日本語教育通信 日本語教育レポート 第34回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第34回】
JF日本語教育スタンダードを活用した観光ガイド育成のための日本語教科書開発
-マダガスカル アンタナナリボ大学日本語コースの実践-

アンタナナリボ大学
ラクトマナナ スルフニアイナ アンビニンツア

はじめに

 マダガスカルではここ数年日本語を学ぶ学生が増加しています1。その中には観光日本語ガイドになることを志望し、日本語を学習する人が少なくありません。そこで筆者は、JF日本語教育スタンダード(以下、JFSと略記)を参考に、「日本語ガイドを志望する学習者及び実際の日本語ガイドのための『観光日本語』教科書」を開発しました。本レポートでは、その教科書のシラバス開発と教科書作成のプロセスを紹介します2

1. シラバスの作成

 2006年までマダガスカルの日本語教育には、初級コースしかありませんでした。観光日本語のクラスもありませんでした。学習者は自分のレベルを高めたい、日本語ガイド(以下、ガイドと略記)の仕事をしたいと考えても、独学で学習するほかありませんでした。このような状況のもと、筆者は、マダガスカル国立アンタナナリボ大学(以下、タナ大と略記)日本語学科に「観光日本語クラス」を創設するために、タナ大の3年生(日本語能力試験N4レベル修了相当)を対象にした「観光日本語クラス」用のシラバスを作成しました。
 2006年に、まず、マダガスカルで活動中のガイドへのアンケートやインタビュー調査を行いました。次いで、他国の観光日本語の教科書を検討し、さらに、実際に日本でガイドがどのような言葉づかいをしているかを知るために、日本人バスガイド(以下、日本人ガイドと略記)の発話を観察し、その中でどのような文型や表現が使われているかを調べました。そして、それらの結果をもとに、ガイドのための「観光日本語クラス」のシラバスを作成しました。シラバスの項目と参考にした情報の関係は表1の通りです。

表1 シラバスの項目と参考情報の関係

場面 機能 文型・表現 語彙
場所 行動
アンケート
インタビュー
教科書
日本人バスガイドの観察
その他の資料

 このシラバスは、まず、【場面】(【場所】+【行動】)を設定して、そこでどのような【機能】が重要か、その機能をはたすためにどのような【文型・表現】【語彙】や【例文】が必要かという流れで作成しました。
【場面】(【場所】+【行動】)は収集した資料と調査結果を検討し、ガイドが遭遇するであろうものを設定しました。
【機能】は、教科書の分析とアンケートやインタビューの結果から、ガイドが実際に仕事をする時どのような活動をしているかを検討しました。
【文型・表現】【語彙】は、教科書の分析とアンケートやインタビューの結果、さらには日本人ガイドの発話の分析結果から、ガイドが仕事中、どのような文型や表現、語彙を使うかを整理しました。その際、日本語能力試験N4レベルのものを中心に選びましたが、ガイドの業務の中でよく使われ、優先すべきだと考えられるもの、また、初級レベルの学習項目でなくてもガイドが業務上求められる発話として特徴的だと考えられるものも選びました。「…と言われています」「…と呼ばれています」「…で知られています」のような表現は、ガイドの発話の中で使用頻度が高いため、定型表現として提示しました。
 なお、このシラバスではガイドの業務上必要な「話す技能・聞く技能」の養成を中心にしました。表2はシラバスの例です。

表2 シラバスの例

V:動詞 N:名詞
○話を順序立てて説明する時に必要な表現 ☆話し始めを提示する時に使う表現

表2_【場所】【行動】【機能】【文型・表現】【例文】【語彙】を記述したシラバス

2. シラバスの改善

 タナ大では2006年に筆者が作成したシラバスを使って「観光日本語クラス」を開始しました。しかし、そのシラバスでは到達目標や評価方法が明確にされていなかったので、改善する必要がありました。そこで、2013年に改善に着手し、元のシラバスで【行動】としてあげられていたことを、JF Can-doを参考に、明確な【目標】として設定し、「~ができる」(Can-do)という形で記述しました。そして、シラバスでは目標を達成するために使用する【文型・表現】【例文】【語彙】を並べ、さらにガイドの仕事で重要な言語以外のマナーや役割などの【言語以外のこと】と【評価】を追加しました。このシラバスでは【場所】と【人】も明確にしました。そして、一連の学習の達成度を測るために、課ごとにロールプレイ、説明、発表のいずれかをルーブリックで評価するようにしました。

