日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第23回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第23回】タスク重視の日本語教育に向けて

百濟 正和氏の写真英国・カーディフ大学 日本研究センター
専任講師 百濟 正和

1.はじめに

 タスクを重視した言語教育(Task-Based Language Teaching, 以下TBLT)の具体的な実践の試みは、Prabhu(1987)によって試みられたThe Bangalore Madras Communicational Teaching Projectfrom 1979 to 1984)にまでさかのぼることができる。このころは、文法・文型や機能ではなく、タスクをシラバスの中心に置くというタスク・シラバス、または手続きシラバスと呼ばれ、シラバス・デザインの問題として捉えられていたが、その後Willis(1996)によってタスクを用いてどのように教えるかという枠組みが与えられた。言語教育の試みとして、決して新しいものではないが、第二言語習得研究(SLA)が発展するにつれて、SLA研究からの知見がTBLTを理論的に支えるようになり、近年になって、より注目されるようになってきている。

 そのような背景もあり、2005年にはベルギー・ルーヴァンで初めてのTBLTに特化した国際学会が開かれ、その後2007年にハワイ、2009年に英国ランカスターと2年毎に研究大会が開かれている。研究、または実践のどちらかに偏るのではなく、TBLTに関心を持つ言語教育関係者と研究者の双方を引き寄せる非常にダイナミックな国際学会になりつつある 注1

 しかし日本語教育においてはまだまだTBLTが広く理解されているとはいえないのではないだろうか。第1回のTBLT研究大会(2005)は、英語とスペイン語を扱った研究発表が多かったが、第3回の2009年大会では、中国語やフランダース語など様々な言語を扱う研究発表が増えてきたにもかかわらず、日本語を対象とする研究発表は数えるほどにすぎない。

 筆者はこれまで、カーディフ大学日本研究センターで日本語を専攻とする、主に英国人大学生に日本語を教える傍ら、主に英国内でTBLTの理論と実践の紹介を試みてきた。このリポートでは、主なる3つの活動、まず英国日本語教育学会(British Association for Teaching Japanese as a Foreign Language, 以下BATJ注2SIGSpecial interest Group)活動の一つであるTBLRTask-Based Learning ResearchSIG、そしてカーディフ大学日本語応用言語学シンポジウム(BATJとの共催)、最後にカーディフ大学で実施したTBLTを基調とした教育実習について報告する。

2.BATJにおけるTBLR SIGの活動 注3

 本節では、BATJ内のSIG活動の一つであるTBLR SIGについて紹介する。TBLR SIGは、BATJ主催のセミナーや年次研究大会などが行われる前後の、BATJ会員が比較的集まりやすい機会を捉えて、筆者が自発的に行っていたTBLTの勉強会を発展させたものである。教材開発やリサーチなど、より本格的な活動を目指す目的でSIGとしての活動を役員会に申請し、BATJが認めるSIGの一つとして活動している。TBLRというSIGの名前には「どのように教えるのか」という問いだけでなく、タスクを重視した活動を通して学習者が何を学んだ(Learning)かを研究する(Research)ことを活動の最終目標に掲げたいという意図がある。「1.はじめに」で紹介したTBLTの国際学会が、研究者と教育関係者の双方から、理論と実践を結ぶ場になる可能性が期待されている。また、BATJは設立当初から日本語教育を研究分野の一つとして位置づけてきた経緯もある。BATJ内にTBLR SIGを設立し、TBLTの理解を深め、さらにタスクを通した学習者の学びをリサーチすることにより理論と実践をつなげ、BATJ設立の理念を具体化したいという思いがあった。

 しかし、日本語教育で使われている具体的なタスクの例やタスク開発のノウハウ無しに勉強会を続けても、理論だけが先行し、参加者にとってTBLTの具体的なイメージをつかむことが難しいようだった。SIGの参加者に具体的なタスクのイメージをつかんでもらうためには、TBLTで使用できる教材が必要であると筆者は感じ、プロトタイプとなる教材の開発に取り組んだ 注4

