日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第33回

日本語・日本語教育を研究する
このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究について情報をおとどけしています。

舘岡 洋子氏の写真 早稲田大学大学院日本語教育研究科教授
舘岡 洋子

ピア・ラーニング Peer Learning

1.ピア・ラーニングとは

 「ピア・ラーニング」とは、文字通りにはピア(peer:仲間)と学ぶ(learn)ことですが、対話をとおして学習者同士が互いの力を発揮し協力して学ぶ学習方法です。ピア・ラーニングにおいてもっとも重要な概念は、「協働」、つまり、人と人とが互いに力を出し協力して創造的な活動を行うことです。では、ピア・ラーニングと「協働的学習(collaborative learning)」とはどこが違うのでしょうか。協働的学習は協働による学び一般を指しますが、ピア・ラーニングはその中で相手が仲間(クラスメート)である場合に限定し、とくに教室場面での学習を想定しています。仲間同士の対等で互恵的な関係の中で、互いに貢献しあい学びます。現在、日本語の教室では、学習者が対話をとおして読みを深める「ピア・リーディング」や、互いに相手の作文を添削しあう「ピア・レスポンス」などさまざまなピア・ラーニングが行われています。

 ピア・ラーニングには二つの目的があります。一つは、読解や作文などの課題を遂行することによって、それらのスキルを向上させるという狭い意味での学習の目的です。もう一つは、仲間といっしょに学ぶことによって、人と人との社会的な関係を築き、自分の考えを検討し視野を広げ、さらには自分自身を発見していくという広い意味での学習の目的です。

2.教室での実践

 では、具体的には教室では何をするのでしょうか。ピア・リーディングでは、一つのテキストを仲間と一緒に読みながら、わからないことばを確認したり、内容について質問しあったりします。語句や内容の理解だけでなく、推理小説ならいっしょに結末を予測したり、評論なら筆者の主張に対して互いに意見を述べたりして、テキスト理解を深め、さらには自分自身の考え方や価値観を再検討していきます。教師が問いを発したり確認したりするのではなく、学習者同士が互いに尋ね答えるという相互質問の活動をとおして、自律的に学ぶことを目指しています。

 ピア・レスポンスでは、自分たちの書いた作文に対して仲間同士でコメントをしあいます。今まで教師が学習者の作文を添削することが一般的だったと思いますが、添削の途中で学習者を呼んで話を聞かないと、どう添削していいかわからないという経験をお持ちの先生方も多いと思います。ピア・レスポンスでは学習者(ピア)同士が互いの作文を読み、おもしろい点、わかりにくい点などを指摘し、また、もっとこうしたらいいのではないかといったアドバイスをします。読み手からのフィードバックは自分では気づかなかったことに気づかせてくれたり、多様な視点を与えてくれたりします。また、自分自身の読み手としての批判的読解の経験は、自らの作文活動を意識的に振り返ることにもなります。ピア・リーディングやピア・レスポンスのやり方の詳細については、参考文献をご参照ください。

3.ピア・ラーニングの背景—学習観・教育観の転換

 従来、教室ではあらかじめ準備された知識が教師によって手際よく伝達され、後に転移可能だという考えのもとに、学習者個人の中に効率よく蓄積されることが目指されていました。しかし、こうして蓄積された知識がそのまま現実の生活の中で使えるとはかぎらないということを、私たちはいやというほど経験してきました。学習というのは本来、学び手自身が行うものではないか、他者(教師)から与えられるものではないのではないか、という問題意識がでてくるのは当然でしょう。このような学校での制度化された学びに対する批判から、教育現場では参加することや体験することによってこそ学ぶことができるのではないかという考えに変わっていったのです。これは、「知識は状況に依存しており、学習とは学習者自身が知識を構築していく過程であり、社会的相互作用を通じて行われるものである」という構成主義の考え方などが背景となっています。

 日本語教育における言語教育観も時代とともに変化してきたように思います。つまり、言葉を教えるということは、「学び手に言語構造を中心とした知識を伝達することだ」という考え方から、「学び手が実際にコミュニケーションができるようにすることだ」という考え方へ、さらにコミュニケーションができることに加え「学び手が自らを発見するために日本語を使い、また日本語を自律的に学ぶことができるように支援することだ」という考え方へと移ってきたようです。それにともなって教師の関心も、「言語のしくみ」から「教え方(教授法)」へ、さらに「教え方」から「学習者の学び方とその支援」へと変遷してきたといえます。

 教室における教師と学習者の関係を簡略化して図1に示しました。教師は教室Aのように伝達する役割から、教室Bのように支援する役割に変わってきたといえるでしょう。ピア・ラーニングは 、学び手は自ら学びを構成するのであり、教師はその環境をデザインし学びを支援するのだという考え方に立脚しています。

図1 教室における教師と学習者の関係の図
図1 教室における教師と学習者の関係
(池田・舘岡 2007のp47より)

