世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 地平線の彼方を目指して ~キエフにおける日本語教育~

キエフ国立言語大学付属東洋語大学
立間 智子

日本語教室での授業風景の写真
日本語教室での授業風景

 ウクライナは日本から空路で約14時間、邦人120名ほど、日本との歴史的な繋がりは薄く、一般的には日本は遠い存在である。しかしここ数年、一般社会においても日本への関心は高まっており、首都キエフでは連立するファーストフード店の並びにも寿司バーがお目見えし、大型スーパーでは寿司や和食器も売られている。日本語学習者の学習動機も、その多くが日本文学や小説、日本映画やアニメ、武道や食文化などエキゾチックで伝統ある日本文化への興味、そして高度な先進技術、経済大国への憧れである。その背景には、長い歴史の中で、雄大な自然と共存し、伝統を培い、旧ソ連時代には宇宙、軍需産業において高度な技術力を保有したという日本との共通点が垣間見られる。

 キエフ国立言語大学日本語教育学科は1990年の創設以来、毎年数名が日本に留学し、日本語を用いた職に就く人材を輩出してきている。

ウクライナでもお花見「ライラックとドニエプル河一望」の写真
ウクライナでもお花見
「ライラックとドニエプル河一望」

 NIS専門家派遣は4年目を迎え、日本語の専門的な教材が充実し、日本の国語教科書などを用いて学習していた頃に比べ、体系的、能率的な学習が可能になった。しかし、学習環境の改善により日本語の水準が向上している一方、能力差の拡大も著しい。入学後、日本留学や日本語を用いる就職が「狭き門」である現実の厳しさを知り、学習意欲を失ってしまう学習者が大半である。そして留学試験のため、読み書き偏重の学習スタイルで会話能力は乏しい。会話能力の向上、「留学ありき」から「留学もあり」という学習目的の多様化へ向け、様々な取り組みを行ってきた。

 まず、担当する会話授業において学習者の意識転換を図った。学習者は間違いを恐れ、人前での発話に消極的な傾向が強い。活発に発話しやすい環境作りを心がけ、学習者は物怖じせず積極的にコミュニケーションを楽しんでいる。さらに、文化的興味や知的好奇心を高めるため、日本語学科専用教室では日本の新聞や雑誌、本、テレビ番組の録画などの閲覧が自由にできるよう、放課後は図書室として開放している。新たに設置した大きな掲示板には、日本が少しでも身近に感じられるよう日烏両国に関する情報を貼っている。

 学外においては、邦人社会とのパイプ役として日本語教育への理解と協力を仰いできた。在ウクライナ日本国大使館による日本文化体験会や日本映画鑑賞会、学生主催の交流会など、邦人、日本語学習者双方から歓談の場が数多く提供された。

 学習意欲の維持には、卒業後の受け皿が必須である。専門的に学んでも日本語を用いる職の雇用は希少であり、講師の給与は非常に低く、教職は人気がない。行き場のない学習者の現状改善が重要課題である。

 有能な日本語教師の人材確保は容易ではなく、人材育成が急務であるが、長年のクラス担任制(全ての授業において、主に担任が教授する)の弊害もあって、概して教師は独自のやり方に執着しがちである。教師間の連携は乏しく、各クラスは密室化しやすい。クラスによって学習意欲、能力の格差が現れる可能性も否めない。互いに切磋琢磨できる、開かれたクラス運営を目指し、教師同士の授業見学を促してきた。また、同僚教師の研究論文の指導や教材開発の補助を行っている。実地を通して、教師自身が指導法や研究方法を分かりやすく学び、現場に還元できることが何よりであると実感している。

 NIS専門家の活動は多岐に及び、キエフ日本語教師会をサポートし、年一回のウクライナ日本語弁論大会、日本語教育セミナーを実施している。ウクライナ全土の日本語教育機関の現状把握と問題改善のため、各機関とのネットワーク強化を図っている。特に、4年に渡りキエフ日本語教師会主催により試験的に実施してきた「日本語能力試験」の本試験が来年度から実施されることになったことは、当地では大きな喜びであり、日本語教育の現地化へ向けた新たな第一歩であると期待している。

 黄色と空色の2色国旗に象徴される、果てしなく続く麦畑と空。遥かなる地平線の彼方に何があるのか、ウクライナの日本語教育の現状と重なる。今、確かなものが見えずに走り続けているが、将来きっとたわわに実らせるであろう麦穂を楽しみに、共に走り続けようと思う。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
日本語主専攻学科としては国内有数の学習者数、教師数を誇り、ウクライナの日本語教育の中心的役割を担っている。また日本語教育機関や日系企業、日本国大使館等、日本と関わっていく人材を輩出する重要な機関でもある。毎年、数人が日本へ留学し、帰国後は後進の指導にあたっている。NIS専門家の主な役割は、学習者、教師の日本語能力の向上、学習環境の整備、現地教師への専門的指導と補助など、総合的なコーディネートと専門的、緻密なサポートである。邦人社会とのパイプ形成も需要である。
ロ.派遣先機関名称 キエフ国立言語大学附属東洋語大学
Kiev State Linguistic University, Institute of Oriental Languages
ハ.所在地 Kiev,Chervonoarmeiskaya Str.73
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
東洋言語文明講座 日本語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1990年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 2001年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤7名(うち邦人0名) 非常勤2名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   120名(1年23、2年30、3年21、4年24、5年22)
(2) 学習の主な動機 留学、日本企業就職希望、日本への憧れ、日本文化への興味、日本語教師希望
(3) 卒業後の主な進路 就職(母校・日本語教育機関・日本国大使館・日本企業)
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級程度
(5) 日本への留学人数 4名程度

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