日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第16回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第16回】日中友好大連人材育成センターおよび大連における日本語教育の現状

日中友好大連人材育成センター
日本語教育派遣専門家 立花秀正

1.発展を続ける大連

 中国遼寧省大連市は中国東北部の沿岸部に位置する人口562万の都市であり、中国東北部有数の国際商業都市として発展してきている。1984年には中国で最初の経済技術開発区の一つが設立される等、中国東北地方においていち早く改革・開放を進めてきた都市であり、工業・海運業を中心に発展してきているとともに、大連市は中国の科学技術部(部は日本の省に相当)から、全国唯一のソフトウェア産業国際化モデル都市の指定を受け、さらに国家発展改革委員会からはソフトウェア産業基地(全国12ヶ所)及び全国唯一の国家ソフトウェア人材育成基地の指定を受ける等、IT産業の拠点として発展することが期待されている。

2.ますます必要とされるビジネス日本語ができる有能な人材

 現在、大連には2,500社を越える日系企業が進出している。これに伴い日本語及び日本のビジネス文化を理解した現地スタッフのニーズが激増した。供給が需要に追いつくことができず、中国政府より大連市と遼寧省の経済発展に寄与するビジネスでも通用する日本語能力と専門技術を兼ね備えた人材の育成を目的とする日中友好大連人材育成センター(以下、センター)設立に係る要請が出され、日本の無償資金協力により、センターの建設が実現した。

 また、大連市はIT分野の人材育成及び日本からのソフトウェア等の業務拡大を見据えたハード及びソフトのインフラを整備しており、今後日本語及び日本的ビジネスを理解した「複合人材」の育成にも力を注いでいる。そのため、センターは大学や民間の学校で行われている基礎日本語ではなく、日系企業の現地化を可能とする企業の中堅社員以上の人材育成及びIT分野の人材育成を目指している。

日中友好大連人材育成センターの概観写真
日中友好大連人材育成センターの概観

3.期待されるセンターの役割

 これを実現するためにはセンター建設だけでは不十分との判断により、2004年8月に国際協力機構(JICA)に対し技術協力の要請があり、2006年3月から3年間専門家の派遣を行うことになった。3年後の2009年4月からの中国側の自立運営を目指している。

 日本から派遣されているのはセンターの運営及び日中間の業務調整担当のJICA専門家、経営管理、生産管理、及びIT分野を担当するコンサルタントの専門家チームそれにビジネス日本語担当の私である。

 センターは2006年4月15日にオープンした。所長をはじめとする中国人職員と協力しながら「複合人材の育成」を目指し、その結果として「大連での日系企業の投資拡大及び事業成功」にも資するためにセンターが有効に活用されるべく、専門家一同努力している。

4.日本語コースについて

 現地の需要、センターの運営面等々を考慮し、実際にはビジネス日本語関連の講座のみならず、基礎的な日本語の講座も開設されている。基本的にはビジネス日本語の講座と「日本語能力試験1級対策」は私が担当し、基礎的な日本語関係と「日本語能力試験2級対策」は中国人講師が担当している。

 ビジネス日本語の講座としては、これまでに「ビジネス日本語上級」「ビジネス日本語初級」「BJTビジネス日本語能力テスト対策」を開講した。「ビジネス日本語上級」は会社における敬語の使い方、ビジネス会話、ニュースを聴き取る訓練を中心に教えている。時間数は48時間である。受講した研修生からは「会社での敬語の使い方の理解が深まったので、よかった」との評価を得た。「ビジネス日本語初級」は初級日本語 (中国の場合、主に『中日交流・標準日本語初級上・下』を指す)を修了した学習者を対象に基本文法の復習をしながら、初歩的なビジネス会話の訓練をしている。

ビジネス日本語上級クラスの研修生と一緒の写真
ビジネス日本語上級クラスの研修生と一緒に

 センターは各教室の設備が充実しているので、パワーポイントなどを活用して、効率的に授業を進めている。一般に中国の日本語学習者は文法の知識は豊富でも聞きとりと話す練習が少ないように見受けられる。そこで、聴解と会話の訓練にも力を注ぎ、様々なビジネス場面で応用できる実力が身につくような指導を心がけている。受講者は会社員が多いので、開講時間は必然的に平日の午後6時過ぎ、土日の午前中が多い。

 近年、大連においてBJTビジネス日本語能力テスト(以下、BJTテスト)が実施されるようになり、関心が高まってきているが、BJTテストは実施されてから、まだあまり時間がたっておらず、日本語能力試験のような過去問題集が出版されていない。このため、授業では現在出版されている数少ない教材を使用しているが、いずれは独自の教材を開発しなければならないと考えている。

5.日本語コースの課題

 私の主な任務である中国人講師への技術移転であるが、当初の計画では授業見学をしてもらいビジネス日本語の知識並びに教授法を吸収してもらう予定であった。しかし、日本語担当の中国人講師が3名しかおらず、私の授業時間が彼らの授業時間と重なったり、また、彼らが授業以外の業務に追われたりして、これが時々しか実現できない。これでは技術移転の遂行が危ういので、現在は毎週2回、曜日と時間を決めて研修会の形式で自分が持っているものを彼らに伝えるようにしている。

