日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第26回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第26回】教師と生徒がともに参加する文化間言語教育ワークショップの試み

西オーストラリア州教育省日本語アドバイザー
藤光 由子1

はじめに
~西オーストラリア州における日本語学習者・教師数、 オーストラリアの国策、日本語アドバイザーの役割

 西オーストラリア州教育省の統計によれば、2012年10月現在、同州の学校数(初等中等教育機関数)は1,105校、そのうち765校が公立の学校(public school)で、日本語プログラムを有する公立学校は146校です。これらの学校で日本語を学習中の生徒総数は25,664名、約150名の学校教師が日本語教育に携わっています。
 オーストラリアの国策として2009年1月に施行された「学校教育におけるアジア語・アジア学習推進計画」(NALSSP: National Asian Languages and Studies in Schools Program)施策2により、西オーストラリア州教育省でもアジア言語の学習を奨励するための新しい戦略が求められました。
 このレポートではオーストラリアの「学校教育におけるアジア語・アジア学習推進計画」がきっかけとなって生まれた日本語教育支援プロジェクトの事例をご報告します。

西オーストラリア州教育省の日本語教育支援プロジェクトの背景

 西オーストラリア州の多くの公立学校では学年が上になるにつれて英語以外の言語科目は敬遠され、中等教育の高学年になると履修者が激減します。日本語も例外ではありません。そこで、多くの生徒が何らかの理由で学習継続の意欲を失っていく、初等教育から中等教育への移行期および中等教育前半期のプログラムに焦点を絞って、集中的な支援プロジェクトを行うことになりました。

 さらに、このプロジェクトには、国レベルの言語教育政策の指針であるIntercultural Language Teaching and Learning3の考え方と日本語教育現場をつなぐという使命もありました。Intercultural Language Teaching and Learningというのは、オーストラリアの学校教育における言語教育政策として普及が進められてきた教育理念と方法論です。
 そのコンセプトについて、あえて学習者の視点から論じている木下(2009)4Intercultural Language Learning を「文化間言語学習」と訳し、「言語と文化は切り離すことができないという基本的な考え方を礎としていて、非常に大まかな言い方をすると、言語学習を通じて国際社会の一員として積極的に社会生活を営んでいける人間となる基礎を作る学習の考え方の提案である」と説明しています。

 実に示唆に富む提案ですが、西オーストラリアの教育現場の日々の実践との間にはまだまだ大きな溝があるという現状認識がありました。そこで、教育省のイニシアティブで「文化間言語学習」の考え方による日本語授業づくりの実践例を積み重ね、教師たちと共有することができるワークショップを企画したところ、たいへん歓迎されました。

ワークショップの目的と内容設計について

 企画者の最大の関心は、日本語を学び始めた「生徒の心に火をつけること」でした。そして、そのための方法として採用したのが、教師と生徒がともに参加するワークショップでした。ワークショップは、生徒に日本語を使う環境、文脈を与え、創造性と表現力を発揮させる場であると同時に、教師にとっては新しい外国語教育のアプローチを実践的に学ぶ研修の場を提供するものでなければならないと考えました。また、プライマリースクールとセカンダリースクールの生徒がともに参加できるので、学校、学年を超えて、生徒と生徒、教師と教師のつながりをつくる場にしようというねらいもありました。

 こうした目的に沿うものになるよう、ワークショップの内容設計は入念に行う必要があります。筆者が企画者として内容設計にあたり、特にこだわったのは以下の点です。

文化間コミュニケーション能力を育てる特定の課題の達成を目標として、バックワードデザインの考え方で授業計画を立てること
学習活動は、生徒中心で且つ協働力を育てるグループワークを中心にすること
インプット活動に使うリソースは生徒の好奇心を掻き立てるオーセンティックなものであること
インプット活動は受身的な学習でなく、インタラクティブな参加型の活動にすること
生徒が日本語を使いたくなる文脈を作り出す、楽しいシナリオを用意すること
生徒のパフォーマンス力を引き出す工夫として、演劇的な手法5を活用すること
アセスメントとしてのアウトプット活動は、生徒が協働学習の成果と創造性を発揮できるものにすること
毎回、参加生徒と教師それぞれと、活動の振り返りの時間を持ち、一人一人のフィードバックの内容を記録し次のワークショップデザインに反映させること
ワークショップの講師およびアシスタント講師陣は、専門分野や経験、男女や年齢のバランス、日本語非母語話者と日本語母語話者のバランスを考慮した多様なスキルと視点が反映されるメンバー構成にすること(異業種の専門家の視点や、現地の生徒の生活をよく知る教育家の視点を反映させることは特に重要である)
ワークショップに関わるスタッフ全員と企画段階からリソースやアイデアを共有し、プログラムづくりから振り返りまで協働作業で行うこと

