2016年度上半期 研究プロジェクト報告書
多国籍短期研修文法授業(上級クラス)用教材の開発(続)
計画者 | 生田 守 |
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プロジェクト参加者 | 代表者のみ |
外部協力者 | なし |
日程 | 5.参照 |
プロジェクト報告
1. プロジェクトの目的
当センターの海外日本語教師短期研修(多国籍)における、最上位クラスの文法授業において使用できる教材を開発する目的で本研究プロジェクトを実施した。
2. プロジェクトの背景
本研究プロジェクトの背景には、日本語教師にとって文法とはどういう意味を持っているのか、という問題意識がある。
3. プロジェクトの概要
本教材のターゲットとして想定するのは、言語学を学んだ経験はあるが満足な理解に至らず、教科書レベルの文法説明にも飽き足らない、主に高等教育機関に所属し、日本語文法の基本的な知識は既に持っている研修参加者である。
作成に当たっては、文型や語法の練習、ゲーム・タスク化といった側面よりも、学習者が言語を体系として、メタ認知的にとらえることを目指した。
授業で使用することを目的とするので、インタラクティブに展開できるように適宜問いかけも挿入し、説明的な部分も付加し、読み物にもなるよう作成した。
4. プロジェクトの成果
すでに作成している「日本語の特徴」「格」「態」(自他動詞)の章に加え、残りの「態」(使役、受身)、「テンス・アスペクト」、「待遇表現」の章を作成し、全体を完成させた。
その結果、本研究のゴールとして設定した、参加者にとってより理解しやすく、終了後も振り返りが可能になる教材が、夏・冬の短期研修における試行およびフィードバック作業を通じ、改善を加えた上で作成された。
以下、作成教材の概略を示す。
- 4.1.教材の構成(本年度作成分)
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3.態(voice)
定義と問題の範囲
- 3.1. 自動詞と他動詞
- 3.2. 使役
発展学習:被使役者の格
- 3.3. 受身(受動態)
- 3.4. 日本語学習上重要な受身文
発展学習:ベトナム語の持ち主受身
- 3.5. 受身・可能・尊敬
- 3.6. 使役受身
4.時制・相(tense/aspect)
- 4.1. ル・タ・テイル
- 4.2. 類似表現の比較
- 4.3. テンス・アスペクトとは何か
発展学習Ⅰ:キルギス語のV-jat
発展学習Ⅱ:テイルのアスペクトとヴォイスの関係
- 4.4. 時間表現とテンス・アスペクト
時間の感覚
- 4.5. テクストレベル
発展学習:談話/テクストの分類
5.待遇表現:円滑なコミュニケーションのために
ことば・文化・社会
- 5.1. 敬語
- 5.2. ポライトネス
- 5.3. 敬語とポライトネス
- 5.4. 配慮表現
- 5.5. ことばと社会
- 4.2.各章のねらい(本年度作成分)
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- ① 第3章「態」
- 自他動詞を中心とした態の問題を、受身・使役との関連で概観し、他動性の考えを導入し、他言語との比較によって、自動詞・他動詞の関係について、理解を深める。
- ② 第4章「時制・相」
- 日本語のテンス・アスペクトといわれている言語形式を取り上げ、時間に関する概念がどのように文法的に表されているかを、普遍的な視点から考えてみる。
- ③ 第5章「待遇表現」
- 言語と文化・社会の関係という観点から、敬語をポライトネスや配慮表現のコンステレーションの中で考える視点を提供する。
- 4.3.教材の特徴(本年度作成分)
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ⅰ 類型論や対照言語学を念頭に置いた説明とインタラクティブな記述
[事例]
・使役のタイプ
世界の言語を見渡してみると、使役の表現の仕方は以下の3つに分類されるということです。[”Linguistic Typology” (Jae, J.)]
