日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第31回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第31回】
授業実践報告:『まるごと 日本のことばと文化』
-ジャカルタ・サンパウロでの取り組み-

 日本語教育通信ではこれまで、JF日本語教育スタンダード(以下、JFスタンダード)やJFスタンダード準拠教材『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)について、折にふれてご紹介してきました(注)。その中で、JFスタンダードや『まるごと』を使うとどのような授業ができるのか、どのような力を伸ばすことができるのか、具体的な実践例も聞きたいという声が編集部に届いています。
 そこで今回は、国際交流基金のサンパウロ日本文化センターとジャカルタ日本文化センターの授業の様子を、それぞれのセンターで授業を担当されていた吉岡千里先生、二瓶知子先生に報告していただきます。吉岡先生には、『まるごと』で提供される多様な音声を活用する方法について、二瓶先生からは、ミニドラマプロジェクトの様子を、報告していただきます。
 なお、今回の実践報告は、2015年9月13日に開催された「『まるごと』初中級出版記念セミナー」で報告されたものを文字化していただいたものです。出版記念セミナー当日の投影資料はこちらのページでご覧いただくことができます。
(注)過去の紹介記事はこちらをご覧ください。
・「日本語教育ニュース」2010年5月号2013年9月号2015年6月号

『まるごと』音声の活用法

元サンパウロ日本文化センター日本語専門家
吉岡千里

 私は、JFスタンダード準拠日本語講座専門家として、2012年から2015年までサンパウロ日本文化センターに派遣されていました。サンパウロの講座では、入門から初中級まで『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)を使っていたのですが、ここでは私が行ってきた『まるごと』を使った授業実践、特に音声の使い方について少し紹介したいと思います。
 サンパウロ日本文化センターの日本語講座は全体で約80名、クラスの平均学生数8~9人のこぢんまりした講座です。受講生は、留学やビジネス目的というよりも、ちょっとした楽しみや趣味の一つとして日本語を勉強したいと思っている人が多いです。日本に旅行したい、旅行した時に日本語でやりとりができるようになりたい、日系人だから、日系の義理の家族と日本語で話したいからという人もいれば、また言うまでもなく、日本のアニメや漫画、音楽が好きだからという人たちもいます。『まるごと』は気軽に楽しく日本語を勉強したい大人向けのコースブックなので、ちょうどぴったりな人たちばかりです。
 実は、私はブラジルに行くまでは『まるごと』を使ったことがありませんでした。また、派遣前に国際交流基金で受けた研修で「『まるごと』には豊かな音声があるから、たくさん聞かせてくださいね!」と言われた時には、「たくさん聞かせる・・・どうやって???」と思いました。聴解練習の他にどんな聞かせ方があるのか、その頃の私には何も思いつきませんでした。みなさんが学習者にたくさんの音声を聞かせようと思ったら、どんな聞かせ方をしますか。
 当初手探り状態だった私ですが、アドバイスをもらったりしながら、いろいろな聞かせ方を試してみました。今回は私が実践した「たくさん聞かせる」工夫の中から2つほど紹介したいと思います。
 まず、聞かせるタイミングですが、2つあります。(1)聞く活動の後と、(2)話す活動の前です。

(1) 聞く活動の後に聞かせる

 『まるごと』の活動編や初中級には「聞きましょう」という聞く活動(聴解練習)があります。聴解練習では聞いて答え合わせをしたら、そこでその音声の役目はもう終わりだと思ってしまいませんか。私がとった方法の1つはそれを再利用することです。ただし、ただ単に何の目的もなくもう一度聞かせるわけではありません。ここで大切なのは、表現などの言語形式に注意を向けるような聞かせ方をすることです。
 では、どうやったら言語形式に注意を向けさせられるのでしょうか?やり方は案外簡単で、大切なのは教師の問いだけです。
 例えば、答え合わせが終わった後、「2番の答えは、『(f)やちんがたかくない』と『(h)ちゅうしゃじょうがある』だったけど、田中さんはそれを言う時にどんな表現を使って言ってたかな?覚えてる?表現に注意しながらもう一度聞いてみましょう」というふうにやるのです。スクリプトでは、「やちんがあまりたかくないところがいいんですが」と言っており、文末が「んですが」で終わっているので、聞き終ったあとには学生たちがこの部分を聞き取れたかどうかを確認します。
 聴解練習での聞き方は、大意の把握だけになりますが、このような聞き方をすることで、言語形式などより細かい部分にも意識を向けることができます。さらに、次の活動である「発見しましょう」を見てみると、実はいろいろな文の終わり方を発見する活動になっています。つまり、このような活動が次の活動の準備にもなるわけです。

