日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第10回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第10回】モンゴルの初・中等教育における日本語教育

国際交流基金派遣専門家(モンゴル日本センター)
村上 吉文

モンゴル全般について

 モンゴルと聞いて、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。史上最大の帝国を築きあげたチンギスハーンでしょうか。あるいは360度見渡す限りまっすぐな地平線に囲まれた大草原かもしれませんね。でもそれだけではないんです。人口100万人ほどの小さな首都に、一万人近くの日本語学習者がいる、日本語教育のもっともホットな地域なんです。2003年の国際交流基金の調査では、モンゴルは一万人あたり37人が日本語を学習しており、その数は今後も伸びていくだろうと予想されています。

 といっても、この日本語ブームは長い伝統によるものではありません。モンゴルは旧ソ連の国々と同じように、ベルリンの壁が崩壊したころまで、70年も社会主義を続けてきました。そのため長い間日本とは国交さえなく、72年の国交正常化以降も90年代の民主化、市場経済化の波に洗われるまでは、日本語教育もほとんど行われてきませんでした。それが、民主化以降に西側の情報が流入し始めると、日本語学習者も爆発的に伸び始め、今では公立の小中学校や大学ばかりでなく、民間の塾のようなところでも盛んに日本語のコースが開かれています。これにはいろいろな理由がありますが、やはり社会主義体制が崩壊して新しい秩序を再建していく過程を、日本の焼け跡からの復興に重ね合わせる部分があったことや、社会主義時代の教条的なテレビ番組しか知らなかったところへ「愛していると言ってくれ」「東京ラブストーリー」などといった日本の洗練されたテレビドラマが次々と放送されたことによって、漠然と日本へのあこがれを募らせる若者が多くいることなども背景にあるでしょう。また、現在モンゴルでは海外への留学熱が非常に高いことも、日本語学習動機になっているようです。ただ、今のところ東南アジアや中国などのように日本企業がどんどん進出してきているという状況ではないので、留学しても帰国後の就職先が保証されているわけではなく、やはり日本語学習目的は明確な利益というよりも、漠然としたイメージ先行としか言えない状況になっています。

 ただ、日本からは積極的な支援が行われていて、国際交流基金はまだ社会主義政権時代からモンゴル国立大学に専門家を派遣していましたし、青年日本語教師(現在はジュニア専門家と改称)を派遣していた時期もあります。私自身も現在、国際交流基金の日本語教育専門家として派遣されています。国際交流基金は、日本からの教師派遣の他に、モンゴルの日本語教師を日本で研修したり、各機関に教材を寄贈するプログラムも実施しています。

初等・中等教育における日本語教育への協力

 モンゴルの初・中等日本語教育は日本から多くの協力を得ています。JICAの青年海外協力隊が 1992年から派遣されていて、現在は首都ウランバートルの5人だけでなく、ダルハンという地方都市の中学校にも2人が派遣されています。民間の協力は、児童・生徒の日本への招聘に多く見られ、90年代には笹川財団(現在は「日本財団」と改称)の援助でAFS(American Field Service)が毎年3人を夏休みに2ヵ月ほど日本へ呼んでサマーキャンプやホームステイなどに参加させていましたし、JRP(Japan Return Program)は現在も年間数人のモンゴル人中学生を日本へ招聘しています。なかでも特筆すべきなのは高知モンゴル親善協会の貢献でしょう。このNGO は1994年から現在に至るまで合計200人もの小中学生を日本へ短期留学させています。現在、初期の帰国生はすでに立派に成長していて、うち2人は在モンゴル日本大使館に勤務しており、今は両国の交流のために外交の現場で活躍しています。

2005年9月1日に行われたウランバートル市立第23番中学校の入学式の写真
2005年9月1日に行われたウランバートル市立第23番中学校の入学式。
現職大統領のエンフバヤル氏も参列し、新入生を祝福した。

学校紹介

 では、以下にウランバートルのいくつかの公立中学校を具体的に紹介してみましょう。
 まず、モンゴルの中等教育機関における日本語教育の筆頭にあげられるのが、ウランバートル市立第23番学校です。この学校はソビエト連邦崩壊まではロシア語のイマージョン教育が行われていて、授業がロシア語で行われるだけでなく、教員もモンゴル語教師以外はすべてソ連から派遣されていたという学校でした。それが旧共産圏の民主化に伴い、英語や日本語の教育に目を向けはじめ、1991年3月に締結された日蒙政府間協定に基づき、92年4月に初代海外青年協力隊員が日本語教師としてこの学校に派遣され、今日に至っています。