- (1)語彙的(ごいてき)lexical:死ぬ-殺す、sterben-töten(ドイツ語)
- (2)形態論的(けいたいろんてき)morphological:死ぬ-死なせる、öl-dü-öl-dür-dü(トルコ語)
- (3)統語論的(とうごろんてき)syntactical:die-let (make)him die
「(1)語彙的」というのは、使役というより自・他動詞のペアですが、使役の意味を広く解釈すれば、他動詞表現の一種ということでもあります。自他の形の上でのペアがないので、 異なる語彙をペアにしています。それで、意味も(ペア動詞より)大きく異なることがわかります。「死ぬ」は自動詞で、死の原因とともにつかわれることが多いですが、 「殺す」は殺人者の存在が前提にあり、行為も直接的で、他動詞らしい動詞です。
「(2)形態論的」というのは、動詞に接辞(affix)をつけて使役をあらわすもので、日本語では接尾辞(suffix)、トルコ語では接中辞(infix)が使われています。
「(3)統語論的」では、新たな語を文に加えることによって、使役をあらわします。例は英語です。letとmakeにより「許容」と「強制」を区別しますね。
みなさんの言語はどのタイプですか?ⅱ 教材中に適宜挿入された考えるためのヒント
[事例]
[考えてみよう]
「もうレポート出してる?」は「もうレポート出した?」と、どのように違いますか。
『「もうレポート出してる」が完了で「もうレポート出した」が過去です』という説明はどうでしょう。
この説明で解決したことはなんですか。解決しないことはなんですか。ⅲ 対照言語学的な考察を促す発展学習
[事例]
モンゴル語やキルギス語などのアルタイ諸語の言語には、テイルに似ている文型があります。
Janarkul*さんの論文によって、キルギス語の例を考えてみましょう。
VテイルとV-jat [キルギス語 進行表現]
日本語のテイル形とキルギス語のJAT形は形も並行性があるし、意味も似ています。
ただし、キルギス語JAT形の意味は①、②のように<進行>であって、<結果残存>の意味はありません。- ①Jaan jaa-p jata-a-t.
- 雨 降る‐語幹(ごかん)JAT‐現在
「雨が降っている。」(進行) - ②Okuuchu churka-p jat-a-t.
- 生徒 走る‐語幹 JAT‐現在
「生徒が走っている。」(進行)
ⅳ Pre-test:第4章(時制・相)
[事例]
[問題1]「ます」をつけた形に変えられるものすべてにチェックしてください。- ( )毎朝、パンを食べる。
- ( )生きるか死ぬか、それが問題です。
- ( )イチローは走る、打つ、守ると大活躍でした。
- ( )わたしがやるので、何もしないでください。
- ( )雨に打たれるわ、腹が減るわで、大変でした。
- ( )のんびりしていないで、さっさとやる!
[問題2]例文と大体同じ意味をもつものすべてにチェックしてください。
- 1.バンコクに行くとき、かばんを買った。
- ( )バンコクに行って、かばんを買った。
- ( )かばんを買って、バンコクに行った。
- ( )バンコクでかばんを買った。
- 2.バスの停留所で:
― 来た、来た。だいぶ遅れたな。 - ( )バスは目の前にとまっている。
- ( )バスが見える。
- ( )バスはこちらに向かっている。
- ( )バスは見えないが、もうすぐ来る。
- 3.犬が死んでいますよ。
- ( )犬は死んだ。
- ( )犬はまだ生きている。
- ( )犬はもうすぐ死ぬ。
- ( )犬は今死ぬところだ。
5. プロジェクトの日程・スケジュール
開始 2016年 4月 ~ 終了 2017年 3月
- 4月~6月
- 全体の執筆方針策定、各項への追加事項検討、項目ごとに順次作成
- 7月~8月
- 夏短期研修において試行、項目ごとに順次作成
- 9月~12月
- 項目ごとに順次作成
- 1月~2月
- 冬短期研修において試行、フィードバック作業
- 3月
- 素材集とマニュアルの作成(完成)、調査研究部会での発表準備
6. プロジェクトの課題
以下の3点が今後の課題である。
- 例文の増加および理解のためのまとまったテストを各章におく必要性
- 成長するテキスト、固定化のどちらを目指すべきかという存在形態の問題
- 日本文化=社会、教授法(課題・活動)など、隣接分野への発展の可能性