『まるごと初中級』36ページ 『まるごと初中級』37ページ
トピック2 家をさがす P.36-37

(2) 話す活動の前に聞かせる

 もう一つは、聞かせるだけではなく、聞きながら少し口も動かしてもらう方法です。初中級の「聞いて話す1」の最後には「ペアではなしましょう」というペアで話す活動があります。この活動で学生に話してもらいたいのは、その前の「聞きましょう」で聞いたような流れの会話です。
 そこで、モデル会話の音声や「聞きましょう」の音声をシャドーイングの素材として使ってみるというのがもう一つのアイディアです。こうすることで、学生は、意味はわかっているけど、言えない部分があることに気付いたり、自分が使いたいと思う表現を見つけたりすることもできます。ただ、「聞きましょう」の会話全てをシャドーイングすると学生は飽きるでしょうから、学生の様子をよく見ながら、やってください。
 このように、「聞いてみましょう」の音声を、言語形式に注意しながら聞いたり、シャドーイングしたりしていると、徐々に学生たちの様子も変わってくるのが見られると思います。たとえば、聞く活動の際にも余裕があると、自発的に表現にも注意して聞いてみたり、ぼそぼそ言ってみたりするようになります。これは教師の指示のもとやっているわけではないので、自分で自分の学習が管理できるようになったとも言えるかもしれません。
 今回、私が紹介したのは2つだけですが、その他にもいろいろな効果的な聞かせ方が考えられると思うので、学生の様子を見ながら、ぜひいろいろ試してみてください。

シャドーイングの練習をしているサンパウロ日本文化センターの受講生の写真
シャドーイングの練習をしているサンパウロ日本文化センターの受講生

 たぶん初めて『まるごと』を見た人の第一印象は、写真やイラストがあって楽しそう、じゃないかと思いますが、個人的には教師が楽できる教材じゃないかとも思っています。特に2015年6月に出版された『まるごと』初中級(A2/B1)についてですが、中級への準備段階にいる学習者に必要な、聞いたり、話したり、読んだりする活動がコンパクトにまとめられています。今までであれば初中級段階の学生にどんな授業活動が必要かを教師が一生懸命考え、学生にあった教材をいろいろな教材から選んであげなければならなかったわけですが、その負担が軽減されます。
 また、『まるごと』を使ってみようかな、使ってみたいなと思っている方には、使う際にはぜひ登場人物にも注目してもらいたいです。彼らの時間は『まるごと』の中で流れているので、『まるごと』を通して彼らの人生をも見ることができるのです。ある出来事が先の出来事の伏線になっていたりするので、ぜひじっくり会話を聞いたり、状況を裏読みしながら使ってみてください。きっと楽しめると思います。

『まるごと』Can-doでミニドラマ

元ジャカルタ日本文化センター日本語専門家
二瓶知子

 国際交流基金ジャカルタ日本文化センターでは、2012年9月より「JF日本語教育スタンダード」に準拠したレベル別の日本語講座を開講しています。現在は一番上のCレベルを除いたA1からB2までの7クラス(入門(A1)、初級(A2)、初中級(A2/B1)、中級1(B1)、中級2(B1/B2)、上級・技能別(B2))を開講しています(JFスタンダードのレベルについてはこちら をご参考ください)。入門~中級1のクラスでは、国際交流基金が開発した『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)を使用して授業を行っています。入門コースには常に100人を超える応募があるなど、今インドネシアでは日本語への関心が高まっています。
 今回ご紹介する初中級クラスは、1年3学期制で、それぞれ約3か月(毎週1回、2時間×12回)のコースで行っています。教材は『まるごと』初中級(A2/B1)を使用し、1トピック3回(120分×3)で行いました。1クラス約20名で、クラスには、大学生や会社員、主婦、医者、理科系研究者など様々な学習者がいます。主な受講理由は、「会社の上司や日本人の知り合いと日本語でコミュニケーションがしたい」、「日本の社会、文化について理解を深めたい」、「マンガ、アニメ、日本のHPが読みたい」などで、日本人や日本文化に興味があることがわかります。
 授業では、各トピックにつき1回、1~2分程度のミニ発表を行いました。また、学期の最後には、それまで勉強したCan-doを使ってミニドラマを作ってもらいました。今回はそのミニドラマについて、少し詳しく説明します。

<最終発表:ミニドラマを作ろう!の手順>

  1. 1. 1グループ4人~5人に分ける
  2. 2. その学期に勉強したCan-doの中から3つ以上選ぶ。
  3. 3. 選んだCan-doを使ってミニドラマを考える。

 例えば、初中級2のクラスでは、トピック4~6を勉強しました。その時に勉強した「話す」Can-doは次のようなものです。

トピック 勉強した「話す」Can-do
トピック4
訪問
⑯客を家の中に案内する
⑰家族を客に紹介する
⑱外国などで生活した経験や思い出についてメモを見て発表する
トピック5
ことばを学ぶ楽しみ
㉑外国語を勉強する方法について話す
㉒外国語をクラスで学ぶ楽しみについてメモを見て発表する
トピック6
結婚
㉕友だちの最近のニュースについて別の友だちと話す
㉖友だちについて聞いた話を本人に確かめる
㉗友だちのために、メモを見て結婚式のスピーチをする

