世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 日本を目指すウクライナの若者たち

キエフ国立言語大学
三森 優

世界の共通語? 「カワイ~!」

 ウクライナには現在、ウクライナ各地域の高等教育機関やキエフ市内の初・中等教育機関を中心に約1,500名の日本語学習者がいる。このウクライナ日本語教育界でも、首都キエフにあるキエフ国立言語大学(以下、言語大学)は、キエフ国立大学と共に日本語教育機関の双璧をなしている。日本語専門家(以下、専門家)は、この言語大学とキエフ国立大学を兼任している。

 言語大学では、今年度新たに多くの新入生を迎えることとなった。ここ数年は、毎年3クラスの日本語専攻クラスを設置している。今年度はその人数も、言語大学の小規模な教室でぎりぎり収容できる各クラス15名の新入生数であった。

 以上のように、多くの新入生を迎えた言語大学だが、入学前から彼らが知っていると思しき日本語の言葉があった。その言葉は「カワイイ」。一昔前ならおそらく外国の人が知っている日本の言葉は「ハラキリ」、「カミカゼ」等、日本人にとってはあまり印象のよくない言葉だったのではないだろうか。

 日本のアニメやドラマが好きな若い学生たちは、こちらが知らないアニメをよく知っている。どうやらドラマは『ごくせん』が人気らしい。昨年に引き続き、アニメやドラマ等の日本ポップカルチャーが、いかに現代の異国の若者に対して強い影響力を有しているかを実感することになった。

 専門家は、このような学生たちに対する唯一のネイティヴ・スピーカーとして、1年生から3年生まで9クラスの授業を各クラス1コマ担当している。また、これに加え、現地教師支援、学習環境整備等も大学側から期待されている業務である。

困難になりつつある「日本留学への道」

 言語大学の学生たちの夢の一つは、やはり「日本留学」である。しかし、言語大学では交換留学提携校が存在しない。そのため、唯一の日本留学への道が、文部科学省外国人国費留学生日本語・日本文化研修留学生試験(以下、日研生試験)合格による日本への留学である。

 しかし、上記試験の合格は決して容易な道のりではない。言語大学では、昨今のヨーロッパ単位互換制度にならい、教育制度が移行しつつある。この教育制度改革により、修士相当学位の修業年数も来年度から変わるのではないかと言われている。現在のウクライナは中等教育制度でも、旧ソ連での11年制から12年制へと移行しつつあるようだが、実際に学生たちに聞くと、実質就学年数にばらつきがあるようだ。まだ教育制度改革の途上なのであろう。

 以上の変化により、当大学において日研生試験の受験資格を有する学年がこれまでの4年生までから3年生までとなる可能性がある。

 日研生試験のレベルはとても高く、上級レベルの日本語を習得する必要がある。上級までの日本語を習得するには、高いモチベーションを維持しつつ日々の学習に取り組む必要がある。現在の学生たちはウクライナ教育制度改革の状況下で、このように日々の日本語学習へのモチベーションを保ちながら、なんとか試験の合格を目指さなければならない。

 このような困難な留学への道のりを、それでも歩もうという学生の数が、近年は減っているのではないかと思われる。学年によってカラーが異なるようだが、しかし、これまでの学生たちに対する印象は、どこか日本の大学生に似ている。「勉強」よりも「大学生活を楽しく過ごしたい」、そう思っている学生も少なからずいるように見受けられる。とはいえ、一方で熱心に勉学に取り組む学生や、経済的な事情からアルバイトで忙しくならざるを得ない学生がいることも事実だ。

試験合格を目指して補講開始!

1年生110グループの学生たちの写真
1年生110グループの学生たち
キエフ国立言語大学第3校舎の写真
キエフ国立言語大学第3校舎

 昨年度後期より、以上のような状況を踏まえ、有志学生を集めて日研生試験合格を目指して補講を行い始めた。補講としたのは、通常の授業を試験対策としたくないこと、さらに、試験合格には通常の授業以上に勉強する意欲を持たなければならないという考えからだ。また、現地教員の授業が試験対策になってしまうことも避けたかった。このような事情から始めた補講だが、昨年度試験への補講に参加する学生数は非常に少なかった。それでも、この補講に参加した学生たちは、試験直前まで一生懸命ついてきてくれた。

 一次試験合格発表の日、私は発表までの時間を、これまで共に勉強してきた学生たちと共に待った。学生たちは結果を悲観して、涙を流した。その姿を見て、彼らにとっていかに「日本留学」が大きな夢なのかを改めて思い知った。そして、合格発表。それまで涙を流していた彼らの瞳に、眩いばかりの喜びの光が差した。「今ないたカラスが~」の言葉を思い浮かべながらも、私は心底よかったと、安堵した。

 現在は、2年生たちと次の試験合格を目指して引き続き補講を行っている。参加学生も昨年よりも増えている。彼らの瞳にも喜びの光があふれることを願いながら、日々業務に取り組んでいる。

現地教員に対する支援

 言語大学では、以上のように学生に対して授業を行うことも大切な業務だが、現地教員への支援も非常に重要な業務である。これまでは、教師の状況を考慮して個別に相談を受ける形で支援を行っていたが、今後は学科全体の教授能力アップのための取り組みを行う必要がある。現地教員の待遇は悪く、こちらとしてはいつ辞めてしまうかと戦々恐々だが、「教師の仕事が好き」と言う教員たちの支援を、今後さらに行うことが、現在、より重要な課題となっている。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 キエフ国立言語大学
Kiev National Linguistic University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
キエフ国立大学と共にウクライナにおける日本語教育の中心的機関。現在、ウクライナで活躍する日本語教師、通訳、日系企業社員等、日本語を使う職は、本学とキエフ国立大学の卒業生で占められている。専門家は1~3年生までの日本語授業の他、現地教師、学科運営等への助言を行う。
所在地 5/17 Laboratorinaya03680 Kiev
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
キエフ国立言語大学付属東洋語大学 極東言語文明講座
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   1990年
主専攻講座開講
国際交流基金からの派遣開始年 2001年
コース種別
主専攻
現地教授スタッフ
現地教員14名(内邦人0名)、非常勤0名、専門家1名、計15名
学生の履修状況
履修者の内訳   1年43名、2年33名、3年31名、4年27名、5年15名
学習の主な動機 日系企業への就職希望、留学、日本文化への興味
卒業後の主な進路 進学、留学、大使館を含む日系機関・企業や外資系企業就職
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定2級程度
日本への留学人数 4名程度

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