日本語国際センターについて

日本語国際センター紀要 第8号(1998年3月発行)

目次

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研究論文

研究ノート

調査研究報告


論文要旨

会話の中でのナラティブにおける日本語の時制転換

小玉 安恵

Hopper(1979)は、ナラティブを、物語の主要な出来事を表す前景とその筋に対し説明や描写 を加える背景にわけ、前者は完了形(以下PA)で後者は未完了形(以下HP)で語られるという仮説を打ち出したが、その仮説は、様々な論議を呼んだ(牧野1983、曽我1984 など)。一方、Schiffrin(1981)は、HPとPAの転換にこそ意義があるとしたWolfson(1978、1979)を受け、さらにLabov(1972)のナラティブの構成をその分析のフレームワークに加えた上で、HPからPAか、PAからHPかその方向に意義があり、前者に出来事を区切る機能が、後者に意外な出来事を強調する評価機能があるとした。

本研究は、日本語の会話の中のナラティブにおける時制転換の傾向を調査するべく、「ペルーでのアクシデント」と名付けられた日本人被験者のナラティブを分析、分析にあたっては、主にSchiffrin(1981)を参考にして、物語をナラティブ節と自由節、さらに自由節をオリエンテーション節と評価節とその他に分け、それぞれの節の時制を調べた。

その結果、ナラティブ節はタ形で自由節はル形で語られる傾向は確かに高いが、例外も多く、それを説明するためには、Schiffrin(1981)の転換の方向とその評価機能の説明が必要であることが、引用節の時制を中心に判明した。また、オリエンテーション節や評価節などの節にもそれぞれの時制使用の特徴があることを説明した。

本研究は、一つのナラティブデータをもとにしており、その普遍的な妥当性や一般 性には欠ける可能性があるが、これまで書き言葉中心だった日本語の時制転換研究に一石を投じるものであり、日本語のナラティブにおいても、談話の構成が時制の使用に密接に関係していることを報告する。

漢字の自律学習システム −その成果と課題−

川森 めぐみ/柴原 智代

長期研修では、95・96年度にわたって、クラス授業としての一斉授業ではなく、自律的に取り組む個別 学習として漢字学習のシステムの構築を図った。システムに従って自律的活動を循環的に体験する過程で、個々の研修生が自律学習のスキルを獲得し、自律的態度の養成を図っていくことを企図した。このシステムでの教師の役割は、研修生による学習過程や学習方法でのメタ認知を強化するべく、適切な情報を提供することである。具体的には、教師は、目標値の提示、テキストの提示、到達度判定(週1回のチェックテスト)、熟達度判定(共通 テスト)について情報提供を行った。研修生は、情報提供を受け、参加の意志、学習量 の調節、学習レベルの調節の各段階で意志決定をし、行動を選択し、次回の学習計画を決定した。

来日時の研修生の漢字のレディネスを考慮し、教師の側は、初級漢字の範囲の300字、標準目標値500字、無限という三つの目標値の目安を提示した。7か月後の漢字学習プログラム終了時には、両年度とも300字については、研修生のほぼ全員が達成でき、74%前後の研修生は500字をほぼ達成した。また、(1)学習方法のメタ認知強化、(2)学習過程をメタ認知することによって、自分の学習スタイルを意識化し、学習方法を確定・修正・変更、(3)自己のニーズを分析し、漢字学習の計画を立て、調節するといった態度の変容が見られた。

今後自律学習をさらに効果的にするには、情報提供を強化すべく学習カウンセリングを充実すること、学習方法に対するメタ認知を強化するための教材開発を検討することがあげられる。またシステム改善だけでなく、長期研修全体としては、漢字学習にとどまらず自立学習そのものについて認識を深め、自律的態度養成の成立条件を明らかにしていく必要があるだろう。

オーストラリアの初等教育における非母語話者教師の日本語ティーチャートーク

古川 嘉子

日本語は英語以外の言語Languages other than English (LOTE)科目の一つとしてオーストラリアの多くの小学校で教えられている。LOTE科目の共通 の目標は言語項目やその背景となる文化的な内容などの統合されたカリキュラムを通 してバランスのとれたコミュニケーション力を獲得することである。そのためには、授業中の教師の日本語発話(ティーチャートーク)は重要な役割を果 たす。豊富で、生徒にとって理解可能なインプットが、様々な言語機能を含んだ文脈の中で提供されたとき、生徒の言語学習は促進されるという。

