世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ウクライナの日本語教育の現状 〜NIS専門家受入れから10年〜

タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学
森戸規子

ウクライナの中の日本

ウクライナでの日本語教育の現場写真1

ウクライナは、距離的に日本から遠く、政治・経済の関係も特に深いわけではない。にもかかわらず、日本語学習者は約2000人おり、生け花、茶道、書道、折り紙、囲碁などさまざまな日本文化の活動がウクライナ人が中心となって進められている興味深い国である。この1年の間に、日本食レストラン、スーパーに置かれる日本食材、テレビに登場する日本人、日本語がプリントされたシャツやショッピングバッグなどが増え、ごく普通のウクライナ人にとっても、日本が以前より多少身近な存在になっているのではないかとも感じる。

派遣国における日本語教育の状況と専門家に期待される役割

キエフ国立大学に初めてNIS諸国派遣日本語教育専門家(国際交流基金派遣)が入ってから、今年で10年。キエフ国立言語大学は5年になる。首都キエフでは、初級段階から専門家に育てられた現地の優秀な人材が、日本語運用力および日本語教授法の知識を身につけ、人数は十分ではないが日本語教師として経験を積みつつある。一方、ウクライナの大学は教育制度の改革途上にあり、教育課程の変更など不安定要素がある。そして、多くの若手教師たちは仕事に加えてより高い学位取得を課せられ多忙であるため、日本語学科の内容充実を図るための自立的な動きはまだほとんど始まっていない。今、専門家に期待される役割は、現地の若手教師の専門家に対する意識が、すべてお膳立てし決定してくれる上司的存在から、必要な時に助言や情報を与え、ともに現地の日本語教育について考えてくれる同僚へと徐々に変化するよう焦らずに手を尽くすことではないだろうか。
全国的に見ると、ウクライナ日本語教師会が中心になって実施してきた弁論大会、セミナー、能力試験などの成果として地方の日本語教育レベルが上がってきている。専門家は、今後もウクライナ全土の日本語教師の連携を図り、全体の教育レベル向上に努めることが望まれている。

派遣機関における日本語教育の状況と専門家に期待される役割および担当業務

キエフ国立大学に派遣される国際交流基金専門家の日本語クラス担当時間は、本年度は前年の約半分になった。来年度の専門家はキエフ国立言語大学との兼任になり、担当時間はさらに少なくなる予定だ。本年度、私は1、2年生、つまり初級段階のみの授業を担当した。日本語学科の学生の学習目的は、何と言っても留学が第一であるが、入学当初の動機は、「日本・日本文化が好きだから」「親に勧められて」「西洋言語以外の語学を勉強してみたかった」など漠然としている場合が意外と多い。また、実際に日本人や日本文化に触れる機会のまだ少ないウクライナで、専門家は学生たちが付き合う初めての日本人になることも多い。授業を通じて、日本や日本語について具体的なイメージと知識を持ってもらうこと、日本語を運用する楽しみを味わってもらうことが大切な役割である。学生が、たとえ留学という狭き門を通過できずに敗北感を味わうことがあっても、日本語学習を放棄しないよう、1、2年でしっかり初級の総合力を身につけ、学習の楽しさを覚えてもらいたい。キエフ国立大学では、現在、複数の教師で1学年を担当する方式を取っている。留学経験者以外の学習者の日本語力低下が懸念される中、同僚教師と、授業の連絡に加え日本語教育のあり方について意見交換をすることも大切な業務である。

楽しい授業の思い出

ウクライナでの日本語教育の現場写真2

1、2年の学生たちはほんとうに可愛く元気なティーンエイジャーたちである。そして、創作会話作りや劇作りに長けている。試験でもつい力が入り、服装を整え、バック音楽の選定にも余念がない。教師としては、普段日本語の成績が振るわず出番の少ない学生が自作会話をとても上手に演じ、会話で高得点を取ってくれると、嬉しい。初級日本語による簡単な会話が主であるが、創作会話は内容が興味深く、再演を依頼したい作品がいくつもある。今後も楽しんで日本語が使える時間を何とか捻出したいと思う。

達成した業務

過去4年に渡り準備を進めていた公式の日本語能力試験をキエフで実施し、1級から4級まで284人が受験した。日本語を使用する就職口が限られているウクライナにおいて日本語学習の大きな動機付けになるとともに、学習者が客観的に自分の日本語力を測れる貴重な機会であるため、継続して実施していきたい。今回は第一回目の試験実施にもかかわらず1級の合格者がかなりおり、その半数以上をキエフ国立大学の学生および卒業生が占めていることに驚いた。過去の専門家の活動と学生たちの努力の跡を見る思いがする。今後、現地の教師たちは、自身の日本語力の維持向上、後輩たちの学習意欲向上のために、この試験を上手に利用してほしい。

今後の課題と目指すべき目標

2006年5月にJICAによるウクライナ日本センタープロジェクト(5年間)が開始し、10月からは新たな日本語コースが開講する。日本センターのスタートは、日本語学習および教育の現場を増やし、図書やビデオ・DVD、イベントなどを通して日本に関する情報を増やし、また、日本語を使用する仕事の機会をある程度増やすこともあり、特にキエフの日本語教育が活性化することは間違いない。その中で、日本語教育の中心的存在である大学関係者を始め多くの現地の日本語教育関係者が、個々の機関の日本語教育だけに終始することなく、日本センターの活動とうまく連携を取ってウクライナの日本語教育のレベルアップを図ろうと動き出すようになれば、すばらしい。それをどう実現していくかが今後の課題であろう。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
1834年に国内最初の近代大学として創立されたキエフ国立大学は、ウクライナの高等教育機関における最高峰として知名度が高く、優秀な学生が集まる。各界名士・実力者・専門家を多く輩出し、また、その子女も在籍している。専門家は、学生に対する日本語授業とともに現地教師のコンサルタントや教務調整、カリキュラムおよび教材の整備を行う。
ロ.派遣先機関名称 タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学
TARAS SHEVCHENKO NATIONAL UNIVERSITY OF KYIV
ハ.所在地 Ukraine, Kyiv 01017,Boulevard Taras Shevchenko 14
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
キエフ国立大学 言語学院 中国語・韓国語・日本語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1991年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1996年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤8名(うち2名は文学・文化のみ担当、邦人1名)
非常勤2名(うち邦人1名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年24名 2年29名 3年34名 4年23名 5年34名
(2) 学習の主な動機 「留学」「大使館・日系企業への就職希望」「日本への憧れ」
(3) 卒業後の主な進路 「大使館・日系企業就職」「大学院進学」「母校に就職」
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
「日本語能力試験2級を受験可能な程度」
(5) 日本への留学人数 5,6名

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