表3 シラバス改善案 16課 表3_【場所】【人】【目標】【文型・表現】【例文】【語彙】【言葉以外のこと】【評価】を記述したシラバス改善案

 学習目標を設定する際には、みんなのCan-doサイトを使って、レベル(B1)、カテゴリー(聞く・話すに関するもの)、トピック(旅行・交通など)からCan-doを検索し、マダガスカルで観光案内する際に、ガイドに必要な機能・場面、話題などに合わせてオリジナルのCan-doに修正を加え、My Can-doを作成しました。例を表4に示しました。JF Can-doの「名所や名物などを」の部分を「建物」に修正して、学生が遭遇しやすい、有名な建物を説明する場面のMy Can-doを作成しました。カテゴリーはガイドの仕事に合わせて説明という名称に変えました。

表4 My Can-do作成の例

種別 レベル 種類 言語活動 カテゴリー Can-do本文(日本語) トピック
JF B1 活動 産出 講演やプレゼンテーションをする ガイドとして有名な観光地などを案内するとき、あらかじめ準備してあれば、名所や名物などを、ある程度詳しく紹介することができる。 仕事と職業
MY B1 活動 産出 説明 建物についてある程度詳しく説明することができる。 仕事と職業

3. 教科書の作成

 シラバスの改善後に、学習者のニーズにこたえるために、「観光日本語」のための教科書を作成することにし、2013年に試用版を作成しました。2014年より実際に授業で試用し、修正・変更を加えて、2015年に教科書を完成・出版しました。

3.1 教科書の概要

3.1.1 目標

 教科書の主要な目標は、以下の2つです。

  1. N4レベルの文型を適切に使いこなして日本語で観光客に必要な情報提供ができるようになること。
  2. 相手を不快にさせないような日本語の表現方法を身につけること。

 対象者は、ガイドを志望するタナ大学の3年生です。全体は20課からなっています。授業終了時には、口頭テスト(ロールプレイ、説明、発表)を行います。

3.1.2 教科書の構成

 この教科書では図1のようにガイドが遭遇する場面をツアーの流れ(空港で観光客を迎えてから最後の見送りまで)に沿って取り上げています。

ツアーの流れと課の構成の画像

図1 ツアーの流れと課の構成 [PDF:425KB]

3.1.3 一課の構成

 各課は、大きく「目標」「知識確認(A,B)」「聴解練習(C,D,E)」「発音練習(F)」「文型表現の確認(G)」「タスク(H)」6つの部分からなっています。16課を例に各部分の内容を以下に簡単に説明します。

「目標」では、それぞれの課で何ができるようになるかがCan-doで書かれています。例えば、16課には、(ア)「当日の天気を簡単に伝えることができる」、(イ)「写真を撮る時に気をつけることを伝えることができる」、(ウ)「バスから見える町のようすについての質問にある程度詳しく答えることができる」、(エ)「建物についてある程度詳しく説明することができる」という4つの目標があります。
「知識確認」では、各課の内容について学習者の背景知識を活性化する活動と、重要な語彙を確認するための練習を行います。16課では、「バスで移動する時、観光客にどんな街のようすを紹介したいですか」「タナ見学では観光客にタナ市内のどこを見せたいですか」「タナ市内は渋滞がひどいと言われています。原因は何ですか」の3つの質問を与え、授業の導入として学生たちが自分の街の様子をふり返る活動を入れています。

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P.158-159

「聴解練習」では、会話を聞いて、話の流れや大意を掴む練習(スキミング)や、必要な情報のみを聞き取る練習(スキャニング)をします。そのあと、内容が正しく理解できているかどうかをチェックするための穴埋め問題(会話完成問題)を行います。本書では、聞いて理解し、理解したことを確認するという流れを大切に考えました。
「発音練習」では、会話文を聞いてシャドーイング練習を行います。聞いて理解できた内容をCDを追いかけるような形で自分で発話します。それを繰り返して各課の会話文を学習者が自分で話せるようになることを目指します。

