日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第13回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

第13回  オーストラリアの学校教育課程における日本語教育

NSW 州教育訓練省 日本語コンサルタント
サリー・シマダ

0.NALSASとは

  オーストラリアでは日本語ブームが1990年代に始まり、1994年からアジア言語文化特別教育プログラム(The National Asian Languages/Studies Strategy for Australian Schools以下NALSAS)が開始され、アジア言語教育をさらに推進した。

   NALSASは、オーストラリア連邦政府と各州・準州の共同国家プログラムであり、各学校において、優先学習言語とされたアジアの四言語(日本語・中国語・インドネシア語・韓国語)及び、アジア関連の学習者数の増加を目指した。NALSASは、オーストラリアとアジア地域の経済関係の発展に伴う、四優先学習言語が使える国民に対する将来的需要を前提としていた。

   このプログラムは、ケヴィン・ラッド(注1)の報告書『アジア諸国の言語とオーストラリア経済の将来(Asian Languages and Australia’s Economic Future)』と、外務貿易省 (DFAT)との研究に基づいて作成された。

  当初2006年まで継続予定だったが、2002年に打ち切られた。1995年から打ち切りまでに、連邦政府はこのプログラムに2億800万豪ドルの資金を提供した。

1.日本語教育支援に使用されたNALSAS基金

  NALSASプログラムによる、 NSW州への日本語教育に対する支援の一つに、「言語学習連続性イニシアチブ(Languages Continuity Initiative以下LCI) 」があった。LCIは、小学校に資金を拠出し、5年生から8年生にかけての日本語学習の継続を促進し、また、NSW州の6年生の日本語学習者 2,000人以上が、NALSASによる「外国語評価プロジェクト(Languages Assessment Project)」によって資金援助を受けた。さらに、「外国語教員訓練イニシアチブ(Language Teacher Training Initiative)」や「教員海外研修資金(Overseas Study Awards)」により、NSW州の日本語教員が、国内及び海外での研修を受講した。

  この基金は、カリキュラム支援教材の開発にも使用され、5-8年生用、11-12年生用、のオンライン教材が開発された。NSW州では、小学生対象の衛星放送日本語教育番組が開発された。また、外国語教育と識字教育の一環として、ビデオ・印刷教材「動作を通した外国語学習(Languages through movement)」「中学生の日本語(Japanese for Junior Secondary Students)」「高校生の日本語(Japanese for Senior Secondary Student)」も作成された。

5-8年生のCD-ROM教材の画像

  さらに、この基金は、NSW州の「日本語探検センター」(注2)の維持・運営費にも使用されたが、NALSAS中止後は、NSW州教育訓練省が費用を負担している。

2.NALSAS基金中止が日本語教育に与えた影響と中止後の対策

  NALSASに対する連邦政府資金中止の結果、オーストラリアの各州は、学校での外国語教育に対する一連の支援を、削減・終了せざるを得なくなった。

  たとえば、NSW州では、LCI中止と小学校の外国語教育プログラム支援の中断というかたちで最も顕著に現れた。NSW州では小学校段階での外国語教育が義務ではないため、NALSAS基金の打ち切りによって、小学校の日本語学習数が激減した。また、オーストラリア全国で、革新的なカリキュラム支援教材の開発能力が弱まった。

  しかし、NALSAS中止後も、以下のような付加的な支援が導入された。

2-1.『オーストラリアの学校での外国語教育に関する国家声明書
(National Statement for Languages Education in Australian Schools)』

  NALSAS中止後、2005年に、各州と準州代表に承認された最終報告書『オーストラリアの学校での外国語教育に関する国家声明書』が、国内の全学校に配布された。

  この国家声明書には、外国語教育の特質と目的、近年の国家的発展とそれが国と学校教育に与える意味が記述され、「教授と学習、教員養成、教員研修、プログラム開発、教育の質的保障、外国語学習の擁護と促進」の、相互依存関係にある六つの戦略領域に焦点をあてている。

2-2.外国語教員のためのエンデバー奨学資金
The Endeavour Language Teacher Fellowships

  NALSAS中止後、「外国語教員のためのエンデバー奨学資金(ELTF)」が、連邦政府のイニシアチブによって2003年に開始された。ELTFは、外国語と文化学習の短期集中型プログラムを通じて、オーストラリアの外国語教員の、外国語能力と文化に関する知識を向上させることを目的としている。以来、オーストラリアの学校の外国語教員340人(内64人が日本語教員)が、ELTFによって恩恵を受けた。

2-3.『オーストラリアの学校教育において生徒たちをアジアに結びつけるための
国家声明書(The National Statement for Engaging Young
Australians with Asia in Australian Schools
)』

