日本語国際センターについて

日本語国際センター紀要 第1号(1991年3月発行)

目次

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論文要旨

海日本語教師ネットワークづくりへの提言
−1989年度海外日本語教師短期研修の反省と考察を通して−

飯田 恵己子/平塚 潔/前田 綱紀/百瀬侑子

1989年度に国際交流基金日本語国際センターで行われた海外日本語教師短期研修は夏期、秋期、冬期の3期で、29か国132名の研修生が参加した。研修生全体を見ると、日本語教授歴や日本語運用力にかなりの幅があり、各機関の教授対象者の違いによって各自が抱えている教授上の問題点も様々である。

こうした多様な背景を持つ研修生を受け入れ、効果的な短期研修を実施していくには、今までの研修の枠組みでは対応しきれず、研修プログラムの多方面 からの見直しがなされなければならない。様々な国の日本語教師や教育現場の多様性を考慮した、研修生の個別 の目的に対応できる多種多様な教師研修プログラムが今後必要になってくると考えられるからである。2か月の研修でできることは、日本語や日本語教授法に関する知識の整理、研修生相互の情報交流、研修生各自が抱える日本語運用力や日本語教授上の問題点の把握、そしてそれを解決するための手がかりや方策を見出すことである。そして、研修生が研修期間内に解決できなかった問題の解決は、帰国後も情報交流が行われる環境づくりや、研修修了者への持続的な支援体制が構築されることによって容易になると思われる。

今後、センターが海外の日本語教師の様々な要望に応えていくためには、研修修了者に対する支援にとどまらず、関係諸機関との連携、そして、さらに大きな日本語教育の情報交流ネットワークづくりが必要である。このネットワークは、海外日本語教師、日本語国際センター、海外センター、海外の日本語教育機関、教師会などが連携を保ちながら、情報を円滑に循環させ、その共有化を目指すものである。これによって、日本語教育関係者はその情報を有効に活用でき、センターの諸事情にも多方面 からの意見や要望が反映されるようになる。このネットワークは、海外におけるこれからの日本語教育の発展に重要な役割を担うものと考えられる。

海外日本語教師長期研修の課題
−外国人日本語教師の利点を生かした教授法を求めて−

阿部 洋子/横山 紀子

第6回目を迎えた「海外日本語教師長期研修」は、日本語国際センター設立にともない、研修期間が10か月に延長され、講師陣も大幅に入れ替わった。筆者らにとっては初めての教師研修であり、多くの問題点と課題を残した。その中から、特に「外国人日本語教師の利点を生かした教授法」に焦点を当て、今年度の研修生(外国人日本語教師)と海外で教えた経験を持つ日本人教師への意識調査を行い、今後の研修の方向性を探った。

意識調査の結果、今後の研修への指針として主に次の2点が確認された。

  1. 研修生が自信を持って教壇に立つためには研修期間に日本語能力の充実を図ることが重要であること。
  2. 研修生各人が外国人教師であることの利点をもっと高く評価し、利点を十分に生かすことが必要であること。

調査では、外国人教師の利点として母語ができることだけをあげた研修生が多かったが、その他の利点を認識し、日本人教師の力の及ばない分野で積極的に活躍できるような方向付けを行いたい。

たとえば、母語の使用を生かした教授法や母語との比較対照の視点など様々な観点からの改善が考えられるが、最も重要な点として研修生自身の学習体験を意識化することがあげられる。研修生が学習者として経験した様々な心理状態、身につけてきた効果 的な学習方法、異文化理解の視点、克服してきた問題点などを見つめ直し、分析することが必要である。そうすることで、研修生各自に外国人教師の利点を生かした「自分の教授法」を開発してもらいたいと望んでいる。

初級文型の学習時期の相対化と段階化の試み
−作文の副教材作成のための基礎調査−

笠原 ゆう子/柏崎 秀子/簗島 史恵

昨今日本語学習者は多様化し、特に半年程度の初級学習期間を経て、すぐ専門の文章の読み書きを迫られる学習者が増えている。日本語教育の現場では、学習期間等の制約により、教師側も学習者側も教科書に出てくる文型を積み上げることが最優先課題となっている。このような状況を考慮すると、作文の副教材を考える場合、教科書と切り離して作文のためだけの教材を扱うより、教科書で学習する文型を基本に、文型の定着をはかりつつ書き言葉の表現や作文のスキルが習得できるような副教材を用いる方が現実的であろう。

