日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第15回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第15回】スリランカの中等教育における日本語教育の現状

(日本語教育派遣専門家)
和田 衣世

1.日本語学習者について

 スリランカ人は親日的な国民だと言われています。日本はスリランカと同じ仏教国で親しみやすく、また、科学技術の開発によって独自の地位を確立した経済大国だというイメージをスリランカ人は抱いています。以前は、スリランカ人作家サラッチャンドラの小説『亡き人』の中で描かれた日本から、日本語に興味を持ったという人が多かったのですが、最近は数年前にこちらで放送されたNHKドラマ「おしん」が日本を知るきっかけだった、という学習者が多く見られます。

 2003年度の調査によると(1)、スリランカの日本語学習者数は5219人です。お隣の大国インドをやや下回る学習者数です。スリランカの総人口は約1900万人ですから、10億の人口を抱えるインドと比べると、人口比から言ってかなりの数の学習者がいると言えるでしょう。

 学習者数のうち約80%を中等教育学習者が占めています。中等教育レベルの学習者が多い背景には、日本の中学校卒業資格と同等とされるOrdinary Level Examination(以下、Oレベル試験)と、高等学校卒業資格であり同時に大学入学資格試験でもあるAdvanced Level Examination(以下、Aレベル試験)の選択受験科目となっていることがあげられます。学生たちは、親日感情と「おしん」で日本に興味を持って、そこで受験科目として用意されていた日本語を選択する傾向がある、といえるのではないでしょうか。

2.Oレベル・Aレベル試験シラバス

 スリランカの義務教育は5~6歳からの10年間です。11年目にOレベル試験を受験し、合格者がその後2年間の教育を受け、Aレベル試験に臨みます。

 Oレベルの日本語試験においては、『日本語初歩』第1課~第15課までの文型および語彙が出題範囲となっています。2001年に第1回の試験が実施されました。また、Aレベル日本語試験が始まったのは1986年ですが、その後1995年にシラバスが改訂されました。『日本語初歩』全課、この国独自の読解教科書「Pupils' Book for Japanese G.C.E.A/L」(通称ブルーブック)、そして公用語の一つであるシンハラ語で書かれた『日本の小説』という小冊子が出題範囲となっています。シラバス改訂後は、1997年に第1回試験が行われました。

 2005年には、『日本語初歩』が現地で出版、販売されるようになりました。以前、学習者が少なかった時代は、各学校が国際交流基金の日本語教材寄贈プログラムなどで手に入れた『日本語初歩』をそれぞれの学生に貸し出す形で授業を行っていました。が、学習者数の増加に伴い、それでは需要に追いつかないのでぜひ現地出版を、という声が出はじめ、2005年にようやく実現しました。

 現行のシラバスは、Oレベル試験は1998年に、Aレベル試験は1995年に、国立教育研究所(National Institute of Education, NIE)によりそれぞれ制定されました。以降、一度も改定されていません。

 Oレベル・Aレベル両試験において、日本語は選択科目として用意されていますが、Oレベルで日本語を選択した学生が必ずしもAレベルでも選択するわけではありません。学生たちは、その後の進路に大きく関わってくるAレベル試験で、何を受験科目とするかを慎重に選択します。以下、Aレベル試験に焦点を絞って話を進めていきます。

3.Aレベル試験受験者数

Aレベル試験主要現代外国語科目の受験者数のグラフ 右のグラフは、2005年と2006年に行われた、Aレベル試験主要現代外国語科目の受験者数(2)です。スリランカでは、英語は二つの公用語(シンハラ語・タミル語)をつなぐ言葉とされ、公的にもよく使用されているので、ここでは外国語としてとりあげません。主要現代外国語の中ではこの他にも、少ない受験者数ではありますが、ドイツ語、ロシア語、中国語なども選択科目として受験することができます。日本語はアラビア語につぐ受験者数となっています。アラビア語は構成民族の一つと見なされるムスリムが宗教上の理由から学んでいると推察されます。したがって、純粋に教育上の理由で外国語として学ばれている言語の中では、日本語が最も多い受験者数を誇っています。

4.Aレベル試験の出題内容

 Aレベル日本語試験は、日本語Ⅰ・Ⅱの二つに分かれます。日本語Ⅰは、「Pupils' Book for Japanese A/L」からの読解問題、漢字の読み書き、文法・語彙・会話表現の四択問題、日本文化の語彙説明、テーマ作文、前述の『日本の小説』からの質問などで構成されています。また、日本語Ⅱは日本語⇔シンハラ語かタミル語か英語への翻訳、会話完成問題、文法四択問題などがあります。出題形式は、少しではありますが変わることもあります。

