日本語教育通信 日本語の教え方 イロハ 第15回

日本語の教え方
このコーナーでは、基本的な教授理論、教授知識を解説します。
日本語教授法に関する基礎固め、知識の再点検にお役立てください。

【第15回】中級・上級を教える

日本語国際センター専任講師 久保田美子

 「初級」の教え方はわかるのだが、その上のレベルになると、何をどうやって教えれば良いかわからないという声を聞くことがあります。今回は、「中級」「上級」という学習段階(レベル)で扱う内容や教え方について考えます。

「中級」「上級」とは

 みなさんが教えている機関では、学習段階(レベル)をどのように分けていますか。「初級」「中級」「上級」という呼び方で分けていますか。あるいは別の呼び方をしているでしょうか。また、それぞれの学習段階をどのような観点から分けていますか。国際交流基金では、「JF日本語教育スタンダード」(以下、「JFスタンダード」http://jfstandard.jp/)の開発を行っていますが、そこでは、言語能力を「何ができるか」という課題遂行能力を中心に捉えています。本稿では、このJFスタンダードの観点から、「初級」段階は「基本的、日常的、個人的、具体的」で単純な課題遂行ができる基礎的な段階(JFスタンダードA1、A2)、「中級」段階は、より広い世界で、自立的に、「やや抽象的、一般的、公的」で、やや複雑な課題を遂行していくことが可能になる段階(JFスタンダードB1、B2)、「上級」段階は「専門的、抽象的、複雑な」状況で、複雑で時には困難を伴う課題が遂行できる段階(JFスタンダードB2、C1、C2)を指すこととします。

「中級」「上級」の授業で教えること

 「中級」「上級」の段階では、学習内容として、どのようなことを扱い、教えるのでしょうか。たとえば、同じ「食」関連の課題でも、「初級」では、「好きな食べ物について話す」「レストランで単純に料理を注文する」といった日常的、あるいは具体的で単純な課題を達成することが目標となりますが、「中級」では「食生活、食習慣について話す」「レストランで食べられないものを説明して注文する」、さらに「上級」では、「現代社会と成人病について話す」「メニューにないものを交渉してつくってもらう」といった複雑な課題が目標となります。こうした課題を遂行するために必要な要素について考えてみましょう。
 コミュニケーションに必要な要素は (1)ことばの知識、(2)談話能力、(3)社会言語能力、(4)ストラテジー能力といった観点に分けて考えることができます。
 (1) 「ことばの知識」には、発音、文字、語彙、文型、文法規則などの知識が含まれます。文型、文法規則について考えてみましょう。「中級」以降の段階では、「初級」の段階で既に学習している文法項目を、複雑な課題を達成するために適切に使い分けたり組み合わせたりすることが必要になります。たとえば、「大事なラブレターを母親に読まれちゃったの」と「母親が大事なラブレターを読みました」では、話し手の気持ちの伝わり方がちがいます。前述の文では、「母親が読んだ」ではなく「母親に読まれた」、さらに「~ちゃった/~てしまう」「~の(です)」を使用することで、嫌な気持ち、取り返しがつかない気持ち、訴えたい気持ちなど、単純な事実の説明ではなく、同時に自分の微妙な気持ちを表現できます。
 さらに、「マッサージ器があります」「マッサージ器もあります」に対して「マッサージ器まであります」のように、微妙に意味の異なる助詞の使用が新たな知識として加わります。助詞と動詞を組み合わせた複合助詞(「にとって」「に関して」「に際して」・・・)や、「~ざるをえない」「~わけにはいかない」のような文末表現なども、微妙な意味の違いをより正確に表すために、「中級」「上級」の段階で新たに扱われる項目と言えるでしょう。
 こうした例は必要な「ことばの知識」のごく一部です。ほかにも、副詞などの語彙を使い分けたり、発音上の工夫をすることも必要になる場合があるでしょう。何を学習項目として取り上げるかは、どのような課題を目標とするかで決まります。
 (2) 「談話能力」に関していえば、話をどう始めて、どう終わらせるのかといった問題だけでなく、筋道を通して話し続けたり、複数のエピソードの関連付けをしたりする工夫が必要になります。「中級」以降、扱うテキストや発話は長く、複数の段落を含んだものになっていきます。たとえば接続詞や文脈指示の「これ」「それ」などを効果的に使うこともより重要になるでしょう。
 (3) 「社会言語能力」に関しては、様々な状況で様々な相手とコミュニケーションすることになりますから、それぞれの状況、相手に対してどのような表現を使ったら良いのか、といった判断がさらに重要になります。たとえば聞く活動や話す活動で扱う会話文が、場面や状況、話し手の属性(女性なのか男性なのか、何歳ぐらいなのか、関係性はどうなのか)がはっきりしているか、常に注意を払う必要があるでしょう。また、話題や内容が広がれば、知らない語彙も当然増えてきます。そうしたことばに出会ったときに、推測したり、あるいは聞き返したりとさまざまなストラテジーを使う (4) 「ストラテジー能力」も必要です。
 「ことばの知識」でも述べましたが、大切なことは、どの要素を取り上げて教える必要があるかは、どの課題を取り上げるかによって決めるということです。従って、ここでは、「中級」以降の複雑な課題を遂行する上で予想される例を述べましたが、「中級」で必要な項目、「上級」で必要な項目というよりも、「中級」以降の具体的な課題の中で、その課題遂行のために必要な項目として考える必要があります。

