2012年度下半期 調査研究プロジェクト マレーシアの日本語教師の訪日研修における個人プロジェクト(PMP)の活用

2012年度下半期 調査研究プロジェクト
マレーシアの日本語教師の訪日研修における個人プロジェクト(PMP)の活用 概要
計画者 根津誠(専任講師)
プロジェクト参加者 坪山由美子(専任講師)
外部協力者 藤長かおる(クアラルンプール日本文化センター)
日程

〔開始2012年10月 ~ 終了2013年3月〕

2012年5~8月
プロジェクトの調査に先立ち、訪日中の研修参加者に説明相談会を実施
2012年10~3月
資料分析

目的と概要

1.目的

  • 訪日教師研修に参加する海外(マレーシア)の現職日本語教師が研修をより主体的に捉え、自己の教授上の課題を明確化するためのツールについて、その役割と効果的な利用法を検討する。
  • 訪日研修の効果を高めるために海外(マレーシア)の拠点との持続可能な協力体制を提案する。

2.背景

海外で教える非母語話者日本語教師にとって、日本での現職教師研修は貴重な専門能力向上の機会である。参加者が明確な目的意識を持って研修に参加し、帰国後に成果について他者に説明、共有することは、本人にとっての研修効果、および研修事業の波及効果の点で望ましい。日本語国際センター(以下NC)の研修においても、研修参加申請書に動機・目標を書く作文や、日本語力や教授活動に関する事前アンケート、研修中にはポートフォリオの活用や、現場での実践を意識した授業などを通して、参加者が教育現場と研修の連続性を意識できるよう図っている。しかし背景・目的が多様な教師が現場から離れて参加する訪日研修では、一人ひとりの現場の課題に十分寄り添うことが難しい場合もある。中には教授法授業で取り組んだ課題が現場の状況から乖離していたり、授業改善との結びつきを意識しないまま自身の日本語力や文化体験を優先したりする参加者も見られ、このような場合は、授業改善における研修効果が見えにくい。

国際交流基金海外事務所の1つであるクアラルンプール日本文化センター(以下JFKL)では、この訪日研修と現場との連続性についての課題を現地で解決するために2006年度より個人プロジェクト(Personal Mini Project、以下PMP)を導入し、NC研修参加予定者に対する訪日前オリエンテーションと合わせて、自己の教授上の課題の明確化を促してきた。また研修後の帰国報告会での発表支援により、研修成果の意識化と共有を図っている。参加者にとっての具体的な流れは次の通り。

  1. (1) 訪日前 : KLでのオリエンテーションで、訪日研修によって解決できそうな教授上の課題を確認・選択、その解決方法を検討し、PMPレポート1回目を提出する
  2. (2) 訪日中 : 研修中の授業、リソース収集、意見交換などを通して得た内容をPMPに反映させ、帰国直前にPMPレポート2回目を提出する
  3. (3) 帰国直後 : 訪日で得たことを整理、実践し、発表準備を行う
  4. (4) 帰国報告会 : ポスター発表で共有し、他の教師からフィードバックを得る
  5. (5) 報告会後 : ニュースレターなどでの情報提供の場を与えられる

(2)以外は、現地における教師支援事業の一環として行われるが、NC研修実施の視点から見て、研修効果の向上のためにPMPがどのように機能しているのかを明らかにし、効率的で持続可能な連携方法を探ることが重要であると考え、本調査を実施した。

3.調査対象と方法

対象 :
2012年度短期研修春期・夏期に参加した15名のマレーシア人日本語教師
方法 :
(a)申請書類、(b)事前アンケート、(c) PMP「解決したい課題」、(d)教授法発表会・模擬授業テーマ、(e)帰国報告会レジュメから、関心とテーマの推移を拾い出す

成果の概要

1. 結果1 : 訪日中の研修参加者への説明相談会を通して

次の2つの傾向が見られた。まず、訪日前に現地で取り組み始めたPMPと、訪日中の教授法授業の課題(発表や模擬授業)を別の物と捉えがちなことである。PMPも教授法の課題も、自己の教授方法の改善を目的としているので、研修中に新しくより重要な発見をしたときはPMPのテーマを変更できることになっており、PMPのフォーマットにも明示されている。もう1つは、PMPの形式に注意が行きがちなことである。たとえば事前・事後の生徒に対するアンケートやテストなど負荷のかかるものを選択する参加者が多かった。また「訪日を生かしたもの」にこだわり、日本でのインタビューやビデオ撮影など負担の大きいものを選択する参加者も複数いた。これらについてはKLで十分説明しているが、訪日後に改めて確認し、研修中の負荷がかかりすぎないよう注意する必要がある。