 Aレベル試験の結果によって、受験者は大学入学資格が与えられます。高等教育においても、日本語学習の継続を望む学生は、日本語が主専攻および主選択科目として設置しているケラニア大学かサバラガムワ大学に進みます。

5.教育現場レポート~ミューセウス・カレッジの例

ミューセウス・カレッジの授業風景の写真
ミューセウス・カレッジの授業風景

 ここで、実際に中等教育の学校でどのように日本語教育が行われているかをレポートします。コロンボ市内にあるミューセウス・カレッジは私立の女子校です。スリランカでは、カレッジとは単科大学ではなく初等~中等教育の一貫校を指します。ミューセウス・カレッジは1991年から日本語教育を開始しました。通常、公立校はOレベルが終わった後の一年をOレベル試験の結果待ち期間としてすごし、結果が出てからAレベルの2年(12年生、13年生)を始めますが、この学校は、結果待ち期間からすでにAレベルを始めるので、Aレベルを約3年かけて指導します。下の学年からそれぞれ12の1年生、12の2年生、 13年生と呼ばれています。日本語を選択している学生は12の1年生が6人、12の2年生が4人、13年生が7人です。1コマ40分で授業が行われ、各学年毎日2コマずつ、週10コマの日本語の授業があります。12の2年生の終わりごろまでに『日本語初歩』第25課までを終わらせ、その後は「Pupils' Book for Japanese G.C.E.A/L」と『日本語初歩』を並行して教えていきます。

アシカ先生の写真
アシカ先生

 アシカ・ルパシンハ先生はこの学校のたった一人の日本語教師です。2005年からここで専任として日本語を教えはじめ、カリキュラムの作成・コースデザインなど、日本語教育のすべてを任されています。約1年の滞日経験を持ち、日本語能力試験2級の実力の持ち主です。スリランカでは、まだ中等教育の日本語教師は3級取得者がほとんどですが、アシカ先生のような2級取得者が教壇に立つケースも増えてきています。アシカ先生に教育上の問題点を尋ねると「Aレベルの出題範囲が広すぎて、聴解や会話などを学生に教えたくても教える時間がないんです」とのことでした。Aレベル試験には聴解や口頭試験が含まれておらず、学生たちの関心も日本語⇔シンハラ語翻訳や読解など、読み書きのほうに傾いてしまうため、日本語能力も偏りがちです。現在、13年生は8月に行われる予定のAレベル試験に向けて猛勉強中です。「毎年、出題範囲をぜんぶカバーするのがたいへんですが、今年はなんとか間に合いそう」とアシカ先生はほっとした顔で語ってくれました。

6.現在の問題点、今後の課題

 このように多くの中等教育学習者を抱えるスリランカではありますが、Oレベル、Aレベル両方において、日本語は選択科目の一つにすぎません。そのため、 10年以上前に作られたシラバスがあるものの、規定授業時間数が設定されているわけではなく、各学校がそれぞれ自由に日本語教育を行っています。また、日本語教師の資格が特に問われておらず、日本語能力試験3級程度で教壇に立っている、まだまだ運用能力不足の教師がほとんどです。10年以上前にNIEが教師トレーニングの短期コースを開催しましたが、その後、一度も行われていません。その他、教師トレーニングの場としては、スリランカ日本語教師会がありますが、任意の参加となっています。また、すでに述べましたが、Aレベル試験の出題内容も、音声面のコミュニケーション能力を問わない偏ったものになっています。しぜん、学生たちも、読み書きばかりを重視しがちになり、ひと昔まえの日本の英語教育と同じ問題を抱えていると言えます。

 以上、スリランカの中等教育の実情を、Aレベル試験を中心に述べてきました。日本語教育を実施していく側としては、さきに述べた数々の問題点を解決すべく、積極的に教育省やNIEに現状を訴え、協力を要請する必要があるでしょう。

【本文注釈】
(1)「海外の日本語教育の現状-日本語教育機関調査・2003年-概要」(国際交流基金)による。
(2)National Examination and Testing Service, Department of Examinations, Sri Lankaの発表による。

【参考文献】
渋谷利雄、高桑史子編(2003)『スリランカ-人びとの暮らしを訪ねて』段々社
和田衣世(2007) 「スリランカの大学生の言語学習ビリーフから日本語教育の改善を考える」
『国際交流基金日本語教育紀要』第3号13-28
日本語教育国別情報2005年スリランカ 2006年4月17日
http://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2005/srilanka.html

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