ワークショップの実施形態

 ワークショップは2009年末に初回を小規模に実施し、翌年の2010年からは基本的に毎学期(年に4回)実施してきました。毎学期、同じプログラムを4~5日実施しますので、学期毎に15~20校から250名~300名の生徒と20名ほどの教師の参加があり、年間では1,000人を超える参加者があります。
 参加は学校からの申しみ制です。希望する学校には期日までに申し込んでもらい、先着順で受け入れています。一日のワークショップの定員は50名程度ですが、原則として一校から参加できる生徒の上限を15名としています。したがって、一日あたり3校から4校の、それぞれ選抜された生徒たちと担当の教師たちが参加することになります。生徒の参加資格は、原則としてかな文字を習得していること、中等教育高学年での日本語継続学習の意思があることの二点だけで、あとは学校に任せています。あるときは、学校に転入したばかりで日本語学習歴はなかったが、日本語ワークショップの遠足に参加したくて、一週間でかな文字を覚えてきたという生徒もいました。同じテーマで6年生から8年生を対象とする回もありますし、9年生と10年生を対象にする回もあります。この年齢のほとんどの生徒にとって、他校の生徒といっしょに日本語の活動をするのは初めての経験のようです。ワークショップの最後に生徒たちが携帯電話の番号やメールアドレスを交換する姿も見られます。教師にとっても、他校の生徒の日本語学習を観察したり指導したりすることはなかなかありませんので、大いに刺激になっているようです。

 会場は、州都パースにある兵庫県の施設、兵庫文化交流センター(兵庫文化交流センター)の多目的室を無料で提供していただいています。日本の兵庫県は、西オーストラリア州と姉妹提携関係にあり、兵庫文化交流センターは両県州の交流の拠点として1992年からパースで活動、西オーストラリア州最大規模の日本語教材専門図書館を有するなど、現地の人々にとって「日本への窓口」となっている機関です。教育省は日本語教育支援事業にあたり、兵庫文化交流センターとの連携を推進しており、ワークショップ実施に関わるすべてのプロセスはセンターの専門スタッフの協力を得て進められます。

 学校からワークショップ会場までの往復交通費(貸切バスの費用)、日本のスナックとお弁当代、当日の授業をカバーする教師への手当(ティーチャー・リリーフ)等の経費は、学校または参加者が分担して負担しています。
 参加校の生徒と教師は、それぞれの学校の予算でバスを借り上げて、特別な遠足としてセンターを訪れ、日本語を使う環境と文脈を与えられて「日本での一日」を過ごして帰ります。

学習シナリオとキー・リソース

 よい学習シナリオとは、生徒のやる気を引き出し、課題に向かうプロセスを盛り上げる多重構造の仕掛けです。ワークショップの内容設計の要となるのは、そのシナリオの設定ではないでしょうか。
 2010年から実施している現在の形態のワークショップで使ったシナリオ、そして筆者にとってインスピレーションの素になったキー・リソースを紹介します。

①「家族でTVオーディションにチャレンジ」
生徒がグループで「家族」を演じ、日本のテレビ番組のバラエティショーのオーディションにチャレンジするという設定のタスク。課題達成のためには、「家族」のメンバーとしての各自のキャラクターづくりや、オーディション場面の日本語によるQ&Aに向けて台詞を自分のものにすることが求められる。

キー・リソース:国際交流基金シドニー日本文化センター「Jシネマプロジェクト」による日本映画を使った日本語DVD教材『しあわせ家族計画』(英題:Happy Family Plan、販売元:MADMANエンターテイメント)、リソースのクリエーターでありプレゼンターである俳優の友人
関連ウェブサイト:Happy Family Plan

②「妖怪になろう」
生徒は、日本の妖怪文化をテーマとした小説、アニメやアートに触れて、妖怪の世界を楽しみながら、妖怪の特徴から性格や形態の描写の表現を学ぶ。グループで架空の妖怪の自己紹介をつくりあげる作文ゲームにとりくみ、最終タスクで自分の妖怪のキャラクターになりきって自己紹介のロールプレイを演じたりする。

キー・リソース:パース在住の作家 Cristy Burneさんご本人と彼女のブログ
CRISTY BURNE – AUTHOR AND STEM CREATIVE
ワークショップ関連記事:
There’s a tanuki in the classroom! Japanese language learning and yokai demons

③「西オーストラリアGOPANカフェ開店」
生徒は、進化する日本の食文化の例として米を材料とするパンに注目し、日本のご当地レシピのコンセプトについて学ぶ。最終タスクは、日本のアイデアである米のパンと地元西オーストラリアの食材を活用したカフェのスペシャルメニューをデザインし、カフェのおすすめメニューとして売り込むというもの。発表形式はロールプレイ。