「中級」「上級」の教え方

 最後に、教え方について考えてみましょう。図1は、授業の流れを示したものです。まず到達目標となる「課題」を設定します。「~できる」といった「Can-do」で記述するとよいでしょう。次に、その課題を具体的な教室活動として設定します。「ウォーミングアップ」では活動の目的を明確に学習者に示します。さらにインプット(聞く・読む)中心の活動からアウトプット(話す・書く)中心の活動へと進みます。
 こうした流れの中での教え方について、 (1)内容重視、(2)インプットからアウトプットへ、(3)多技能統合型の授業デザイン、(4)流暢さの養成、の4つのポイントに分けて説明します。これらのポイントは、「初級」から重要なポイントですが、実際の言語使用の段階に近づく「中級」以降の段階でさらに重要になってきます。
 (1) 内容重視とは、インプット(聞く・読む)、アウトプット(話す・書く)の内容そのものやメッセージを重視する考え方です。たとえば、語彙や文型、文法知識などをまず教えて、文の単位、段落の単位の意味の理解へと進む「ボトムアップ」式の教え方ではなく、全体の意味の理解をしたあとで、文や語彙の単位の学習へと進む「トップダウン」式の教え方が必要です。特に、「聞く」「読む」際の「推測」や「予測」といったストラテジーは、わからない語彙や文型が全くない状態で読んだり聞かせたりしても育ちません。そうした「ストラテジー能力」の養成のためにも「トップダウン」式の教え方が重要になります。
 では、こうした流れの中で、新しい語彙や文法項目はどのように扱えば良いのでしょうか。意味理解を優先させながら、特定の言語項目にも注目させることを「focus on form」と言います。たとえば、聴解で使用したテキストの中で注目してほしい言語項目の部分を空欄にしたスクリプトを配り、その部分に入ることばを考えてから、もう一度全体を聞き、実際にその空欄にどのようなことばが使われていたかを確認するという作業は、意味理解のときには正確にとらえていなかったことばの形に注目させることになります。そのほか、聴解や読解の活動で使用したテキストをもう一度再生させたりする方法もあります。このように、新しい言語項目については、教師が一方的に解説するのではなく、内容重視の活動のあとで、学習者自身に注目させたり気づかせたりする工夫が必要です。
 (2) 「インプットからアウトプットへ」というのは、「インプット」の活動で新しく気づいた項目を次の「アウトプット」の活動の中で使わせることです。学習者は実際の文脈の中で「アウトプット」することで、自分に足りていること、逆に不足していることに気づきます。そして、そうした意識をもった上で、再び「インプット」を得ることができれば、より習得は進みます。談話能力や社会言語能力、コミュニケーションストラテジーの能力も同様に「インプット」「アウトプット」を繰り返す中で、身につけさせていくことが重要でしょう。
 ロールプレイなどの「アウトプット」の活動を「インプット」に先立って行う「タスク先行型」の活動もあります。これは、既にインプットされている項目が実際に使える段階にあるのか、さらに必要な項目は何なのかを意識させるためのものです。これも「インプット」と「アウトプット」を繰り返す方法の一つと言えるでしょう。
 (3) 「多技能統合型の授業デザイン」は、「聞く」「読む」「話す」「活動」を複数組み合わせた授業をデザインするということです。私たちの日常のコミュニケーションでは、講義を聞いた後、本を読んでレポートを書いたり、新聞やテレビのニュースで見聞きしたことについて友人と話し合ったりします。そうした複数の技能が相互に関係し合っている活動を考えることが重要です。
 (4) 「流暢さの養成」は、正確さとともに、それを実際に運用する時の流暢さがさらに必要になるということです。相手を緊張させないように自然に話をする、コミュニケーションがよりスムーズに運ばれるように配慮するといった能力は、「中級」以降、徐々に身につけていきたい能力です。たとえば、何かについて「説明する」という活動も、一度だけでなく、相手を変える、時間を短くするなどの変化をつけて、何度も行わせると、自然に流暢さが身についていくこともあります。そうした活動を工夫すると良いでしょう。

多技能統合型の授業の流れの画像
図1 多技能統合型の授業の流れ
(『国際交流基金日本語教授法シリーズ10 中・上級を教える』p.52より)

参考:

  • 国際交流基金(2010)『JF日本語教育スタンダード2010』
  • 国際交流基金(2011)『国際交流基金日本語教授法シリーズ10 中・上級を教える』ひつじ書房
  • 「JF日本語教育スタンダード」 http://jfstandard.jp/
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