世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) キエフ国立大学の現状と課題

キエフ国立大学
三森 優

遠くて近い日本!?

キエフ大学の教師と5年生たちの写真
キエフ大学の教師と5年生たち

 「ウクライナ」と聞いてまっさきに私たち日本人が思い浮かべるものは何だろう。サッカーの有名選手、チェルノブイリ原発事故など様々あるだろうが、私にとっては「オレンジ革命のあった国」が最初に浮かんだイメージだった。旧ソ連から独立後、自らの道を必死に歩みつつある国、そんな漠然としたイメージを持って来たウクライナ。ジュニア専門家(以下、専門家)は、そのウクライナの首都キエフにあるキエフ国立大学(以下、キエフ大学)とキエフ国立言語大学(以下、言語大学)を兼任している。

 日本ではウクライナを身近に感じることは少ないのに対して、キエフには寿司バーなどの日本食レストランが数多くある。市内のスーパーには寿司のための食材が置いてあるコーナーもある。キエフの街を歩いていると、ウクライナからは遠いはずの「日本」という国を身近に感じる。日本のキャラクターグッズや、アニメ関連のイベントなどのポスターも時折見かける。

 近年の日本ポップカルチャーの影響もあってか、ウクライナには首都キエフの中等・高等教育機関を中心に、ウクライナには約1500人もの日本語学習者が存在している。キエフ大学は、言語大学とともにウクライナにおける日本語教育機関のまさに中心的存在である。

 専門家は上記2校の授業を担当するほか、現地教師の支援、学習環境の整備やウクライナの日本語教育を支援することが業務となっている。

ウクライナ初の日本語教育・日本関連学術会議開催

 3月には国際交流基金(以下、JF)「JFにほんごネットワーク:さくら中核事業」により、キエフ大学主催で「第1回全ウクライナ国際公開シンポジウム」と銘打ち日本語教育や日本文学などを中心に学術会議を行った。この会議は例年開催されている「ウクライナ日本語教育セミナー」と共同開催とし、参加者もウクライナ全土から、大学講堂を埋め尽くすほどの人数が集まった。

 午前の全体会議では日本や近隣諸国からの講師による、日本語教育や日本文化に関する講演やウクライナ日本センターによる日本文化イベントなどが行われた。また、午後には4分科会に分かれ、それぞれ活発な研究発表が行われた。セミナーと合わせ、この学術会議の開催はウクライナ全土の日本語教育機関のネットワーク形成に大きな貢献を果たし、また、これからのウクライナにおける日本語教育・日本研究の発展への促進剤の役割も果たすこととなった。

個人主義のウクライナ?

キエフ国立大学言語学院校舎の写真
キエフ国立大学言語学院校舎

 これまで長期間にわたるJF専門家派遣実績から、キエフ大学では若手ながらも専門家支援の下で教師経験を積んできた教員たちも多い。また邦人教師も増え、教材や教室設備も充実しつつあり、着実に自立化への道を歩みつつある。

 そのため、専門家はキエフ大学ではそのようなな教員たちの「一同僚」としてサポートを行うという姿勢を保ってきた。現地の主役はあくまでも日本語を学ぶ学生、そしてその指導に当たる現地教員たちである。しかし、上記の会議などの大きなイベントで、時には現地の教師たちの協力を得ながら専門家が中心となって取りまとめなければならない時がある。そのような時、現地教師たちが各自の「スタイル」を持っていることがネックになる時がある。ウクライナの教師たちは皆でまとまって何事かを成し遂げるということが苦手のように見受けられる。現地の教師たちは「ウクライナは個人主義の国だから」と言う。

 また、学生たちの「やる気」にも翳りが見えてきている。現地教師たちからは「ここ数年、学生たちが変わってきた」という声をよく耳にする。キエフでは新しいビルの建設をいたるところで見る。少しずつウクライナも発展の道を歩みつつあるのだろう。そんなキエフは、学生にとっては「誘惑」の多い街なのかもしれない。国が豊かになるにつれ、学生にとっても勉強以外の忙しさが増しているのだろう。

 現地での課題は、そんな教師たちの連携をさらに効果的に図り有益なネットワークを如何にして構築するか、学生たちの日本語学習への意欲を如何に維持するかという2点である。

異国を知るための「動くレアリア」

 キエフで日本に関連するものを多く目にするようになったからといって、依然やはり日本は現実的に遠い国である。在留邦人も少なく、実際に日本へ行くという機会も決して多くはない。そんな場所で日本語を学ぶ意味とは何だろう。学生たちもそれを自らに問うことも多いのではないだろうか。

 日本語を学ぶ意義、それは決して留学や就職などの実利に直結することだけとは限らない。日本語という外国語を通して見えてくる、自分の知らない世界。そんな世界への扉を開く「鍵」としての日本語。遠くウクライナから異国を知るための道具としての日本語もあるのではないだろうか。これからの目標は、「動くレアリア」としての専門家を現地の学生、教員たちにもっともっと活用してもらうことである。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
キエフ国立言語大学とともにウクライナにおける日本語教育機関の最高峰の双璧をなす。現在、ウクライナ国内で活躍する日本語教師、通訳、日本企業の社員等、日本語を使う職業に携わる者はほとんど2大学の卒業生で占められている。専門家は1年生の日本語授業のほか、現地教師、学科の運営等への助言を行う。
ロ.派遣先機関名称 タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学
Taras Shevchenko National University of Kyiv
ハ.所在地 Blvd. T. Shevchenko 14, Kyiv 01017, Ukraine
ニ.国際交流基金派遣者数 ジュニア専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
言語学院 東洋語学部 中国語・韓国語・日本語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1991年主専攻講座開設、1999年から毎年開講
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1996年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤9名(内邦人3名)、非常勤2 名(内邦人0名)、専門家1名、計12名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年28名、2年23名、3年24名、4年19名、5年26名
(2) 学習の主な動機 日本企業への就職希望、留学、日本文化への興味
(3) 卒業後の主な進路 進学、日本へ留学、日系に限らず外資系企業へ就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定2級程度
(5) 日本への留学人数 毎年6名程度

ページトップへ戻る