しかし、シドニー日本語センターの調査によれば、多くの教師は、生徒の日本語運用力を伸ばすためには授業での教師の日本語発話を多くすべきだと認識しているが、実際には時間、教室運営の問題、教師自身の日本語運用力の不足を理由に英語を多く使用して授業をしていることがわかった。そこで教師の効果 的な日本語使用について探るため、実際の授業での教師の日本語発話を分析した。授業ではティーチャートークの背後に、教室活動のルーティン化、生徒の背景知識の利用や選択の自由を与える、視覚補助教材の利用、クラスコントロールの手法などの教授ストラテジーが用いられていた。これらは、授業の中での教師の日本語使用を可能にし、ティーチャートークを生徒にとって理解可能なインプットとしていくためには重要である。今後、教師研修の中で、日本語運用力を伸ばすことを目指すだけでなく、教授ストラテジーに焦点をあてていくことで、授業の中のティーチャートークについての意識を高めていくべきではないかと考える。

Non-native日本語教師の多様性把握の試み

木田 真理/柴原 智代/文野 峯子

本稿では、海外日本語教師長期研修に参加する研修生が、教授法授業及び教育実習に関して示す反応の種類を分類・整理することにより、それら研修生の多様性を把握した上で一人一人にとって、有意義な研修となるような研修の在り方を模索した。

non-native日本語教師の教授面での多様性の要因をニーズとレディネスという軸で捉え、全体像の枠組みの提示を行った。多様性の要因として、ニーズ面 では、1.外部から求められるニーズ、2.個人ニーズをあげ、レディネス面では、1.日本語運用力、2.環境に起因するレディネス、3.個人特性に起因するレディネスをあげた。そして、1996年度の研修生を対象に、研修生がどのように多様であるかを述べ、多様性の要因の違いによって教授法授業への参加態度がどのように異なってくるかを具体的に述べた。また、教授法授業を理解する過程は、従来の概念的枠組みと新しい概念的枠組を相互交渉していく過程であり、心理的な葛藤を伴うことになるため、研修生の精神面 に対する配慮が不可欠であることを指摘した。

今後の課題としては、今回全体像のモデルとして提示した研修生の多様性を把握する枠組みを精緻化していくこと、そして、そこから生み出される成果 をコース設計に生かしていくことである。

最後に、研修生一人一人に意義ある研修を行うためには、研修生の多様性を考慮に入れたコース設計が重要であることを指摘し、「同一コース内でカリキュラムを個別化する」という方向と「多様性の軸ごとにコースを分割化する」という2つの可能性を提起した。

言語学習におけるインプットとアウトプットの果 たす役割
−効果的な「気づき」を生じさせる教室活動を求めて−

横山 紀子

小論は、第2言語習得研究の成果に基づいて、教室を主体とした言語教育における効果 的な教室活動について考察するものである。まず、インプット、アウトプット、インターアクションのそれぞれが言語習得に果 たす役割を整理し、(1)「理解可能なインプット」の重要性、(2)アウトプットに際して起こる「気づき」や中間言語の仮説検証機能、(3)インターアクションを通 して起こるインプットやアウトプットの修正の効果を確認した。これらのことを踏まえ、特に教室での言語学習に視点を向けた研究の中から言語学習/習得に有効な教室活動のための留意点として次の3点を指摘した。

  1. (1) インプットやアウトプットが学習/習得に結びつくためには、学習者の意識に触れることが大事である。
  2. (2) 学習/習得を促進するためには、学習者の意識が言語形式に向けられることが大事である。
  3. (3) 教室を主体とした言語教育では、タスクを工夫することで、上記(1)(2)の実現が可能である。以上の3点に着眼して、いくつかの教室活動を紹介し、第2言語習得の観点から考察を加えた。

非母語話者日本語教師の日本語運用力の分析
−海外日本語教師短期研修生を対象に−

横山 紀子/木谷 直之/簗島 史恵

海外日本語教師短期研修(以下、短期研修)は年3回実施されるが、研修目的やその内容をより明確にするために、今年度よりカリキュラムの統一を図っている。その一環として、各期共通 のプレースメントテストを実施することとし、口頭運用力を測るものとしてACTFL(全米外国語教育協会)のOPI(Oral Proficiency Interview)を、その他の運用力を測るものとして日本語能力試験を用いた。小論では、このテスト結果 の分析を通し、非母語話者日本語教師の運用力の概略、および、口頭運用力と文字・文法などの言語知識やその他の技能の運用力との相関の程度や内容について行った考察を報告した。要点は次の通 りである。