『オーストラリアの学校教育において生徒たちをアジアに結びつけるための国家声明書』の表紙画像

  同上声明書(2006年)は、アジア言語学習の継続的支援を表明している。そして、その理論的根拠を、「アジアに対する深い関係は、よき隣人・責任ある世界市民であることの一部であり、国内の調和・創造性・繁栄のために必要である」と記述している。また、アジア言語の学習が、生徒たちをアジアに結びつけるためのさまざまな要素中、アジア言語の学習が最も重要な構成要素であるとも指摘している。

  これ以前にも、国家目標が、言語技術と異文化に対する感受性にあることは、『オーストラリアの学校における倫理教育に関する国家フレームワーク(National Framework for Values Education in Australian Schools)【PDF:外部サイトへ】』(2005)と『NSW州公立学校における倫理教育(Values in NSW public schools)』(2004) の二つの公文書によって示されている。

2-4.『小学校における外国語教育
(Teaching Languages in the Primary School)』

『小学校における外国語教育』の表紙画像

  NALSAS後、連邦政府予算で開発された教材『小学校における外国語教育』は、オーストラリアの小学校において、効果的で持続可能な外国語プログラムを実施する手引きとして作成された。

  これは、複数のカリキュラムにまたがる領域を教えること・外国語教育と識字教育との関連・テクノロジー教育との統合・小学校から中学校への移行期・男子生徒に対する教育・二言語教育とイマージョンプログラム・学校の指導層を外国語教育に結びつけることなど、さまざまな問題に関する情報を提供している。

2-5.アジア言語専門学習プロジェクト
(Asian Languages Professional Learning Project)

  これは、文化学習とは単に文化に関する事実を学ぶことではなく、文化が多様で常に変化する動的なものであることを認識し、新しい文化と各人固有の文化との間の生きた経験であると捉える異文化間外国語学習(Intercultural Language Learning , IcLL)の理論に基づく外国語教育の実践を奨励する目的で実施された。

  アジア言語以外の、ヨーロッパ言語などの他の言語に関しては、連邦政府資金による別のプロジェクトが、異文化間外国語教育の成果についての評価に関する調査を行う予定である。

3.オーストラリアにおける外国語教育の現状

  これまで見てきたように、オーストラリアの日本語教育の現状は以前(90年代)と比べ、経済的には厳しい状況だが、国際交流基金の2003年「海外日本語教育機関調査」『オーストラリアの学校での外国語教育に関する国家声明書』などによると、豪国内の日本語学習人口は、国内の他の言語学習者と比しても多く、世界の日本語学習者と比しても決して少なくないことが分かる。

  事実、オーストラリアの各州と準州は、教師のための奨学金・豪日双方で実施される教員研修・母語話者コンサルタント派遣・学校への教材寄贈など、国際交流基金からさまざまな支援を受けている。同様に、オーストラリアには、国際文化フォーラムとの強い協力的な関係もあり、国際文化フォーラムは、学校に対して、「Deai」のような日本語教材の寄贈など、寛大な支援を行っている。

  NALSASプログラムは終了したが、国家声明書や国家計画に示されるように、オーストラリア政府には、外国語教育に関する深いコミットメントがある。外国語教育は、政界の重鎮による個人的な支持(注3)も得ている。こうした支持・支援を背景として、ほとんどの州と準州では、日本語学習者数を維持しており、日本研究の将来は決して悲観すべきものではないと言えよう。

本文注釈

(注1) ケヴィン・ラッドは現在の野党外務大臣であり、中国語に堪能で、アジア言語研究の強力な擁護者である。
(注2) 日本語学習者に、日本文化と日本語のイマージョン体験の場を提供することを目的として建てられた純和風の家屋。日本企業の寄付金によって、公立高校の敷地内に建築された。1999年の開館以来、毎年約2,500人の生徒が訪問する。
(注3) ピーター・コスグローブ将軍は、オーストラリア校長協会の研修会議とアジア教育基金の全国大会の席で、「外国語の技能と文化に対する感度は、この世界秩序の新しい通貨と言えるだろう」と宣言した。コスグローブ将軍は、東チモール独立時の功績が認められ、2001年にオーストラリアン・オブ・ジ・イヤーに選出された。オーストラリアン・オブ・ジ・イヤーとは、毎年1月26日のオーストラリア建国記念日に、オーストラリア社会における貢献度の高い人が一人選出され、1年間、諸外国にオーストラリア関係の知識を普及するための親善大使となる。
http://www.australianoftheyear.gov.au/pages/page63.asp

参考資料

ウェブサイト

資料 (1),(2),(3),(4) に関する著作権について

Copyright Notice
c Commonwealth of Australia 2006
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”.

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