 プロトタイプとなる教材が完成して初めてのSIGワークショップが、2010年3月29日にマンチェスター大学で開催され、マンチェスターを中心に主に英国北部に在住するBATJ会員10名が集まった。このワークショップでは、TBLTについて初めて知る参加者もいることから、SIG主宰者である筆者がTBLTにおけるタスクの定義とタスクを用いた2つの指導法(Task-Based Language TeachingTask-Supported Language Teaching注5 について導入し、その後筆者が開発したタスクのプロトタイプを公開し、同じ手順でトピックからタスクの開発を試みた。トピックからタスクの開発の枠組みとしてWillis and Willis (2007)を利用した。Willis and Willis (2007)は、タスクを「リストを挙げること(Listing)」、「分類すること(Sorting)」、「組み合わせること(Matching)」、「比較すること(Comparing)」、「問題を解決すること(Problem solving)」、「個人的な経験を共有すること(Sharing personal experience)」、「プロジェクト、及び創造的なタスク(Projects and creative tasks)」の7つに分類して、一つのトピックを中心にしてどのようにタスクを開発していくことができるのか示している。例えば、教育の分野で「先生」というトピックを選んだら、「良い先生の条件(Listing)」、「先生がしていいこと、悪いこと(Sorting)」、「僕・私の好きな先生(Sharing personal experience)」などがすぐに思い浮かぶのではないだろうか。Willis and Willisは、一つのトピックから7種類すべてのタスクを作る必要はなく、3種類ぐらいのタスクが思いついたら、それをつなげて一つのユニットを構成することを提案していて、このSIGワークショップでも3人一組になって一つのタスクのつながり(a sequence of tasks)を作ることを課題とした。

 このワークショップを実施して課題も見えてきた。このワークショップではThreshold 1990van Ek and J L M Trim注6 で提示された14種類のトピック 注7 をタスク開発の土台として利用した。結果として、非常におもしろいタスクを作り上げたグループも多かったが、このトピックが示すスコープが広すぎたためか、一つのタスクを作るのが精一杯でタスクのつながりを作るまでに至らないグループもあった。今後は、ただ「教育」などというような広いトピックを与えるのではなく、より具体的なトピック(例えば例としてあげた「先生」など)を与えて、グループ・ワークに取り組んでもらえるように工夫したい。

TBLワークショップの様子
TBLワークショップの様子

3.第二回カーディフ大学日本語応用言語学シンポジウム-フォーカス・オン・フォームとTBLTをテーマとして-

 本節は、TBLTをテーマとしてカーディフ大学が主催した日本語応用言語学シンポジウムについて紹介する。カーディフ大学日本研究センターは、これまでに2度日本語応用言語学をテーマとしたシンポジウムを開催している。どちらのシンポジウムもグレート・ブリテン笹川財団から助成を受けた。第一回のシンポジウムは、広島大学の畑佐由紀子教授をお招きし、日本語を対象とした第二言語習得(SLA)研究について講演をお願いした。SLA研究に興味を持っているが、なかなかそのきっかけをつかむことが難しい現場の教師でも分かるように、この分野で何が問題になっているのかを鳥瞰図のように示していただき、すべての参加者にとって得るものが多く、非常に好評であった。その他、日本語習得研究では扱われることが比較的少ない語彙習得研究、そしてその重要性が次第に注目されつつある定型表現の習得について学ぶために、語彙習得研究の第一人者であるポール・メアラ(Paul Meara)教授(スワンジー大学)、定型表現の第一人者であるアリソン・レイ(Alison Wray)教授(カーディフ大学)にそれぞれ講演をお願いした。

 第二回のシンポジウムは、BATJとの共催 注8 で行われ、フォーカス・オン・フォーム(FonF)とTBLTをシンポジウムのテーマにした。FonFという用語自体は日本語教育研究で広く使われ始めている。しかし、FonFの条件を教室内で作り上げるためには、イマージョン・プログラムかTBLTしかないということがあまり触れられていないだけでなく、FonFTBLTが一つの枠組みで理解され、議論されていることが少ないのではないかと筆者は考えていた。そこで、基調講演と研究発表を通してこの二つをつなげて考える枠組みを提示したいと考えた。また、最近のTBLTの国際学会で特に顕著な傾向として、TBLTの枠組みでSLA理論を検証する手法がメインになりつつある。しかし、教えるのが主な仕事である現場の教師は、必然的にデータをたくさん扱うことができないのが現状である。結果としてTBLTを用いた研究に教師が貢献できる領域が狭まってきているのではないかと考え、TBLTで教えながら、教師がどのようにTBLT研究、そしてその理論構築に貢献できるかを考察する機会にしたいと考えた。

 日本では、アクション・リサーチが「教師が行う小規模な実践研究」として理解されることが多いように感じるが、英国ではStenhouse(1975)、そしてWiddowsonの一連の著作(例えば1990)で示されているように、現場から得た知見をさらに理論構築にも還元させようという野心的なものとして理解されている。基調講演の中で、教師が教室でできる研究のスコープを示してもらうことで、現場からTBLTの理論構築に貢献できる可能性を考察したいという目的があった。