  1. (1) OPIの評価と日本語能力試験の結果には緩やかな相関があった。口頭運用力の向上には、相応の文字・語彙・文法・読解能力が不可欠だと思われる。
  2. (2) ただし、OPIと日本語能力試験の結果は比例した伸びを示すわけではなく、例えば、OPIの判定としては大きな境界線になっている「Intermediate-High」と「Advanced」との間には能力試験の得点差は僅かしかなく、むしろ得点差は、「Advanced」と「Advanced-High」の間の方に目立った。このようなOPIと能力試験との相関のあり方を見ることから、研修での日本語授業の運営や研修生自身の学習方針の定め方に対し、いくつかの有益な示唆を得た。
  3. (3) 研修生の背景分析の結果、口頭運用力の発達には、滞日歴などの日本語使用の環境が大きな要因になっていることがわかった。また、学習スタイル、学習時のカリキュラムなども影響を与えている可能性があると言える。

短期研修では、原則としてOPIの判定結果に基づいて日本語科目のクラス分けを行っているが、研修生のレベルに合った到達目標の設定を明確にするため、OPIの評価基準に対応した日本語シラバス作成も試みており、その経過も併せて報告した。

極東ロシアの大学生の言語学習観について
−海外日本語教師研修のための基礎データ作成を考える−

木谷 直之

言語学習を進めるうえで、教師の役割、学習者の自律性、言語学習の本質、適性、動機などの点について学習者がどのような信念を持っているかは、非常に重要な意味を持っている。海外日本語教師研修においても、これら言語学習観の違いから戸惑いや不安感、不信感を感じ、授業に積極的に参加できない研修生は決して少なくない。このような問題を解決するためには、私たちが研修参加者の様々な言語学習観の様相を分析し、その優れた点と問題点を確認し合ったうえで、彼らと話し合い、意見交換をしながら、よりよい言語学習観へと変容させていく作業が必要である。

小論では、このような視点から、一例として極東ロシア地域の大学生195名に対して行った「言語学習についての信念」の調査の分析結果 を報告し、その特徴と傾向を考察した。その結果、極東ロシアの大学生は、総じて教師への依存性が高く、学習者としての自律性があまり高くなく、文法や翻訳、語彙の学習を中心とする伝統的な知識重視の言語学習観を持っていることが確認された。しかしその一方で、「正確な」言語運用にこだわるという傾向は、従来指摘されてきたほどには高くなく、学生たち自身が新しい学習活動にも積極的に参加できると感じていることが明らかになった。また、極東ロシアという地理的特殊性から、地域全体が日本との経済関係発展に大きな期待を寄せており、大学生の日本語学習動機も道具的動機が強いことがわかった。

今後、国別あるいは地域別に同様の言語学習観についての調査を継続し、学習ストラテジーや学習環境に関する調査も平行して行い、総合的に研修参加者の学習背景の分析を進め、その結果 を海外日本語教師研修の基礎データとしてまとめていきたい。このようなデータは、将来的にセンターの教師研修だけでなく、内外の様々な日本語教育機関がカリキュラムや教授法を改善していくための貴重な資料になると信じる。

韓国の高校日本語教師の教室活動に関する意識
−大韓民国高等学校日本語教師研修参加者に対するアンケート調査報告−

王 崇梁/長坂 水晶/中村 雅子/藤長 かおる

韓国の高校では、1996年に韓国教育部の定める教育課程が改訂され、コミュニケーション重視、学習者中心に重点をおいた日本語教育が目指されるようになり、教科書も一新された。本稿は、現場の教師が教育課程の改訂にどう対応し、その変化をどう受け止め、何を問題と感じているのか、その現状と問題点を明らかにしようとするものである。そのために、教室活動に焦点をあて、教師の意識を探る調査を行った。調査対象は日本語国際センターで実施された1997年度大韓民国高等学校日本語教師研修に参加した現職教師45人である。

その結果、教育課程の改訂に伴い、意識の上ではコミュニケーション重視、学習者中心の授業を目指すようになったが、実際には、音声テープなど視聴覚教材の導入は増加しても具体的な教室活動にあまり反映されておらず、国の定める教育課程の内容と現場の実情にはギャップが存在することが明らかになった。その原因は、コミュニケーション重視、学習者中心の教室活動に対する知識や情報、授業ですぐ使える副教材(ロールカードやインタビューシート、ゲームで使うカード等)の不足にあることが調査からわかった。

さらに現場の教師からは、コミュニケーション重視、学習者中心の日本語授業をする上で、教授環境やカリキュラムを問題視する意見が多く見られた。それは教師自身の教室活動のアイデア不足だけではなく、それを自分のクラスに適用する方策を充分に知らないことにも起因することが推察された。