日本語教育通信 日本語の教え方 イロハ 第14回

日本語の教え方
このコーナーでは、基本的な教授理論、教授知識を解説します。
日本語教授法に関する基礎固め、知識の再点検にお役立てください。

【第14回】学習を評価する

日本語国際センター専任講師 横山 紀子

「評価」とは

評価のイメージ図  学習の「評価」とは、日本語学習の成果や学習者の成長を何らかの「ものさし」で測ることです。あなたが教えているコースでは、どんな「ものさし」を使っているでしょうか。その「ものさし」で何を測っているのでしょうか。「評価」というと「テスト」を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、テストはたくさんある「ものさし」の一つに過ぎません。ここでは、主にテスト以外の評価の方法を中心に考えていきます。
 学習者は自分に対する「評価」の結果を見て、喜んだりがっかりしたりします。しかし、「評価」の結果は、どんな「ものさし」で何を測るのかによって変わります。たとえば、文中の動詞を正しい形に変えるという形式で学習者の文法力を測る「ものさし」と、学習者が自分の家族を紹介するスピーチをする力を測る「ものさし」とでは、同じ学習者の力でも異なる部分を評価することになり、その結果も異なります。「評価」を考えるにあたっては、学習者の日本語の力の「どの部分」を「どんな方法」で測るのか、よく考える必要があります。

学習者の日本語の力の「どの部分」を評価するか

 国際交流基金が開発した『JF日本語教育スタンダード2010』(以下、『JFスタンダード』)は、日本語に関する力の全体像を次のような「スタンダードの木」で表しました。「スタンダードの木」の枝や花の部分は、「コミュニケーション言語活動」と呼び、日本語を使って実際のコミュニケーションを行う力を表しています。スタンダードの木のイメージ図具体的には、日本語を聞いたり読んだり、話したり書いたり、あるいは日本語で他の人とやりとりをするパフォーマンスの力を表しています。『JFスタンダード』では、同じ「話す」力でも、どんな場面でどんな目的で話すのかによって、さまざまな活動を40の「カテゴリー」に分類しています。枝の先の番号はその「カテゴリー」と照合するためにつけられています。一方、「スタンダードの木」の根の部分は、「コミュニケーション言語能力」と呼び、実際のコミュニケーションを支える言語知識を中心に構成され、これも細かい「カテゴリー」に分類されています。(「スタンダードの木」についてはこちら(https://jfstandard.jp/pdf/2016_jfs_tree.pdf【PDF:外部サイト】)を参照)
 あなたが教えているコースでは、「JFスタンダードの木」のどの部分に重点を置いて教えていますか。評価の対象にしているのは、どの部分でしょうか。日本語に関する力の全体像を描いた上で、その中の「どの部分」を測るのかを決めることが重要です。世界中の教師が同じ「スタンダードの木」を参照しながら評価を語ることで、学習者の力の「どの部分」を測るのかを共通に理解することができます。

学習者の力を「どんな方法」で評価するか

 学習者の力を測る方法には、以下のようにさまざまな「ものさし」があります。

  1. (1)学習者の観察:教師が学習者の教室内外の日本語使用や学習方法を観察する
  2. (2)提出物:授業の課題や宿題として学習者が提出した作文などから学習成果を評価する
  3. (3)面談:教師と学習者が学習の成果や今後の課題について話し合う
  4. (4)テスト:学習者全員に対して同じ問題を与え、一定の時間で解答させる

 この中でテスト、特に筆記テストは、結果がわかりやすい数字で出ることから、多くの機関や学校で重視されているようです。しかし、「スタンダードの木」に示される力の中には筆記テストで測れないものが多いのが事実です。とりわけ、「スタンダードの木」の枝や花で示される「コミュニケーション言語活動」については、実際のパフォーマンス自体を評価する必要があります。