4.ピア・ラーニングの特徴

 ピア・ラーニングの特徴をあえて一言でいうとすると、学習の「過程」を「共有する」ということです。例えば、読解を例に考えてみると、今まで読解の授業では学習者たちが理解できているかどうか、教師は質問という形でチェックしていたのではないでしょうか。もちろん学習者の側から質問が提示されることもあります。しかし、これは理解した結果(あるいは理解できなかった結果)をチェックしているのであって、理解の過程が扱われているわけではありません。また、教室内ではIREinitiation- response- evaluation)と呼ばれるように教師の質問—学習者の反応—教師の評価という教師主導の形で授業が進むことが多く、学習者同士の主体的な学びが必ずしも生かされてはいませんでした。そこで、ピア・リーディングでは、読みの結果だけではなく、過程も扱うこと、それを仲間同士で共有することが提案されました。

 上述したように、かつての教師主導の教育観のもとでは、学ぶべきこと=伝えるべきことは、予め決まっていました。これを「結果」の伝達と呼ぶとしましょう。それに対して、ピア・ラーニングにおいては、学ぶべき内容のたたき台は教師が用意したとしても過程的なもので、学習者とのやりとりの中で変わっていく可能性があります。つまり、学習者たち自身が自分たちで課題に取り組み、その「過程」で学んでいくものです。あくまでも学びは相互作用によって生み出されるのです。そこには教師が期待したとおりの学びもあるでしょうが、予期しなかった学びがおきる可能性もおおいにあります。ここでは、「過程」を「共有する」ところに特徴があるのです。共有するためには考えていることを、相手にわかるように「外化」しなければなりません。この共有するための装置として「対話」が用いられているのです。思考の過程は本来、見えません。何を感じ、考えているのか、それをあえて頭の外に出して見える(聞こえる)かたちにするしくみのひとつ、それが対話なのです。ピア・ラーニングが「過程」を扱うということ、それを他者と「共有する」ということ、そのために「対話」をすることは、学習者が主体となって、自らのために学びを構成する方法でもあるのです。

5.ピア・ラーニングが学びとなるために

 ただ、ピア・ラーニングによって仲間と学ぶ機会が設けられたからといって、そのままそれぞれの学習者の学びにつながるとはかぎりません。現実の授業では、仲間との対話が弾み授業は活発にはなったものの、学習者自身が自分の考えを吟味したり深く思考したりすることがなく、どれくらい学ぶことができたのか疑問だという場合が少なくありません。また、話し合いをしても互いの論点がバラバラで議論が深まらない、自分の意見は言うものの他の人の意見は聞いていない、設問への正解を急ぐばかりに自分の本当の意見を持たない、また、すでに持った意見を再吟味しない、こういうことはよくあることだと思われます。つまり、仲間とのやりとりが活発に行われても自己への内省が進まない場合があります。ここでは、内省というのは、自分自身の現在の状況について再評価を行い新たな解釈をしたり、体験を振り返って体験に新たな意味を見出そうとする行為だということができます。つまり、他者とともに活動しながらも自分自身へと戻っていく行為なのです。ピア・ラーニングでは内省という行為が学習上重要なのではないかと考えています。

 学習者を中心に「対象」「自己」「他者」の関係を図2のように考えてみました。中心の学習者は学習の活動主体です。この学習者は対象(読むことや書くことなど狭義の学習目的)にアクセスすると同時に、対話をとおして他者とつながり、自問自答によって自分自身を内省しています。ピア・ラーニングにおいては、対象と他者と自己の3者それぞれについて学習者は学ぶと同時に、他者との対話が自己への内省を深めるというように互いが互いを促進する関係にあるのではないかと思います。この3者が一体となって学習者自身の内省が進んでいくような工夫が必要ではないかと思います。

図2 協働的な学習が提供する学びの場の図
図2 協働的な学習が提供する学びの場
(舘岡 2005:165)

 ピア・ラーニングは、他者との対話をとおして、読むこと、書くことなどの課題そのもの向上とともに、最終的には自分自身に気づいていくこと、自分自身を発見すること、そこへむけて自律的な学び手となることが目指されています。こう考えると、おのずと教師の役割もみえてきます。教室の前に立って学習者たちが知らない知識を一方的に伝授するというよりも、学びが成立しうる環境としての教室をデザインし、学習者の内省を促進していくという役割が重要になってくるでしょう。ピア・ラーニングにおいて教室という場は、教室の外に出て役に立つことを練習する場ではなく、教室という社会の中で他の学習者といっしょにさまざまな実際的な問題解決を協働的に行っていく、そういう現実の実践の場であり、その実体験を振り返る中で互いに学んでいく場なのです。

「ピア・ラーニング」に関する参考文献

  • 舘岡洋子(2005)『ひとりで読むことからピア・リーディングへ—日本語学習者の読解過程と対話的協働学習』東海大学出版会
  • 池田玲子・舘岡洋子(2007)『ピア・ラーニング入門』ひつじ書房
  • 舘岡洋子(2007)「協働学習としてのピア・リーディング」『日本語教育ブックレット9 教室活動における協働を考える』国立国語研究所
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