世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 遙かキエフから続く日本「語」の道

キエフ国立言語大学
石田英明

キエフ国立大学付属東洋語大学の校舎の写真
キエフ国立大学付属東洋語大学の校舎

 キエフ国立言語大学は、ウクライナの首都キエフの中心、2004年オレンジ革命の舞台となった独立広場からの道を約3Km南下した所に位置する。当大学ではヨーロッパの8言語、東洋の6言語が学ばれ、全学生約6000人のうち120名程が日本語を専攻する。1990年の日本語科創設以来、ウクライナで日本・日本語に関する希少な職を得た者のうちの多くが当大学出身者という、当国日本語教育の要となっている。

 2005年のユーシェンコ大統領の来日後、一般的な日本への関心も益々高まっている。在ウクライナ日本国大使館が開催する折り紙や生け花、茶道などの日本文化紹介行事も年間を通して数多く催され、「遠い日本」に接することのできるこの上ない機会である。また、JICA-国際交流基金の『NTTUKPI”ウクライナ・日本センター』の図書館もオープンし、日本に触れるチャンスは格段に増えてきた。インターネット環境の発展も顕著で、日本のアニメや音楽に関するホームページへアクセスする学生も少なくない。が、「日本人は毎日すし食」「各家庭にロボット」「痴漢だらけ」といった思い込みも多々耳にする。インターネット時代とはいえ、等身大の日本理解にはまだ遠いようだ。

 さて、当地のジュニア専門家は、主にキエフ国立言語大学での会話授業実施、学習環境の整備、教師サポートと、学外におけるウクライナ教師会サポートという二本柱から日本語教育の発展を図っている。

 まず会話授業で念頭に置いたのは、自然な日本語を目いっぱい聞かせ、話させること。現地教師の授業は読み書き中心、かつ日本人に接することの少ない学生にとって口頭表現・会話能力の向上は大きな課題である。間違うことに対する羞恥心もかなり強い。そこで、間違いを指摘されても萎縮しない雰囲気作りに特に注意を払った。その結果、初級のうちに「間違うかもしれないが、とにかく日本語で表現してみよう」という意識が芽生えてきたように思う。

日本の映画を見よう!の会の写真
日本の映画を見よう!の会

 一方、学生にとっては主に「日本文化や語学への興味」から選択した日本語ではあるが、日本語での就職の困難さを見聞きする中で、その目標は狭き門の「日本留学」へと収束されていく。そのため中級以後、日本語の難しさを痛感し、留学を諦めると同時に学習継続意欲を失う学生が目立つ。彼らのやる気を繋ぎ止める一つの試みとして行なったのが、放課後月1回程度で実施した『日本の映画を見よう!の会』である。中級以上を対象に現地語字幕なしの日本映画の鑑賞会を催し(学習目的でなく、娯楽である)、「おもしろい映画だ」という満足感を味わうことで日本語習得の喜びを感じさせるのが目的。留学だけでない学習目標を認識させる意味で、やる気のある学生には効果は見られた。ただ、レベルと興味にあう新しい映画を見つけるのはかなり難しく、願わくは日本語字幕付きの邦画DVDを数多く作成してほしいところである。

 ところで、生の日本人とのつながりが薄いのは教師も同じである。日本留学や日本での研修を経験した教師にとっても、日本語力の維持は課題だ。教師控え室での雑談も数少ない日本語使用の機会。教師からの質問で目立ったのが「適切な教材の選定と使い方」だった。また、大学独自の教材開発を進める教師もおり、そこから最近の日本語教授法研究の動向へも関心をもってもらうつもりで話し合った。

 とはいえ昨年一番のニュースは『日本語能力試験』の実施であろう。現地教師の協力により、第一回試験を無事に終えた。受験応募者321名、受験者284名。ウクライナ日本語教育界にとって大きな一歩前進である。

 この他にも、ウクライナには日本語関連行事が多い。特に、9月の『日本語弁論大会』(小学生、中高生、大学生の3部門。大学生の部出場者はウクライナ全土から)と、3月の『ウクライナ日本語教育セミナー』(専門家・ジュニア専門家のセミナー、および現地教師の実践報告)は、地方日本語教師を含めたネットワーク強化の好機ともなっている。これらは専門家・ジュニア専門家の協力の下、ウクライナ日本語教師会の主催で行なわれる。

 ウクライナの世相が経済的実利主義に傾倒していく中、「日本語を使う職に就けない大多数の日本語専攻学生」を前にして、教師自身の迷いも生じつつある。その中で、学生全体の学習継続意欲を持続させるための鍵は、学習目的の多様化とともに、やはり「学ぶこと自体の楽しさ」「日本語は面白い」ではないだろうか。この地で高等教育機関の日本語専攻コースが伸び行く道は、「学ぶ楽しみと達成感を感じさせられる中・上級授業のあり方」という模索の先にあるように思う。日本人のウクライナ入国の際の短期査証が免除され、日本企業の更なる進出や日本人観光客の増加が期待されている現在、学生達の夢もさらに輝きを増しはじめている。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
専門家は学生への会話授業、教師の日本語能力・教授能力向上サポート、学習環境の整備を行なう。当大学は、ウクライナにおける日本語教育の中心的役割を担っており、教師数・学習者数ともに国内有数である。上級レベルまでのシラバスを持つ国内では数少ない教育機関のひとつであり、近年ではオリジナル教材の開発も手がけている。毎年数名が日本へ留学し、卒業後は語学専門家として日本語教育機関や日系企業、日本国大使館等に就職する者や、日本の大学院への留学を果たす者もいる。 
ロ.派遣先機関名称 キエフ国立言語大学附属東洋語大学
Kiev State Linguistic University, Institute of Oriental Languages
ハ.所在地 (大学代表) Kiev, Chervonoarmeiskaya Str. 73
ニ.国際交流基金派遣者数 ジュニア専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
極東言語文明講座 日本語科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1990年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 2001年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤9名(うち邦人0名)、非常勤3名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   116名(1年23、2年20、3年30、4年23、5年20)
(2) 学習の主な動機 留学、日本企業就職希望、日本への憧れ、日本文化への興味、日本語教師希望
(3) 卒業後の主な進路 教育機関、母校、大使館、一般企業に就職、大学院に進学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級受験を可能な程度
(5) 日本への留学人数 毎年4名程度

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