パフォーマンスを通して「日本語で何ができるか」を評価

 『JFスタンダード』では、熟達度のレベルをA1、A2、B1、B2、C1、C2の6段階に分けて、それぞれのレベルで、日本語で何がどれだけ「できる」かを「Can-do」という形式の文(「~できる」の文)で表しています。たとえば、A2レベルの「経験や物語を語る」(話す技能のカテゴリーの一つ)の「Can-do」としては、「動作や図などで示しながら、料理の作り方などを短い簡単な言葉で友人に説明することができる」などの例があります。このような「Can-do」で記述されるパフォーマンスを評価するには、次のような評価シートを使うことで、評価の観点を学習者と共有することができます。また、「何ができて何ができなかったか」という質的なフィードバックを返すことができます。

  達成度
もうすこし できた! すばらしい!!
観点 内容・活動 聞き手がその料理を自分で作るには、情報が足りないところがあった。 聞き手がその料理を作ることができるように説明することができた。 料理の作り方だけでなく、料理に関する情報を付加することができた。
例:どんなときにその料理を作るか、材料の選び方など。
語彙・文法 語彙や文法に間違いが目立った。 知っている語彙と文法をほとんど正確に使うことができた。 知らないことばがあっても、動作や図、他のことばを使って説明することができた。
発音 母語の訛りがあって、理解しにくい部分があった。 母語の訛りはあるが、理解できた。 母語の訛りが少なく、非常によく理解できた。

 パフォーマンスの他にも、学習を進める力として重要なストラテジー能力、言語学習の成果として重要な異文化理解能力など、テストでは測ることが難しい学習の側面があります。最後に、このようにテストで測りにくいものを補う評価の方法としてポートフォリオを紹介します。

ポートフォリオによる評価

ポートフォリオのイメージ図

 ポートフォリオとは、学習に関するさまざまな情報を入れておく「書類入れ」という意味で、学習経過の記録や成果物を、学習者自身が保存しておくものです。たとえば、学習者の発話を録音(録画)したテープやディスク、学習者が書いた作文や作品、聞いたり読んだりした日本語・日本文化に関する記録などを入れます。
 ポートフォリオには、次のような特徴があります。

  1. (1)「部分」よりも「全体」を評価する
  2. (2)「結果」よりも「過程」を評価する
  3. (3)長期間にわたる「変化」を評価する

 (1)は、特定の文法や特定の場面におけるパフォーマンスといった部分的な言語活動だけでなく、さまざまな場面、さまざまな技能による言語活動を全体的に評価するということです。(2)は、何ができるようになったかという「結果」だけでなく、どんな練習や経験を通してできるようになったか、その途上でどんな誤りや失敗があったかという「過程」を観察して今後の学習への指針を得ようということです。(3)は、数ヶ月から数年という長期間にわたる言語学習活動を続けて記録し、コミュニケーション能力の向上あるいは意欲や学習方法の改善に見られる変化を見ていこうとするものです。(1)(2)(3)は、どれもテストでは測りにくい評価の側面で、ポートフォリオには、これまでのテストを補う役割が期待できます。
 ポートフォリオ評価のいちばんの利点は、学習者自身が評価に深く関わることです。その際、評価の視点や内容を学習者と教師が共有することも大事な点です。ポートフォリオを使えば、教師と学習者が、パフォーマンスも含めた具体的な成果を確認し、次に目指すべき目標を具体的に話し合うことが可能です。学習者が現在のコースで学ぶ期間だけではなく、一生におよぶ日本語学習の記録をポートフォリオに収めることにすれば、学習者がコースや学校を移ったときにも学習記録を正確に伝えることができます。なお、ポートフォリオについては、「日本語教育通信」の「日本語・日本語教育を研究する」第38回「 学習者オートノミー、自己主導型学習、日本語ポートフォリオ、アドバイジング、セルフ・アクセス 」(青木直子氏)(http://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/teach/tsushin/reserch/201003.html)が参考になります。

参考文献
国際交流基金(2011)『国際交流基金日本語教授法シリーズ12 学習を評価する』ひつじ書房

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