日本語専門家 派遣先情報・レポート
国際交流基金北京日本文化センター

派遣先機関の情報

派遣先機関名称
国際交流基金北京日本文化センター
The Japan Foundation, Beijing
派遣先機関の位置付け及び業務内容
中国の日本語教育事情についての情報収集のほか、中国各地で教師研修会を実施し、カリキュラム・教材・教授法など日本語教師に対する助言・支援などの活動を行っている。教師研修については、地域巡回日本語教師研修会や大学日本語教師教授法集中研修会、日本語教育学実践研修のほか、出版社の主催する研修会や大会に出講する等も行っている。
所在地
#301, 3F, SK Tower Beijing, No.6 Jia Jianguomenwai Avenue, Chaoyang Beijing, CHINA, 100022
国際交流基金からの派遣者数
上級専門家:1名、専門家:2名
国際交流基金からの派遣開始年
1999年

『いろどり』モデル校プロジェクト

北京日本文化センター
池津丈司、田邉知成、大脇元

北京日本文化センターでは、教師研修を中心として様々な日本語教育支援を実施していますが、今回は2021年5月から9月にかけて大連で実施した、国際交流基金制作の日本語コースブック『いろどり 生活の日本語』(以下『いろどり』)を使用した「『いろどり』 モデル校プロジェクト」を特に取り上げてご紹介したいと思います。

『いろどり』は日本語の具体的な場面に応じて、「できる」ことを増やすことを通じて、日本での生活に必要なコミュニケーション力を身につけることを目指している教科書で、実際のコミュニケーションで使う活動を取り入れた、能力の育成のための様々な工夫がされています。こうした「課題遂行型」と呼ばれる考え方は『いろどり』だけでなく、ほかの日本語の教科書にも反映されるようになってきています。

一方で、予習や教師の説明から学習者が文法や語彙の使い方を理解し、教師が学習者の理解に合わせて、練習を組み立てる授業を想定している教科書もあります。最終的に日本語が上手になることを目指している点では同じで、教科書に優劣はありませんが、教科書の構成が異なっていることから、授業の進め方や重点を置くポイントは大きく変わってきます。

高校や大学向けでは、中国の出版社から様々な新しい考え方を取り入れた日本語の教科書が出版されるようになっていますが、『いろどり』が想定するような、日本で働いたり、生活するためのコミュニケーション能力を身につけたいと考える学習者向けの日本語コースでは、『いろどり』のような課題遂行型の教科書を採用していることは少ないようです。

そこで『いろどり』を中国で使ってもらえるよう、『いろどり』を主教材とするコースを日本語専門家と共同で実施するプロジェクトを企画し、募集したところ、2つの送り出し機関から応募があり、3ヶ月の日本語学習のあと渡日するコースで実施することが決まりました。どちらもこれまで『いろどり』のような課題遂行型の教科書を使ったことがない教育機関です。

『いろどり』で提出されている、自然な会話やその音源、豊富なイラストは先生方をすぐに魅了しましたが、教科書の具体的な授業の進め方となると、これまでの教科書の違いから、戸惑うことがたくさん出てきます。これらの課題に事前に取り組むため、2020年12月より教科書の特徴や授業の進め方について説明する教科書勉強会を実施することになりました。

「教師が中国語で説明してから練習した方が、学習者は理解に自信が持てるし、効率的だと思います」、「先生が説明してくれることに慣れた学習者には、この教科書にうまく適応できるか不安です」、「(同時通訳の練習法で使われているものを日本語教育に取り入れた)シャドーイングや、ロールプレイを使った活動は面白いですけど、もっと練習してから復習のように扱う方がいいんじゃないですか」、「十分な授業中の反復練習や毎日書かせる宿題をたくさん提出させたほうが教えたことが定着しやすいと思います」といった質問や意見が勉強会では次々出てきます。

こうした疑問に講義だけで答えることはとても難しく、学習者の気づきや推測を積極的に促すことや、自分の学習を振り返って、言語形式の正確さだけでなく、実際のコミュニケーションの達成部分(「ちょっとまずいところはあったかもしれないけど、とりあえずここの部分はできた」)に注意を向けていくこと、学習者が聞いてわかる能力をどうやって育成するかといったことについて、ワークショップ形式の研修を続けて実施していくことになりました。さらに、教科書の一つの活動だけとりあげて部分的に授業で扱うのではなく、実際に主教材として扱うとなると、個別の授業の進め方だけでなく、進度や復習のさせ方、試験問題の作成等、評価の方法も考えておく必要があります。