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P.160-161

「文型表現の確認」では、各課の重要文型や表現の意味と用法を、例文を読みながら確認します。聞いて、話して、しっかり理解できた内容について、言語知識を整理し確認することが目的です。
最後の「タスク」では、ロールプレイ、発表などを行って、各課で学んだ内容を使って、自分が調べたことや考えたことを表現できるようになることを目指します。

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P.162-163

3.2 タスクの評価

 教師は、個々の授業目標をどこまでどのように達成したか、また学習者自身もどのように成長したか、両者が評価するために教科書とは別にルーブリックを作成しました。目標レベルは、JFSのB1とし、評価項目を決めるために、JFSを参考にし、学習目標に合わせた評価項目にしました。「目指したレベルに到達した(できた)」「目標より下(もう少し)」「目標より上(すばらしい)」の3つの段階に分け、作成しました。 評価の観点は課によって異なります。例えば16課のタスクは「説明」なので、評価するポイントは「産出」「流暢さ」「発音」「語彙」「文型」の5点となっています。

表5 第16課の評価用ルーブリック 表5_第16課評価用ルーブリック(言語スキルとして「産出」「流暢さ」「発音」、言語知識として「語彙」、「文型」を評価)

3.3 成果と課題

 教科書が完成したことで学習目標や内容などを学習者や他の教師と明確に共有することができるようになりました。昨年度、この教科書を使って学習した学生は9人いました。学生たちは、その後日本に留学が決まったり、旅行会社で研修を受けたりしているほか、タナ大で学生を継続しながら、アルバイトとして日本語ガイドをしている人たちがいます。その学生たちからは、教科書について、「実際にガイドの仕事をして、教科書で学んだことがとても役に立ちました」というコメントが寄せられました。実際に教科書を使ってみて、ほとんどの学習者が到達目標を達成し、丁寧な表現を日常的に使えるようになりました。しかし、幾つかの課題が見えてきました。まず、教科書にはガイドがよく目にする頻出する漢字を多く入れましたが、難しい漢字が多く、その上、教科書がすべて日本語で書かれていたため、読むのに時間がかかってしまいました。その課題を解決するため、漢字にふりがなをつけようと考えています。次に、CDを実際に使用したところ、学習者が聞き取りに大変苦労している様子で、CDの音声が少し早かったということが分かりました。その問題を解決するため、タスクの中でCDを聴く回数を増やそうと考えています。
 この教材の評価方法はロールプレイや発表などです。実際に評価を行い、ほとんどの学習者は産出と語彙と文型の項目は問題ありませんでしたが、実施できる授業時間の中では、流暢さは目指したレベルに到達できないことが分かりました。対策としてガイドの実習の機会を増やすことを考えています。また発音の評価も課題となっています。現時点では、JICAのネイティブ日本語教師が発音やアクセント、イントネーションなどの音声指導とその評価を担当してくれていますが、いずれマダガスカル人教師のみで指導に当たる時が来ると思います。その時、音声面の指導・評価をどう継続していけばいいか、大きな課題になっています。
 2016年8月にマダガスカルで行われた第4回東アフリカ日本語教育会議3で教科書作成について発表した時「東アフリカでこのような教材を作られたのははじめてだ。作成手順をたくさんの人に共有してほしい」という意見や、「教科書を入手したい」という声が聞かれました。そこで、教科書の出版を増やし、アンタナナリボ大学講師以外のマダガスカル人の先生に配りました。優秀なガイドを育てるために、これからもよりよい観光教材の開発に努めていきたいと考えています。

  1. 1 マダガスカルの日本語教育事情については、国際交流基金の日本語教育国・地域別情報サイト「マダガスカル」をご覧ください。
    http://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2016/madagascar.html
  2. 2 本稿で取り上げたシラバスと教材作成は、国際交流基金日本語国際センターの日本語教育指導者養成プログラム修士課程(政策研究大学院大学、国立国語研究所との連携大学院、2006年)と海外日本語教師上級研修(2013年、2015年)で課題として取り組んだものに基づいています。
  3. 3 東アフリカ日本語教育会議は2013年から年1回のペースで開催。2016年8月12日から14日にかけて開催された第4回東アフリカ日本語教育会議には、マダガスカル、ケニア、タンザニア、スーダン、ウガンダ、エチオピアから日本語教師が参加しました。
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