世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) キエフ国立大学 学生、教師、そしてNIS専門家

タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学
石田英明

キエフ国立大学 言語学院校舎の写真
キエフ国立大学 言語学院校舎

 農奴制が残る時代、一人の農奴の少年がその才能を見出されて教育を受けるチャンスを得、ウクライナ国民の精神と国家の独立を象徴する文学・芸術家となった。ウクライナという国自体の苦難の歴史を彷彿とさせる人生を歩んだこの芸術家の名を冠した「タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学」は、20,000人の学生が学ぶ文字通りウクライナの最高学府である。この国の地理的・歴史的経緯から、学生はウクライナ語とロシア語のバイリンガルであり、実用的な語学学習の重要性を意識することなく感じていると言える。

 その中で、特に日本語を学ぼうという学生にとって最も困難な点は「日本と地理的にも遠く、一般的な人的・文化的交流もまだまだ希薄」であることだ。極端に言えば「日本人を知らない、知ってる日本語を使えない」である。寿司バーやテレビの紀行番組、CFの題材など日本を目にすることは増えてきているが、一面的な先入観を助長させていることも多い。そこで学生に対するNIS専門家の役割は「道具としての日本語使用体験」に始まる運用能力の向上を図ること、および「現実の日本情報の提供」であると考えた。限られた学習時間の中で、自ら考え表現するコミュニケーションの場を最大限作りだすことに努力し、その成果は学生の発話意欲・能力の向上に表れつつある。

 9月開催のウクライナ弁論大会でも、当大学代表者は(CIS諸国学生弁論大会代表の座は逃したものの)全員入賞を果たした。また、ゲストを迎え日本文化体験の時間を持ったときも、1年生ながら積極的に日本語で関わろうとする微笑ましい姿も見られた。

 一方、主専攻といえども「日本語」授業の時数は少なく(週2~5コマ)、現地教師との協力なしに効果的な授業は提供できない。これまで8年間のNIS専門家派遣事業で蓄積されてきた成果は、この教師育成の部分が大きい。初代NIS専門家が担当した学生達が現在のキエフ大学教師陣の中心的役割を果たし、直説法を取り入れた授業を展開する。その教師たちの更なる日本語力の強化、教授法や教材に関するコンサルタント等は重要な業務の一つである。時には教育論に関わる話も交える中で、日烏の教育観の違いに気づかされもした。

ゲストを迎えて 日本文化体験の写真
ゲストを迎えて 日本文化体験

 当大学に限らず日本との繋がりが希薄な教師が多いため、キエフ日本語教師会は日本語使用の重要な機会ともなっている。まだまだNIS専門家が動かなければ何も進まない状況ではあるが、市内5大学2学校の教師達が中心に集い、弁論大会・能力試験模擬・ウクライナ日本語教育セミナー等の主要イベントに尽力し、月例定例会や勉強会に参加する。

 さて、当大学の現在直面する大きな課題のひとつは、学生の学習目的が「日本留学」に一元化されつつあることであろう。「日本への憧れ」から学び始める学生も、実際に留学して高度な日本語を身につけなければ将来に繋がらないことを認識し、学習目的は「留学」に否応なく焦点化される。しかし実際に留学できる人数は年に5~6名と少ない。これまで、留学を諦め自ら「落伍者」だと感じ学習意欲を失う学生数は、学年を追うごとに増える状況にあった。そこで教師陣には「語学学習の意味」を今一度考えるよう提案している。日本語を活かせる職場が極端に限られている以上、この状況は変わらない。学生の学習意識を変革させるには、まず教師を変えなくてはならない。

 今後、教師陣に必要なことは、自らの日本語能力を常に謙虚に見つめ向上をめざすこと、そして学習効果を上げるための方策やクラス運営について自ら考え、教師間の連携を図りつつ実行していく力をつけることであろう。各NIS専門家の仕事を見てきた彼らに、それを自身の力とし身に付けていけるような意識化を促したい。専門家主導で行ってきたキエフ教師会も、ウクライナ現地教師が自ら(望ましい方向で)主導権を握り開催できるよう、ノウハウの蓄積を現地化することが今後の主要な課題であると考える。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
1834年に国内最初の近代大学として創立されたキエフ国立大学は、ウクライナの高等教育機関における最高峰として知名度が高く、優秀な学生が集まる。各界名士・実力者・専門家を多く輩出し、またその子女も在籍している。日本語講座においても、浅い歴史ながら卒業生は在ウクライナ日本国大使館をはじめ様々な場で活躍を始めている。専門家は、学生に対する日本語授業とともに現地教師のコンサルタントや教務調整、カリキュラムおよび教材の整備を行う。
ロ.派遣先機関名称 タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学
TARAS SHEVCHENKO NATIONAL UNIVERSITY OF KYIV
ハ.所在地 Ukraine, Kyiv 01017,Boulevard Taras Shevchenko 14
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
キエフ国立大学 言語学院 中国語・韓国語・日本語講座
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1991年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1996年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
(日本語に関して)常勤2名、非常勤7名(うち邦人1名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年29名、2年36名、3年26名、4年34名、5年19名。
(2) 学習の主な動機 留学、日系企業への就職希望、日本への憧れ
(3) 卒業後の主な進路 日系企業・その他企業・母校に就職、母校大学院進学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定2級試験を受験可能な程度
(5) 日本への留学人数 5名程度

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