そこで、作文の副教材作成の準備段階として、今回の調査を行った。調査ではまず、汎用性と新しさの2点を考慮して7種の初級教科書を選び、「日本語初歩」の文型の提出順を基準として、ある文型がどの課で出てくるかを調べて文型表を作成した。次に、その中から主要だと思われる文型を選び、その文型の学習時期を相対化するために、それを学習するまでの学習時間数を算出してグラフにまとめた。その結果 、文型についてどの教科書でも学習時期がある範囲時間内にまとまるものと、教科書によって学習時期がまちまちで、ある範囲時間内にまとまらないものとの2種類に分類することができた。前者については、その学習時間数によって100時間単位 で6段階に段階化した。これらの文型は副教材に優先的にとりあげるものとして固定できる。後者については、ある傾向を見出せるものとそうでないものがあり。それぞれ副教材でのとり上げ方を考える際には何らかの配慮が必要とされよう。具体的な副教材の内容・構成等に関しては、まだ、試行錯誤の段階であるが、この調査を布石として、今後さらに、より有効な在り方を模索していきたい。

学習者参加の視聴覚教材開発の試み
−インドネシア、バンドン教育大学の事例−

赤羽 三千江

バンドン教育大学で作成されたビデオ教材「日本語学習歌」は、現地の歌を日本語教育に活用するというユニークな試みである。

語学教育において歌を使うことの利点は、学習者の興味をひきやすく、従って学習者にとって印象に残りやすいこと、クラス内の雰囲気をリラックスさせることができること等があげられる。授業で歌を使った経験のある教師は多いと思うが、日本語教育では日本の歌を用いるのが普通 であった。多くの学習者にとって、日本の歌は新鮮で興味深いものであろう。しかし、歌に含まれる学習項目を定着させようとした場合、(もちろん、歌だけでこれを教えることはないだろうが)耳に馴染まぬ 曲のために思ったような効果が上げられないこともある。

バンドン教育大学では、アフマッド・ダヒディ講師の発案、企画でインドネシアの歌を用いた日本語学習のためのビデオ教材の作成が行われている。ビデオ教材を、現地の教育機関が作成することも、またそこに学習者を参加させることも、インドネシアにおいてはまったく初めての試みであるが、本稿では、上記ビデオ教材作成の意図、内容、使い方、およびその効果 等について報告する。

ベルボトナル・フィルター・アンプを用いた聴解・発音練習
−海外日本語教師短期研修での実践報告−

赤羽 三千江/古川 嘉子/堀内 まり/前田綱紀

日本語国際センターにおける海外日本語教師短期研修の中で、「発音・聴き取りトレーニング」を行った。この練習は、研修生の日本語の聴解力をのばし、発音を改善し、それを日本語教育に生かしてもらうことを目的とした。

研修生は、聴解力や発音の面で日本語でのコミュニケーションに問題がある場合が少なくない。このような問題を改善するため、この練習では単音の聴き取りや発音矯正ではなく、コミュニケーション上より問題となりやすい日本語のプロソディに着目することが必要と考えた。そこで、プロソディをわかりやすく提示する方法として、「ベルボトナル・フィルター・アンプ」を用いた。

練習終了語のアンケートによると、研修生の日本語の発音に対する意識に変化がみられ、特に、リズム、イントネーション、アクセントに対する意識は高まったことが観察された。

「日本事情」をめぐる諸問題
−従来の議論と日本語国際センターの研修から考える−

松井 嘉和

「日本事情」の論議が盛んになってきたが、それらの議論はある共通 理解へと向けて集約されるだろうか、または、拡散してしまうのだろうか。本稿では、実践報告が多いそれらの論文の議論を概観しつつ、日本語国際センターにおける自己の文化教育の経験から「日本事情」をめぐる今後の論点を取り出して指摘した。まず、「日本事情」は文化論の領域とは違うはずで、日本語教師の担える範囲も限界があるとの問題提起から、日本語教育における事情教育の範囲は限られるべきではないかと提言する。また、ある一定の要素を材料にするかしないかによって文化教育の範囲が定まるという考えも見られ、それを「文化要素還元主義」と名付け、それは「文化語」という概念によって抽出できる「日本事情の基礎教養」とでも言うべき必須の教育項目の特定への貢献は果 たせるとの見解を述べた。さらに、国際交流基金日本語国際センターの研修事業における文化教育に触れ、大学での教育とは異なる文化教育の現状を紹介し、文化教育における基礎教養の必要と日本語教師の限界に触れた。最後に、今後の課題として、文化教育・「日本事情」のシラバス構築の可能性に触れておいた。本稿では、従来の議論を批判的に概観している。筆者はそれらの文章が公刊されたことに、敬意を表しつつも、すでに踏み分けられた道を辿って歩む者の特権かつ責務として、以上の論稿を踏み台にして、思うところを述べさせていただいた。

日本事情の考え方

金田一 秀穂

現在の日本語教育界で行なわれている授業を検討し、一般 的な日本事情についての基本的な考え方をしめす。そのうえで、長期研修会で行なってきた日本事情の授業の位 置づけを行ない、その基本的な考え方と内容を紹介する。

日本事情は日本文化を教授する授業であり、その目的は日本についての理解を深めることにあるが、そのための手段を提供することが重要なのであって、単なる知識を与えることであってはならない。エスノセントリズム(自文化中心主義)からの脱却と相対的価値観の獲得がその際に求められる。究極的な目的は、学習者が自身の文化について知ることである。