 この学校では、1994年から前述の高知モンゴル親善協会の支援により、多くの児童・生徒の日本短期留学が実施されています。低学年の時代に訪日を体験した児童の多くは、帰国後に高い学習動機を持つようになり、その結果、卒業までに日本語能力試験の一級に合格する生徒が毎年何人も出ます。ただ、結果的にモンゴル人教員よりも生徒の日本語力の方が高くなったり、クラス内のレベル差が広がるなどの課題も残されています。

 現在の隊員の提供してくれた資料によると、初級ではこの学校が作成した『わくわく日本語』というシリーズの教材が使われています。この教材は「会話」「練習」「書きましょう」「漢字」という構成になっており、『わくわく日本語2』から『わくわく日本語7』までの6分冊で、6年間にわたり学習することになっています(「1」がないのは、2年生から7年生までの各学年の数字が使われているため)。1週間に5時間、年間授業期間は38週ですので、1年に 190時間ずつで6年間、およそ1140時間でこの教科書を修了することになります。

 8年生以降の中級レベルでは、今のところ『中級から学ぶ日本語』『日本語作文1』などを利用していますが、クラス内のレベル差の大きい現状では、カリキュラムの再検討を進めることが必要になるでしょう。モンゴルでは今年から教育制度が10年制から11年制へと移行していますが、今後は入学してから卒業するまでに、この制度改革によりおよそ1900時間の学習時間を確保することになりそうです。

 この学校では現在、およそ300人の生徒・児童が日本語を勉強しています。日本語の他に、英語、中国語、ロシア語、韓国語のクラスがあります。なお、現職のエンフバヤル大統領はこの中学校の出身で、今年9月1日の入学式では、大統領本人が新入生の入学を祝福していました。

 次にモンゲニ複合学校をご紹介します。この学校は前述の第23番学校と同じぐらい歴史はあるのですが、日本からの公的な支援を受け始めたのはつい最近のことで、2004年4月から青年海外協力隊が派遣されるようになりました。主な教材は『ひろこさんの楽しい日本語1,2』『みんなのにほんご2』『どんな時どう使う 日本語表現文型200』などの日本で市販されている教材で、日本語学習者数は200人程度です。1名の青年海外協力隊員の他に、3名のモンゴル人教員が教えています。文法はモンゴル人教員が担当しますが、会話などは日本人教師が担当しています。

 日本語の学習時間は1年生の週1時間から年次が上がるにつれて増加し、10年生では週5時間になります。

 この学校は外国語クラスの他に「観光クラス」「美容クラス」「美術クラス」などもあります。外国語は日本語の他に英語、中国語、韓国語、ロシア語、ドイツ語、フランス語を学んでいます。

 今年の訪日研修は、前述の高知モンゴル親善協会のプログラムに3人が参加したほか、国際交流基金の高校生訪日研修にも1名が合格しました。

 この他に、特徴ある中等教育機関としては、「新モンゴル高校」が挙げられます。この学校は東北大学で教育学の博士号を取得したジャンチブ・ガルバドラッハ校長が、日本の教育制度に沿って、モンゴルで初めて3年制のカリキュラムを組んだことで有名です(モンゴルでは高校は2年制です)。生徒たちも日本式の詰め襟やセーラー服を着用していて、教室の机や椅子なども日本から輸入したものばかりです。文部省の国費留学制度や、山形県や仙台市を拠点とするNGO「柱一本の会」、アジアの教育を支援するNGO「アクア」などの協力により、この高校を卒業後、多くの学生が千葉大学、岩手大学、横浜国立大学などの日本の大学へ進学しています。モンゴルにおける日本留学試験(EJU)の受験生の半数以上が、この学校の生徒、もしくは卒業生で占められています。

 日本語学習の拡大が続いているモンゴルでは、この9月から新しく日本語教育を始める初・中等教育機関もいくつかあります。たとえば、大阪の寝屋川ロータリークラブの支援で24人の生徒が日本語を勉強し始めたばかりの私立サント中学校は、創立7年目のまだ新しい学校ですし、今年開校したばかりの私立ボディット中学校は、日本語会話学校から発展して、モンゴルの教育制度に基づく中学校となりました。