キー・リソース:日本のメーカーが開発したライスブレッドクッカーに恋をしてしまった日本語教育家の友人、ご当地アレンジレシピコンテストのウェブサイト
ご当地アレンジレシピコンテスト

④「ご当地商品をコンビニに売り込もう」
生徒はまず、日本のコンビニ文化と地域限定のご当地商品のコンセプトについて学ぶ。つづいて西オーストラリア「ご当地」商品をエキスポ的なイベントに出品するという設定で、日本語で商品のアイデアをプレゼンするという課題が与えられる。

キー・リソース:国際文化フォーラムの「くりっくにっぽん」の下記コンテンツ
Go-tochi Boom: We Love Local【PDF:外部サイト】
国際交流基金シドニー日本文化センター開発教材「コンビニすごろく」http://www.jpf.org.au/iwb/index.html

⑤「ハッピーファミリーお弁当エキスポ」
日本の家庭の弁当づくりの基本と食育の考え方について活動を通じて学ぶ。生徒はグループで「家族」を構成し、メンバーの嗜好を考慮に入れながら、創作弁当のメニューをデザインし、ポスターを完成させる。エキスポ的なイベントのブースで、ポスターを使って自慢の弁当のアイデアを日本語でプレゼンするタスク。

キー・リソース:国際文化フォーラムの「くりっくにっぽん」の下記コンテンツ
Bento: Packaging Good Food and Human Warmth【PDF:外部サイト】
このリソースに触発された地元パースの日系企業社員(元日本語教師)の友人が書き上げたレッスンプラン

ワークショップの流れと学習活動の実例~最近のワークショップから

 お弁当をテーマとしたワークショップはとくに人気が高く、繰り返し実施しています。
 以下で、お弁当ワークショップの具体的な活動の流れをご紹介したいと思います。

9:15 参加者、会場到着、会場のお弁当グッズ展示見学
9:30 - 10:00 あいさつ、体をほぐすウォーミングアップの活動
10:00 - 10:30 お弁当実物によるテーマの導入
ゲーム、クイズによる文字・語彙の学習
10:30 - 10:45 ドラマの手法による表現練習
10:45 - 11:00 休憩(おやつに日本の菓子パンを試食)
11:00 - 12:00 お弁当づくりの基本コンセプトをラップで導入
TVコマーシャルに描かれたお弁当文化 の 観察、ディスカッション
オーストラリアのランチボックスとの比較
12:00 - 12:20 お弁当の献立を考えるグループワークのガイダンス
12:20 - 12:30 「もったいない」と「いただきます」のコンセプトをスキットで導入
12:30 - 13:15 昼食のお弁当詰め体験 、庭に出てお弁当を食べる
タコウィンナー、うさぎりんごの作り方の実演を見る
13:15 - 13:45 創作弁当ポスターの作成、グループで発表の準備
プレゼンターと参加教師がプレゼンのモデルを提示(悪い例)し、改善点を生徒に考えさせる活動
13:45 - 14:00 お弁当エキスポでのポスター発表、教師たちが各グループを訪問し質疑応答のセッションをしたあと、生徒が互いのブースを訪問し合う
14:00 - 14:15 振り返りのミーティング(教師、生徒は別々の部屋で)
14:15 - 14:30 あいさつ、参加証の授与
小さいお土産(お弁当の形の消しゴム)が当たるくじびき
記入済み振り返りシートの回収

学校向けのワークショップ案内チラシの画像
学校向けのワークショップ案内チラシ【PDF:外部サイト】

ワークショップの写真1
弁当作りの基本は「お弁当あいうえおラップ」で導入。

ワークショップの写真2
お弁当とランチボックスのちがいを語ろう。

ワークショップの写真3
はじめての弁当詰めを体験。

参加者の声

 このワークショップに参加した教師の感想の代表的なものを紹介しましょう。

  • (as the most useful element of the workshops) Collaborative learning and explorative learning through group work, interview, and presentation.
  • I was very impressed by the student performance. Students respond positively and demonstrate their language ability. Even quieter students got involved.
  • I got some great ideas, met other teachers and was able to see what other students can do.
  • Engaging with my students outside the classroom allowed me to assess their skills in a real environment.
  • Would love more Professional Development opportunities like this for teachers & more opportunities to continually improve my language skills.

 以下は生徒の声です。

  • In class the teacher just sets work, but here we really got involved.
  • (as an explanation as to why the workshops are better than class) More exciting! / More encouraging / More enthusiastic! / More engaging / More humorous with step by step teaching / More creative / More interactive / More group work / More dramatic! / More demonstration by the teachers / More Japanese language used.
  • (as the most useful element of the workshops) Applying what we learned after we learned it because it makes it harder to forget.
  • (as the most useful element of the workshops) Learning about obento because it is so different from Australia and there is so much effort and emotion put into them. You can even convey a message.
  • (as the most useful element of the workshops) Role Play presentation because it opened up a different way of learning that I have never experienced before / Performing because it helped improve my confidence.