2. 結果2 : 資料調査を通して

資料調査では次の(a)~(e)の各資料を時間軸で見て研修参加者の関心の推移を確かめた。

(a) 申請書の作文
研修参加申請書の中の動機・目標を書く作文にある内容から、キーワードを拾い上げて分類した結果は右の表の通り。自身の日本語力や技能別教授法など多岐にわたり、1人あたりの項目も複数挙げる者が多い。
(b) 事前アンケート
研修参加決定後NCから送付した (b)「事前アンケート」では、「研修参加の目標は何か」という問いで(1)日本語能力 (2)教授法・教授技術 (3)日本に関する知識・日本事情」についてそれぞれ具体的な項目が例示してあり、「1 目標にしない(0%)」~「4 目標にする(100%)」の4段階で回答する形式になっているが、ほとんどの参加者が全項目について「4 目標にする(100%)」を選択しており、この回答からはどこに関心があるかわからず、特定の課題を意識しているとは読み取れない。
(c) PMP「解決したい課題」
クアラルンプールで行われた訪日前オリエンテーションとメールのやり取りを経て、PMPでは解決したい教授上の問題点を1つに絞り込んである。15名中3名は申請書にあった内容がより具体化され、12名は申請書に直接書かなかった内容となっている。
いろいろな練習・活動 8
学習者の動機付け 6
教え方 : 表記 6
教え方 : 文化 4
自身の日本語力向上 4
自身の文化体験 3
教え方 : 聞く 1
教え方 : 話す 1
教え方 : 読む 1
教え方 : 書く 1
教え方 : 文法 1
(d) 教授法発表会・模擬授業テーマ
NCで研修終盤に行われた発表会や模擬授業では、15名中12名が(c)PMPと同じテーマ、1名がテーマ変更、2名はPMPと発表会のテーマを両方別々に準備した。
(e) 帰国報告会レジュメ
帰国後にクアラルンプールで行われた報告会レジュメでは、(d)で別々のテーマを選択した2名を除き、13名が(d)とほぼ同じで、少し具体化されていた。

以上のとおり、申請時点に意識していた課題は複数のテーマに渡りかつ漠然としていたところが、PMP作成時に具体的な1つに絞り込まれ、帰国後の発表会まで同じテーマで内容が深まっていったことがわかった。これは課題を具体化するプロセスが妥当で、大きな変更の必要がなかったことを示している。KLでPMP作成を支援するのは参加者や現地教育事情に詳しい専門家やスタッフが行っており、現場から離れたNCに来て内省から始めるよりも、効率的にテーマを絞ることができたと考えられる。一方、多様な参加者の中で自己を相対化できるNCにおいて、新たな刺激を受けて起こる気づきも重要であり、訪日後に修正できる柔軟性はこれまで以上に確保しなければならない。

3. 提案

短期的な提案が2点ある。まず訪日研修中にマレーシアからの研修参加者に対してかんたんなサポートを行うことである。具体的には訪日直後に教授法授業概要を説明した後でPMPの位置づけについて参加者の理解を確認し、中盤で教授法の発表課題を決めるころに、問題が生じていないかセルフチェックシートによって確認することである(作成済)。それ以外は通常の多国籍研修の枠組みの中で教授法指導を行えばよい。次に、KLでの訪日オリエンテーションの結果とNCでの教授法発表テーマを情報共有することである。

長期的な提案は次の2点である。まず、今回はテーマ決定までの過程を見たが、帰国後の教育実践を経たのち、PMPが実際に授業改善に役に立ったかどうかについて、教師の意識を調べることである。その際、PMP導入以前の年度との比較も考えられる。次に、同様の訪日前オリエンテーションを行う他の海外拠点や、参加申請時にアドバイスを与える派遣専門家と情報交換しながら、NC訪日研修と現場をつなぐ効果的な方法を探ることである。その際、「みんなの教材サイト」「オンライン同窓会」や、外部ソーシャルメディアの活用も視野に入れたい。

<関連ウェブページ>
根津・下橋・矢沢(2006)「訪日研修を利用したマレーシア国内でのとりくみ」『世界の日本語教育の現場から−日本語専門家の声−』国際交流基金