 もう一つの問題がある。それはビジネス日本語の受講を希望する企業並びに研修生が「日本人に習いたい」という要望を持っている点である。いくら優秀な中国人講師が育成されたとしても、研修を受ける側の上記の要望を満たすことはできない。これまでも外部の日本人講師に講義をお願いしたことがある。現在、センターの日本語分野の日本人講師は私一人である。優秀な日本人講師をいかに確保していくかが、センターのビジネス日本語講座の今後の課題である。

 次に、大連における日本語教育に関する報告を記すことにする。

6.初中等教育における日本語教育の状況

 1972年の日中平和友好条約の調印以後、日本語学習ブームが起こり、普通中学(普通初級中学と普通高級中学をあわせて普通中学と呼ぶ。普通初級中学は日本の中学校、普通高級中学は高校にあたる)でも日本語教育が急速に導入された。特に東北部(吉林省、黒龍江省、遼寧省の東北三省および内蒙古自治区)ではその傾向が顕著だった。東北部では戦前に日本の「国語教育」を受けた人が多くいたため、ほかの外国語よりも人材が豊富であったからである。日本語という科目が長年この地域の普通中学を中心に第 1外国語として盛んに教えられてきた理由はここにある。その規模は最盛期には中国全土の中等教育段階で学んでいた日本語学習者総数の80%以上を占めると言われるほどだった。

 大連市はこれまで漢族の日本語教育の拠点としてシンボル的な存在であったが、近年は英語教育に押され、初中等教育における日本語教育は壊滅状態に追い込まれていた。こうした状況の中で、2005年秋(財)国際文化フォーラム(以下、フォーラム)が市教育局のリーダーを日本に招聘したことが契機となって、市政府や市教育局があらためて日本語を見直し、第2外国語としての日本語を中高校に新たに導入する奨励策を2006年4月に発表してくれたことは大変大きな意味を持っている。

 フォーラムは、1990年代後半から中国東北地域の小中高校の日本語教師の研修会を毎年夏に実施してきた。私も1997年と2006年、2007年に大連での研修会に講師として参加した。研修期間は1~2週間と短いにもかかわらず、参加者の日本語教育に対する姿勢が変化していくのを目の当たりにした。フォーラムのこの研修は着実に成果をあげており、中国東北地域の日本語教育に大変貢献している。

 また現在、市教育局の依頼を受け、大連教育学院とフォーラムは共同で中学校向けの「第2外国語としての日本語」の教科書の編集制作に取り組んでいる。

7.スピーチコンテスト

 当地の事情を反映して、大連市人民対外友好協会と日本のカメラメーカーが主催するスピーチコンテストが毎年6月に盛大に行われており、今年で18回目を迎えた。

 成人部門は大学生(日本語専攻)、大学生(日本語非専攻)、大学生(聴講生)、社会人の4つに分かれており、それぞれ予選で選ばれた3名がスピーチをして順位を決める。未成年部門は高校生、中学生、小学生に分かれており、それぞれの大会で1位、2位、3位になった者がそのときのスピーチを発表する。大学生(日本語専攻)部門の優勝者には大連市長から優勝杯、賞状並びに賞品が授与された。

第18回スピーチコンテストの写真
第18回スピーチコンテストの様子

8.大学における学習者の急増

 大連では、政府の方針でどの大学の日本語学部でも学生数が増加している。一例として、大連外国語大学を見てみる。以前は日本語学科の学生は1学年100 名であったが、1999年から徐々に増えて、現在では630名だそうだ。1クラス30名で、21クラスあるそうだ。これから想像されることは教師を必要な数だけどうやって揃えるかという問題である。質のいい教師を確保するのに苦労していると聞いている。

 学生数の増加は、学生の学習進度や日本語力の変化も引き起こしている。日本語能力試験の合格率について以前と現在を比べてみると、ある大学では、以前は 3年生のときに全員が1級に合格したが、現在では、合格率がかなり下がっていると卒業生が話してくれた。これから分かることは、日本語がよくできる学生の層は変わらないが、下の層の学生が増えたということであり、その結果、日本語能力試験の合格率が低下したということだろう。

9.結びにかえて

 私にとって約10年ぶりの大連はすっかり変わっていた。近代的なビルの数が増え、清潔感が溢れていた。でも、何か懐かしさを感じさせる街の雰囲気はちっとも変わっていなかった。

 大連に赴任して1年5ヶ月が経過した。当地は四季の変化があり、日本の気候と似ているので、これまでの任地(インド、マレーシア)と比べると、身体にかかる負担は少ない(冬の寒さには参っているが……)。この好条件を生かし、私を呼んでくれた大連に恩返しをするために、センターの更なる発展を目指し、これまで以上に努力する所存である。

資料提供:「初中等教育における日本語教育」関係は(財)国際文化フォーラム

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