 この目的を達成するために、3人の専門家に講演を依頼した。まず基調講演としてTBLTの第一人者であるマーティン・バイゲート(Martin Bygate)教授をお招きし、最近SLAに偏りがちなTBLT研究の広がりと可能性を示していただいた。次にバージニア・サミュダ(Virginia Samuda)先生には、先生自身が実際に行ったTBLTの教室研究の具体例を示していただいた。非常に実践に密着した講演内容で、参加した日本語教師から一番好評だったように思う。最後に、この分野を理解するためには欠かせない顕在的知識(explicit knowledge)と潜在的知識(implicit knowledge)について整理するために、シャルロット・ケンプ(Charlotte Kemp)先生に講演をお願いし、現在彼女が進めているインターフェースの研究も紹介していただいた。3本の講演すべてが英語で行われるというだけでなく、用語も参加者の多くにとって耳慣れないものが多いため、用語整理を含めて、筆者が基調講演の前にシンポジウムの目的と構成を説明するための講義を行った。

 研究発表は、一般と招待を含めて3本、丁度FonFの枠組みに納まるもので、処理指導法(Processing Instruction)を用いた「気づき」、リキャストを扱った「フィードバック」、そして「プランニング」の研究発表を紹介することができた。普段、SLA関連の論文を読みなれていない日本語教師でも分かりやすいように、発表時間を長めに取り(40分)、通常の20分の発表では駆け足で説明されがちな先行研究、研究デザイン、データ分析の部分を丁寧に提示してもらえるように発表者にはお願いした。そのため、聴衆からは非常によく分かったという反応と、3本とも本格的な習得研究であるがゆえに、研究デザインの緻密さ、データを集める苦労、データ分析の難しさなど、教育とはまた違った大変さを実感したという感想があった。

 近い将来、また同じように英語応用言語学と日本語教育をつなげる目的のシンポジウムを計画しており、そのために、TBLTの国際大会、BAALBritish Association for Applied Linguistics)そしてIATEFL(International Association of Teaching English as a Foreign Language)に出席し、情報を収集しているところである。

4.カーディフ大学日本研究センターによるTBLT教育実習

 本節ではカーディフ大学日本研究センターで実施しているTBLTを基調とした教育実習について報告する。カーディフ大学日本研究センターが日本の大学で日本語教育を専攻する学生のために、教育実習を提供したのは今から6年ほど前である。当初は個人からの応募を受け付け、大学の寮が利用できる夏休みの間に実施していた。しかし、夏休みの間に教育実習の模擬授業に参加する学習者を探し出すのが、常に運営上の課題となり苦労していた。夏休み以外であれば、カーディフ大学で日本語を学ぶ学習者が比較的楽に参加できるのだが、学生がいる間は寮が使えず、教育実習参加者の宿泊の問題を解決することができなかったため、3年前に休止していた。

 2007年にパストラル・ケア(Pastoral care)の目的でカーディフ大学と交換協定を持つ北九州大学を訪問した際に、北九州大学より英語コースと日本語教育実習をあわせたプログラムを作ってほしいという要望があり、学生の宿泊にノウハウを持つ大学内のインターナショナル部門(International division)と提携し、2010年2月に久しぶりに4名の教育実習生を受け入れることになった。

 最初の1週間はカーディフ大学日本研究センターでのTBLTに関する講義と教材開発のワークショップ 注9 を受け、その後2週間大学内のインターナショナル部門が提供する英語コースを受けると同時に、グループワークを続けながら教育実習で使うタスクを開発し、最後の4週目で教育実習を行うというカリキュラムを実施した。教育実習が行われている間に、東京国際大学の川村よし子教授による「リーディングチュウ太」や「ウェブ上のコーパス」の利用に関するワークショップがカーディフ大学主催で開催され、教育実習生はワークショップで得たノウハウをタスク開発に利用することができた。

 教育実習は、できるだけたくさんの日本語を学んでいる学生が模擬授業を受けられるように、夕方4時から連続で2コマ(1コマ50分)、5日間連続で行われた。普段の講義に加えてさらに授業を受けることになるので、カーディフの学生にとっては大変だったはずだが、学生の出席率はとても高かった。学生自身、日本人教育実習生との交流を楽しんでいるようだった。

 教育実習生は、筆者が用意したタスクのほかに、2つのタスクを教育実習中に作り上げた。彼らが選んだトピックは、「日本に到着して最初の買い物」、Youtubeのトレーラー(予告)を利用した「映画」で、オリジナルのタスクを使用した教育実習は、模擬授業を受けた学生の間でも評判が良かった。

