク助成金をもとに日本語教育セミナーの実施、毎月の報告会・勉強会など活発な活動を行っています。
 特に今年はキエフで日本語能力検定試験(模試)を実施できたことは非常に有意義でした。当地においてはまだ日本語能力検定試験は実施されていません。是非一日も早くキエフでの実施が現実となって欲しい課題です。規定として受験者数が200人を超える見込みがなければならないという話でしたので、それではキエフで日本語を勉強している人を対象に「模試」を実施してみて、どのような反応が見られるか調査してみること。また日本語学習の動機付けの一つとして。さらに能力試験が現実化されたとき、キエフ日本語教師会メンバーに、実務が可能かどうか。実験的要素がかなり強かったのですが、この案に対する教師会の支持は絶大でした。
 結果として口頭での案内だったにもかかわらず、160人近くの応募があり、中には噂を聞いて地方から参加してきた学習者も居ました。

最後に

 前述のとおり、教師不足・教材不足はキエフ国立大学のみならず、ウクライナの日本語教育すべてにおいて大きな問題となっています。しかしこれから毎年卒業生を輩出できる環境が整えば、近い将来教師不足はきっと解消されることでしょう。教材不足に関しては残念ながら楽観視できませんが、自前の教材を作ることは若手教師達の夢のようです。浦和の長期研修から帰ってきた教師は是非ともキエフ国立大学の日本語教科書を作りたいという希望を持っています。それが現実化されたとき、教材不足という問題は解決されるかもしれません。そのためには多くの優秀な教師を育て、各教師が専門性を高めるために日本語研究を促す必要があります。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 キエフ国立大学は、ウクライナ国内でもっとも優秀な学生の集まる大学として知られており、各界著名人を数多く輩出している。日本語講座に関しては、1991年開講とまだ歴史が浅く卒業生の数は少ないものの、その中には日本語能力試験1級を取得した者、大学に残り後続の指導にあたる者、日本企業に就職した者等、ウクライナ日本語教育界をリードし、また学習者にとっての大きな目標、刺激となっている者が少なくない。
 派遣専門家に求められるのは、彼らに続く優秀な学生の育成および教師の育成、さらに教師間の連絡、協力体制を整備することである。
ロ.派遣先機関名称 タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学
KYIV NATIONAL TARAS SHEVCHENKO UNIVERSITY
ハ.所在地 Ukraine, Kyiv 01017,Boulevard Taras Shevchenko 14
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS派遣日本語教育専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学付属言語学院 トルコ語講座
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1991年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1996年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤5名 非常勤1名(邦人)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年生:28名 2年生:34名 3年生19名 4年生:19名
(2) 学習の主な動機 日本企業、省庁等への就職、日本文化への興味、先進国へのあこがれ
(3) 卒業後の主な進路 日本企業、本学日本語教師、所中等教育日本語教師
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定試験1級~2級合格程度
(5) 日本への留学人数 5名程度

ページトップへ戻る