プロジェクトの成果

 教育省の統計で2009年度末と2011年度末の時点での、州の公立学校の日本語履修者数を比較してみると、中等教育の高学年(11年生と12年生)では、履修者数が40%増加しているという結果が現れました。2009年から継続してワークショップに参加している多くの教師からも、中等教育高学年まで日本語を継続して学ぶ生徒の数が増えたという報告を得ています。

 ワークショップで覚えた日本語の便利な表現を教室の外でも生徒同士で積極的に使う様子が見られ、ワークショップに参加しなかったほかの生徒にもポジティブな影響があったというフィードバックもありました。もともと生徒の人間関係ができていなかったので、グループ活動ができるか実は心配していたが、ワークショップで生徒が「家族」として課題に取り組み、はじめて一丸となって協力する姿がみられたこと、ワークショップをきっかけに生徒の関係によい変化がみられたことこれまでは教室でグループ活動を避けていたけれども、これからは取り入れてみたいなどの声もありました。
 教師と生徒がともに参加する文化間言語教育ワークショップの試みは、着実に生徒の変化をもたらし、生徒の変化は教師に気づきと内省の機会を与えています。自分だったら、あの活動はもっとこういうふうにやってみたいと、批判的に観察し自分の教案に置き換えて考え始める人もいます。

 話すことが苦手だと思っていた自分の生徒たちが、いつのまにか自信をもって日本語を使って活動するようになるプロセスに立ちあった教師たちは、生徒の想像力、エネルギーに圧倒されながらもみな本当に嬉しそうです。生徒たちとの絆が深まったという教師もいます。生徒といっしょに、まとまった時間をすごし、お弁当を食べたりゲームをしたり、さまざまな学習活動の効果を身をもって体験することによって、教師と生徒の関係にポジティブな変化が生じるようです。そこで獲得された何かは、簡単に消えるものではないでしょう。

課題と関心

 筆者自身は、日頃、とくに環境と食の問題、先住民の文化や言語、価値の創造、歴史に関わるテーマについて、先住民の専門家のアドバイスを得ながら、文化間言語学習のアプローチによる授業を考えたいと思っています。また、そうした仕事を通じてオーストラリアの先住民の人々の言語文化について少しずつでも学んでいけたらと希望しています。

 オーストラリアのナショナルカリキュラム(The Australian Curriculum)では、先住民の視点、オーストラリアの属するアジアの視点、さらに持続可能な地球の環境づくりの視点を育てることが、教科横断的な重点事項として挙げられました。残念ながら日本語教育における実践は、まだまだこれからの段階です。持続可能な地球の環境づくりのために、日本語教育家としてどう貢献できるのか。今後、ワークショップを教科横断的な視点からの日本語授業づくりを探求する場にできたらいいのではないかと思います。

おわりに

 ご報告した西オーストラリア州の事例が、オーストラリアの国家的な「学校教育におけるアジア語・アジア学習推進計画」」(NALSSP: National Asian Languages and Studies in Schools Program)施策を政策的根拠として、州レベルで実験的に始まったイニシアティブであることは既に述べました。
 NALSSP事業には2009年から3年間にわたり特別予算がついていましたが、残念ながら、その継続はありませんでした。2012年度から国からの特別な予算の後押しがなくなりましたが、州教育省は、地元パースの施設兵庫文化交流センターとの連携を強化し、国際交流基金シドニー日本文化センターの厚いサポートを得て、同事業を引き続き州の予算で支援することを決めています。

 さまざまな学校の教師と生徒がともに参加し、協働学習を通じて文化間コミュニケーション能力を高めるワークショップの実践が、教師の学びに関心のあるみなさまのご参考になれば嬉しく思います。

〔注釈〕

  1. 1 国際交流基金日本文化センターのウェブサイトに掲載されている筆者の紹介
    筆者の紹介
  2. 2 同政策についてはオーストラリア政府による下記公式サイトに詳しい情報がある。
    学校教育におけるアジア語・アジア学習推進計画
  3. 3 プロジェクトのホームページに詳細資料がある:日本語教育支援プロジェクト
  4. 4 トムソン木下千尋(2009) 「Intercultural Language Learning(文化間言語学習)が目指す学習者が育成していくべき日本語能力」
  5. 5 学習活動のデザインに演劇を活用することについては、獲得型教育研究会の活動と出版物から多くの示唆を得ている。獲得型教育研究会のホームページ:獲得型教育研究会
What We Do事業内容を知る