世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) キエフ国立言語大学での活動

キエフ国立言語大学
内村浩子

 驚くべきことに、ウクライナでも約10の街で日本語教育が行われています。大学をはじめ小・中・高校やその他の機関に、子供から社会人までの学習者がいる他、独学や個人教授で学ぶ人もいます。当地の人が日本語に興味を持つ理由には、ビジネスや就職などへの期待、アニメなどの趣味、という要素も確かにありますが、その根底に、神秘的な日本人の精神性や、日常生活にまで行き渡る独自の芸術や美学を理解したい、世界で一番難しいと言われる言語を知りたい、という関心が根強くあるようです。
  国際交流基金のジュニア専門家は、首都のキエフ国立言語大学(以下、言語大学)とキエフ国立大学(以下、キエフ大学)を兼任する形で派遣されています。派遣先での学生の育成、現地教師の支援、学習環境の整備と合わせて、ウクライナの日本語教育を支援することも業務の一部です。

大学の授業

言語大学3年生と先生の写真
言語大学3年生と先生

 言語大学では1~3年生の8クラスで授業をしています。数少ない日本人教師の授業として期待されていることは、学生からは生の日本語に触れる機会の提供、ウクライナ人教師からは指導や評価が難しい会話と作文の指導です。会話や作文では文法や語彙などの正しさも大切ですが、同時に内容も必要です。授業ではできるだけ現実味のある状況や話題を選ぶようにしています。課題が難しくなることもありますが、学生は皆、果敢に挑戦します。母語でさえ説明の難しいことを、習いたての表現を駆使して上手に説明してみせる学生もいます。また、流暢には話せなくてもじっくり考えて、斬新な意見や豊富な知見を述べる学生もいます。どの学生も、言いたいことが伝わったときには誇らしげな輝くような表情を見せてくれ、その様子を見ると私も心から嬉しくなります。
  授業外ではウクライナ人教師との連携を心がけ、授業を見学して所見を伝えたり、学生の様子や評価について意見を交換する機会を作っています。ウクライナ人教師の授業や話からは現地の学習観や教育法が透けて見え、ウクライナでの授業運営の参考になります。具体的なやり取りを積み重ねることで、互いの教授能力が向上するといいと思っています。

同僚の日本語教師

 当地には日本人教師が少なく、ウクライナ人教師が圧倒的に多数派です。派遣先では2大学とも、学科長以外は全員、独立後のウクライナで日本語主専攻の教育を受けた人、必然的に最年長でも30代前半、多くは20代です。ウクライナで日本語教師として働くことはそれほど容易ではありません。待遇が改善されず離職率が高いばかりではなく、モデルとなる中堅層が不在であること、研究を正当に評価する専門家が少ないことなど、教師としても研究者としても、乗り越えなければならない壁があります。そのような状況でも日本語教育を現場から支え続ける人、研究分野でパイオニアとなる人もいます。「大変だけど仕事は楽しい」と言って教育活動や研究に励む先生達を見ると、1人の日本人としてありがたく心強い気持ちがします。そして優れた教師の育成や支援が何よりも必要だと感じます。

現状と今後

言語大学附属東洋語大学校舎の写真
言語大学附属東洋語大学校舎

 ウクライナでの日本語を巡る状況は、現地の教師の努力や日本の支援によって着実に発展しています。派遣先やその周辺ではここ数年で、教材・教具の整備、学習機会の増加など、日本語学習環境は格段に改善されました。しかし、教育水準はまだそれに追いついていません。学生の学力や教師の育成は停滞しています。今までは日本語コースを軌道に乗せ、環境を整備し、学習者を増やすことが全般的な課題だったと思います。それらの目標がほぼ達成された今、次に求められるのは、より質の高い教育だと思います。今後はウクライナの教育制度や社会風土に適した日本語教育のあり方を模索していくことが課題です。

 最後に、ここウクライナで日本語を学ぶ意義とは何なのでしょうか。人により学習動機は違うでしょうし、留学や就職などを目標とする人も多いでしょう。しかし本質的には、未知の世界を知り、自分の視野や可能性、能力を広げる楽しさに集約されるのではないでしょうか。この話題については学生とも話したことがありますが、若い彼らからも同様の意見が出ました。日本語を学んでいる人たちが社会で活躍する姿を見ることは日本語教師として嬉しいことです。しかしそれ以上に、「日本語に関わることで自分の人生は豊かになった」と一人でも多くの人が感じてくれれば、これ以上の喜びはありません。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
キエフ国立大学とともにウクライナにおける日本語教育機関の最高峰。現在、ウクライナ国内で活躍する日本語教師、通訳、日本企業の社員等、日本語を使う職業に携わる者はほとんど2大学の卒業生で占められている。専門家は1~3年生の日本語授業のほか、現地教師、学科の運営等への助言を行う。
ロ.派遣先機関名称 キエフ国立言語大学
Kiev National Linguistic University
ハ.所在地 5/17 Laboratorinaya 03680 Kiev
ニ.国際交流基金派遣者数 ジュニア専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
キエフ国立言語大学附属東洋語大学 極東語文明講座
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1990年主専攻講座開講
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 2001年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤11名(内邦人0名)、非常勤0名、専門家1名、計12名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年生34名、2年生30名、3年生25名、4年生17名、5年生17名
(2) 学習の主な動機 日本企業への就職希望、留学、日本文化への興味
(3) 卒業後の主な進路 日系ではない企業に就職、母校に就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定2級程度
(5) 日本への留学人数 6人程度

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