海外日本語教師の養成・研修

アサド・マジード・カーン駐日パキスタン大使インタビュー
(平成2年度外交官研修参加者)

国際交流基金日本語国際センターは設立された平成元(1989)年から平成8(1996)年まで、「外交官研修」※を実施していました。
この研修に平成2(1990)年に参加したパキスタンの外交官Asad Majeed Khan(アサド・マジード・カーン)氏が、今年(2017年)8月に駐日パキスタン大使として着任されました。

この度、なつかしい北浦和のセンターを訪ねたいと2017年10月19日に当センターを来訪されました。
砂川所長に表敬訪問され、センターの職員、当時研修を担当した専任講師とセンターでの思い出や日本とのかかわり等について日本語でお話しいただきました。とても気さくで、日本とのつながりを大切にされている大使とのお話の一部を、大使の了承を得て掲載いたします。


カーン大使: 日本語国際センターは何も変わっていませんね。1990年9月に成田からセンターのロビーに着いて、この同じソファーに座ったことを覚えていますよ。カラチからバンコク、マニラ経由の17時間の長旅でしたが、センターのみなさんは暖かく迎えてくれました。
そのときは、日本語は全くできず、ゼロの状態でしたが、こうして日本語ができるようになったのも、講師の方々のフレンドリーで親身なご指導のおかげです。

カーン大使の写真

研修中はいろいろなプログラムがあって、センターで様々な日本の人たちと知り合いました。埼玉県小鹿野町の家庭でホームステイ体験もしました。その家庭のお父さんは暖かい人で今でも連絡をとりあっています。日本に来たばかりで私は日本語ができず、相手も英語ができませんでしたが、互いに辞書を引きながら、一晩深い話ができたのもいい思い出です。 研修の後、日本人と会った時に、浦和にいた、ということで話が弾むことも多いです。

私のキャリアの前半は日本、後半は米国です※※。日本は17年ぶりです。
パキスタンでは教育を英語で受けることが多いので、英語圏に留学する人が多いのですが、私は日本に送られ、このセンターでの研修の後は、東京の大使館で勤務した後、東京大学の研究生となり、また九州大学で国際経済法及び国際商法の博士号を取得しました。その後米国で長く勤務しましたが、センターで外交官研修を一緒に受けた他国の外交官で同時期に米国に駐在している人もいて、旧交を温め、家族ぐるみでつきあいをした人もいます。

研修参加者は、センターでみんな仲良く、一緒に授業を受けたり出かけたりしましたが、今でも連絡を取っている人がいます。世界各地で大使になって活躍している人もたくさんいますよ。

パキスタンには日本語ができて、新世代の大使となれる外交官がたくさん育っているのも、すべて国際交流基金のおかげです。今年もパキスタンからは外交官研修に、女性の外交官が参加しています。毎年のようにパキスタンから参加していますが、女性は2人目です。

日本語国際センターは、現在は海外の日本語教師研修だけを行っているということですが、パキスタンには残念ながらまだ本格的な日本語教育を行っている機関あまりありません。でも、日本に、日本語を勉強しにきている若い人は増えています。パキスタン現地での日本語教育は重要だと思いますし、力を入れていく必要があると思います。

今回、日本に赴任することになりましたが、長年日本語を使っていなかったので、日本語を忘れているかと思って心配でした。でも、日本に着くとどんどん思い出しました。もちろんニュースを見たりして勉強していますが、実は(国際交流基金の)e-ラーニング「みなと」の「まるごと」初級のコースでも、勉強したんですよ。しかしやはり、日本語ができるのは、27年前のこのセンターでの研修のおかげです。今回専任講師の先生が、自分が27年前研修中に書いた作文を見せてくれましたが、日本語を始めて半年ほどの段階で、これだけしっかりした文章を書くことができるようになっていたのは、驚きです。

私は、日本とつながりを持っています。これからも日本とパキスタンのために、尽くしたい、日本のいいところをパキスタンに伝えたいと思っています。

左 カーン大使と\握手をする右 日本語国際センター 所長砂川 裕一氏

※外交官研修:各国の若手外交官に日本語や日本文化の理解を深めていただき、知日派の外交官となってもらうことを目指した研修です。10か月間当センターに滞在して日本語や日本事情の授業を受けたり、日本文化体験(茶道、生け花等)をしました。埼玉県内でホームステイ等にも参加しました。
大使が参加された平成2(1990)年度の外交官研修には14カ国から16人が参加しました。

※※カーン大使は、当センターでの研修参加後、平成5(1993)年に東京のパキスタン大使館に勤務、その後は国連関係の任務や駐米臨時代理大使などの要職を経験され、大使赴任の直前はパキスタン外務省の外務次官補(北南米担当)を務められました。