 今後の課題は、日本を出発する前の準備にあるだろう。TBLTの理解とタスク開発は、講義を受けなければできないが、例えばトピックの選定は日本にいる間に考えられる。英語教育のための教科書を含めて、様々な教科書に目を通しておくことで、興味深いトピックを選び出すことが可能になるはずだ。渡英前のガイダンスを含め、実習プログラムの改善に努めたいと思う。

 最後に、教育実習生が実習後、TBLTについて「学習者に寄り添って授業を進めていく方法だと思う」と筆者に伝えてくれたことを紹介したい。「学習者に寄り添って授業を進めていく」というのはまさにTBLTの本質を捉えた表現である。何かを伝えたり、説明したりすれば学習者に理解してもらえるわけではない。第二言語の学習をサポートする仕事は大変な仕事ではあるが、その醍醐味を感じ取ってくれたのではないかと思う。

教育実習の画像
教育実習

実習で使用されたタスク・ワークシートの画像
実習で使用されたタスク・ワークシート

 

5.まとめ

 このレポートでは筆者が英国内でTBLTの理解と実践を広げるために行ってきた活動を紹介してきた。カーディフ大学で日本語を教えながらの普及活動でなかなか広がりが見られないのが気になるが、英語教育ですら、本格的なTBLTの原則に基づいた教科書はまだ出版されていないという。今望むのはネットワーク作りである。そのために、これからもセミナーやワークショップを繰り返し、TBLTの理解を深め、実践を共有し、教育現場からのTBLT研究を発信していく以外に方法はないだろうと思う。英国内で生まれたTBLTのネットワークが世界に広がることを期待したい。

  1. 注1次回の2011年の研究大会はニュージーランドのオークランドで開催が予定されている。
  2. 注2英国日本語教育学会(BATJ)は、英国の高等教育機関(主に大学)で日本語を教える教師を中心に1998年に設立された。日本語教育を研究分野の一つとして位置づけ、年次研究大会とジャーナル(BATJ Journal)の発行の2つ活動を学会の柱ととらえ運営している。その他、役員会を中心にセミナー・ワークショップが開催されるほか、BATJで認められれば、学会員がSIGを立ち上げることができる。尚、これまでのBATJの歩みについては、BATJ Journal No.10 (2009)の中の田中和美氏(初代BATJ会長)による寄稿を参考にされたい。ウェブ・ページは、www.batj.org.uk。
  3. 注3BATJSIGではないが、アイルランド日本語教師会からの要請を受けて、2010年5月25日にリムリック大学で同様のワークショップを実施した。
  4. 注4筆者は2009年に、TBLTのプロトタイプとなる教材開発とその教材開発過程を論文にまとめることを課題に、国際交流基金日本語国際センターで提供されている上級研修に参加する機会を得た。機会を与えてくださった国際交流基金にこの場を借りて感謝を申し上げる。
  5. 注5この2つのタスクを用いた指導法の違いについては、Ellis, R (2003)を参照のこと。
  6. 注6Threshold 1990はもともとヨーロッパ評議会が1975年に出版したThe Threshold Levelを基にし、CEFR (Common European Framework for References)のB1の原型とされている。
  7. 注7Threshold 1990で提示されているトピックは、1. Personal identification、2. House and home, environment、3. Daily life、4. Free time, entertainment、5. Travel、6. Relations with other people、7. Health and body care、8. Education、9. Shopping、10. Food and drink、11. Services、12. Places、13. Language、14. Weatherである。
  8. 注8BATJにとっては、春の研修会として位置づけられている。
  9. 注9このワークショップは、BATJ TBLR SIGのワークショップと同じ内容だが、教育実習生であることを考慮して、より詳細に時間をかけて行った。

〔参考文献〕
百濟正和 (2010) 「タスク重視の教材開発—試案—」 BATJ Journal No.11: 英国日本語教育学会
Ellis, R. (2003) Task-based Language Learning and Teaching. Oxford: Oxford University Press.
Prabhu, N.S. (1987) Second Language Pedagogy. Oxford: Oxford University Press.
Stenhouse, L. (1975) An introduction to Curriculum Research and Development, London: Heineman.
van Ek, J. A. and Trim, J. L.M. (1991) Threshold 1990. Cambridge: Cambridge University Press.
van Ek, J. A. and Trim, J. L.M. (2001) Vantage 2001. Cambridge: Cambridge University Press.
Widdowson, H.G. (1990) Aspects of language teaching. Oxford:Oxford University Press.
Willis, J. (1996) A Framework for Task-Based Learning. Harlow, UK: Longman.
Willis, D and Willis, J. (2007) Doing Task-Based Teaching. Oxford: Oxford University Press.

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