勉強会や打ち合わせでは、課題の検討だけでなく開講の準備を事前に行いました。そして、2021年5月からモデル校で『いろどり』を使ったクラスを開始することが決まり、あとはコースを運営しながら調整していくことになりました。担任の先生には新しい教科書を使うことの不安、専門家にとっては成果を出さなきゃというプレッシャーを感じながら相談するたびに、お互い楽観的なことを言い合っていたことも、懐かしい思い出です。

3か月のコース期間中は、出張とオンライン打ち合わせを組み合わせた形で、担任の先生との授業前の打ち合わせや授業見学、ティームティーチングでのモデル授業の実施で、授業実践の支援を行いました。説明の代わりに気づきを促す発問を準備すること、学習者の発話への励ましや修正の仕方、どれぐらいのレベルを目標にしていくか等、授業前の打ち合わせ、授業見学とその後の打ち合わせで検討した授業改善のポイントや事前の勉強会での課題が、次の授業で少しずつ解決されていくのを見ているのは、達成感がありました。実際にはコース立ち上げ時の1週間の出張で、「学習者はこの教科書でついてこられる」、「この教科書で続けられる」という小さな自信が担任の先生にも専門家にも生まれていました。

新しい教科書を使用した授業の写真
「新しい教科書だと授業も大きく変わりました」

コース中盤ではシャドーイングやロールプレイの活動を学習者の異なるレベルに合わせてどう工夫していけばいいか等、より具体的で、高度な課題についても話し合うことができるようになりました。教科書が進んでも、活動の形式は最初の課から変わらないので、急に難しくなるということもなく、ほとんどの学習者がコースの最後まで積極的に活動に参加できていたことも担任の先生にとっては授業を安心して進められることにつながっていました。

コース中間時と終了時には口頭能力評価を実施しましたが、終了時の評価では、まったく話すことができないという学習者はほとんどなく、わからない部分を伝えたり、聞き返したりすること、適切な語彙がすぐに思い浮かばなくても、代わりの表現を使って話そうとすることができるようになっていました。ロールプレイを授業で扱える時間は限られていますが、ロールカードを使った口頭能力評価はコミュニケーションを諦めずに続けることができるようになっていることを実感する機会として、学習者がさらに自信をつけるきっかけとなりました。

『いろどり』は、コミュニケーション能力を身につけることを目指した教科書ですが、もちろん、これを使えばだれでも魔法のように簡単に上手になるという教科書ではありませんし、教える教師にとっても、教科書の順番通りそのまま教えればいいから楽、ということもありません。ただ、これまでと違う教科書、違うやり方で習っても上手になることができるという実感は、短い3か月のコースではありましたが、学習者の皆さんだけでなく、開始前は不安も抱えていた担任の先生方にも共有することができました。

ワークショップ形式の研修の写真
「それでは、みなさん質問をどうぞ」

最後にとても嬉しかったのが、コース終了後、山東省威海というところの送り出し機関の日本語教師を対象とする『いろどり』を使った教師研修を実施する機会があり、そこでモデル校プロジェクト担当の先生が講師を引き受けてくださったことです。『いろどり』の模擬授業や目指すコミュニケーション能力について詳しく解説し、モデル校プロジェクトの最初の勉強会で出たような参加者からの疑問や質問に、すっかり『いろどり』ファンとなった先生として、自信を持って答えてくださるのを見るのは、いっしょに頑張ってきた仲間として、感慨深かったです。

今回の『いろどり』を使ったモデル校プロジェクトは世界初の試みですが、中国のいろいろな日本語教育支援事業に生かしていくための実績になると考えています。例えば、教師研修のできる教師を支援、育成するという点で、今後の中等や高等向けの教師研修にも発展させられること、また、1つの教育機関への支援から、中国全体の日本語教育支援につなげていくことのわくわくするような可能性を感じています。来年の原稿でもみなさんに新しい「わくわく」についてご紹介できるかと思います。それではまた!

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