ウランバートル市立第23番中学校の三本智哉先生の写真
ウランバートル市立第23番中学校の三本智哉先生。

教材

モンゴル日本語教師会作成初級教材の画像
モンゴル日本語教師会作成初級教材
『できるよ』シリーズ 1~4がある。

 前述の第23番学校による『わくわく日本語』のシリーズの他にも、モンゴルではオリジナルの教材が多く出版されています。中でも日本語教師会による『できるよ1』から『できるよ4』のシリーズは日本からの支援のない中等教育機関に貢献しています。

 『できるよ』シリーズは一般的な初級文型を扱った全120課の構造シラバスの教科書で、4冊目まで学習すると初級文型の他に2400の語彙、562の漢字を身につけることができるようになっています。一課ごとの構成は、まず簡単な読解用の短文が「本文」として紹介され、次にその課で扱う文型に焦点を当てた「例文」、モンゴル語で書かれた文法の「説明」、なぞなぞや早口言葉なども取り入れた楽しい「練習」と続き、最後にその課の新出語彙と新出漢字がリストアップされる形になっています。例文にはシリーズを通してそれぞれ個性的な4人のモンゴル人の子供が登場し、挿し絵を見ると『できるよ1』では低学年だった彼らが、学習者の成長に伴い『できるよ4』では立派な高校生になっているのが分かります。

 また、モンゴル日本センターにより、主に中学生を対象としたラジオ日本語講座の教科書が2005年9月に出版されました。この教科書は、オユンナというモンゴル人の少女が幼いときに亡くした、日本人だったという父親の足跡を日本人留学生とともにたどっていき、やがて思いがけない事実を発見するというドラマ形式になっていて、1回20分の放送で100回、1年間にわたってモンゴル全土で放送されます。放送では音楽に合わせて発音して拍感覚を身につける「チャンツ」も利用されていて、誰でも楽しく日本語に親しめるようになっています。この放送によって、地方でも日本語教育の裾野が広がることが予想されています。

課題

 このように拡大傾向にある日本語教育ですが、問題がないわけではありません。中でも初等・中等教育の分野で一番の問題は、優秀な教員の確保です。公立学校の教員は待遇がよくないため、なかなか定着しません。

 教員の質に関しては、コミュニカティブな授業をし、パワーポイントを上手に使いこなしている先生もいますが、やはり知識偏重型の授業をする教師が多いです。モンゴル日本センターでの教育実習コースでも、開始当初は教員が最初から最後までずっと説明し続けて練習がまったくない教案も見受けられますし、練習があってもリピートや文型練習などのオーディオリンガル的な場合が多いです。この段階から、コミュニケーション重視の授業ができるように引き上げていくのは容易ではありませんが、当センターの日本語教師研修も4年目を迎えており、中にはめきめきと伸びていく教師も見られるようになりました。

 その他、モンゴルの初等・中等教育の課題としては、現場の環境が多様すぎて統一シラバスが作れないことも挙げられます。英語とロシア語に関しては既に教育省により統一シラバスが作成されていますが、日本語はまだ手も着けられていないのが現状です。ただし、今月にもJICAから教育省に日本語教育のシニア協力隊員が派遣されることになっていて、状況が変わる可能性があります。前述のように現場では教員の定着率が低いにもかかわらず、その教員たちにコースデザインの負担まで課せられていますので、なるべく早くきちんとした指針が導入されることが望まれます。

私たちにできること

 日本から派遣されている日本語教師が共通して感じていることは、モンゴルの子供たちに教えることはとても楽しいが、やはり教員が定着しないことが悩みの種だということです。それぞれの学校が前述した高知モンゴル親善協会などを通じて「学習者への支援」には手を着け始めていますので、今後の課題としては給与助成プログラムなどにより、「教員への支援」に注目する必要があるでしょう。物価の低いモンゴルでは、月給七千円の教員に毎月一万円の援助をするだけで、きっと大きな効果がみられます。

 モンゴルは銀行の預金の利子が非常に高く、比較的安定している有力な銀行でも年間18%もの利率になっています。どなたか志のある方が100万円を拠出していただければ、その利子だけで教員一人の給与助成ができるのです。将来的には、こういった教員支援の体制も構築していく必要があると思われます。

 また、教員の質を上げるには、日本語の母語話者の参加も欠かせませんが、ODAによる支援だけでは、限りがあります。ボランティアによる日本語教師にも力を貸してほしいと願っています。モンゴルで日本語を教えてみたい方は、ぜひ以下のサイトをご覧ください。

「モンゴル日本語教育振興協会」
http://blog.goo.ne.jp/mongolia_2005/
本稿で名前しかご紹介できなかった学校も、ここでは写真入りで紹介されています。

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