*『まるごと』初中級(A2/B1) 試用版より

 みなさんがもし学生だったら、これらのCan-doを見て、どんなドラマを考えるでしょうか。今回ご紹介するAグループは、この中から、⑯、⑰、㉕、㉖を使うことにしました。さて、どんなストーリーになったでしょうか。以下、ドラマのスクリプトの1部をご紹介します。

A:
Bさん、聞きましたか。Cさんは、入院しているそうですよ。
B:
えっ、どうしたんですか。
A:
事故にあって、足をケガしているそうですよ。
B:
えっ、まさか。Cさんは、結婚式は来週ですね。
A:
そうですね。明日お見舞いに行って、なぐさめようと思いますが、どう思いますか。
B:
それはいいね。私もお見舞いに行ってもいいですか。
A:
うん、もちろんですよ。
B:
じゃあ私は学校のあとスーパーに行って、果物を買おうと思っています。
A:
それじゃ、また明日。
…………(次の日、病院で)……………
A&B:
ごめんください。
C:
はい、どうぞ。Aさん、Bさん、どうぞ座ってください。
A&B:
ありがとうございます。
C:
紹介します。恋人、Dさんです。Aさんと、Bさんです。日本語学校の友だちです。
D:
はじめまして、私はDです。いつもCがお世話になって、ありがとうございます。
A:
はじめまして、Aです。いつもCさんにお世話になっています。
B:
はじめまして、Bです。あの、Dさん、少ないですが、あの、オレンジを持ってきて、どうぞ召し上がってください。えっと、Cさんと一緒に食べてくださいね。
D:
ありがとうございます。(…………続く)

ミニドラマを演じるジャカルタ日本文化センターの受講生の写真
ミニドラマを演じるジャカルタ日本文化センターの受講生

 このグループは、Can-do⑯の「客を家の中に案内する」の「家」を「病院」に、Can-do⑰の「家族を客に紹介する」の「家族」を「婚約者」に、Can-do㉕の「友だちの最近のニュースについて別の友だちと話す」の「最近のニュース」を、「けがをしたニュース」に変えてストーリーを作りました。文法の間違いや不適当な表現を使っている箇所もありますが、とても楽しいドラマができました。
 「文法や文型からドラマを考えなさい」と言ってもそれはとても難しいですが、このように「Can-do」があると場面がイメージしやすいので、すぐ新しいストーリーを考えることができます。また、教科書で勉強したことを少し違う場面で使ってみることで、学習者の想像力をかき立てたり、応用力を見たりすることもできます。また学習者からは、「みんなで話し合いながら文法や会話の勉強ができた」という感想もあり、協働学習の場にもなったことがわかりました。こういうことを繰り返すことで、本当の会話力・文法力がついていくのではないかと思います。このような活動ができるのが、Can-doをベースとしたこの『まるごと』の特徴の一つだと思います。
 また、ジャカルタセンターでは、クラスの終了時にアンケートを取っていますが、「『まるごと』を使った授業はどうでしたか」という質問に、次のような回答がありました。

  1. CDを聞いたあとですぐにやり取りの練習をするので、話す自信がついた。
  2. ゆっくりでも、以前より話せるようになった。
  3. 会社の日本人と話せるようになりたいという目標を達成することができた。
  4. 日常生活にあっていてよかった。クラスの友達や先生とクラスの外でも日本語で話した。
  5. 言語だけでなく文化についても学ぶことができたので、とても面白かった。

 初級や初中級レベルの段階で、学生から「話せるようになった!」という感想を聞くことはあまりないのではないかと思います。しかし、『まるごと』は、トピック・Can-doベースで、自分の本当のことを話したり、相手のことを聞いたりすることを、何度も何度も繰り返すので、学生自身が「話せるようになった」と実感できたのではないかと思います。また、学生だけではなく、ティームティーチングをしていたノンネイティブ日本語教師 を見ていると、初級の段階から怖がらずに話す学生たちを見て、教師としての自信にもつながっているように感じました。今回はインドネシアの教育現場での実践でしたので、全員がインドネシアという同じ文化圏でしたが、同じ文化圏であっても、そこには人と人との相互理解が生まれ、そしてそれが学習のモチベーションにもなっていくということが、この『まるごと』を使って感じました。みなさんにもぜひ一度使ってみていただきたいと思います。

 (編集部注)本実践では、『まるごと 日本のことばと文化 初中級(A2/B1)』の試用版が用いられました。現在、市販されているものは、この試用版が改訂されたもので、一部、活動やCan-doが異なっていますので、ご了承ください。

<関連ページ>
「JF日本語教育スタンダード」 http://jfstandard.jp/
『まるごと 日本のことばと文化』公式ポータルページ http://marugoto.org/

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