世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)教師を育てる

ニューデリー日本文化センター
尾崎裕子

私は現在、西インド担当の日本語アドバイザーとして活動しています。日本語アドバイザーの業務は幅が広く、教師研修、機関訪問、イベント協力、コンサルティングなど多岐にわたりますが、中でも教師を育てることはアドバイザーの仕事の核となるものです。今日は、私が携わっている教師育成の仕事についてご紹介します。

インドでは、近年の日印関係の強化を背景に日本語教育の重要性が増しており、日本語教育推進のため、2018年から日印両政府の合意による日本語教師育成センター事業が始まりました。その事業の枠組みの中で国際交流基金専門家が様々な研修を行っています。私は2つの種類の研修に関わっています。一つは現職教師向けのコースC(12時間)で、もう一つは新しく教師を目指す人向けのコースB(30時間)です。どちらの研修も、講師2名体制で実施しており、自分の担当地域以外の地域での研修に出張することもあります。2019年度は、ムンバイとプネで1回ずつコースCを担当しました。また、コースBは、プネ、シャンティニケタン(東インド)、チェンナイ(南インド)の3つの研修に出講しました。同じコースBでも、実施地によって、参加者のバックグラウンドや日本語教育の環境、ニーズなど異なる点もあります。しかし、「日本語を教えたい」「いい先生になりたい」という参加者の熱意は皆同じで、5日間の研修の最後はいつも、グループ模擬授業を終えた参加者の達成感と高揚感が教室にあふれていて、「みんながんばったね!」と心から言いたくなります。

現職教師向けのコースCでは、参加者が自分の授業実践を振り返り、教授法のスキルを向上させ、よりよい授業ができるようになることを目指します。2020年2月29日-3月1日にプネで行ったコースCのワークショップでは、「待遇コミュニケーション」を取り上げました。「待遇コミュニケーション」というと敬語の形や用法をどう教えるかということに注意を向けがちですが、大事なことはコミュニケーションに関わる人の関係を見極めることだということを理解してほしいと考え、参加者に、自分の母語で発話行為をするときに相手や場面によってどう表現を使い分けるかを考えてもらいました。すると、「親に何かを頼む」という言語行動をするとき、同じマラーティー語母語話者でも、どういう表現を使ってどう話すか、人によって意見が分かれ、参加者の間で議論が大いに盛り上がりました。「今までそんなことを考えたことがなかった」という声も多かったですが、このように自分の母語と日本語のコミュニケーション行動を比べてみることで、日本語への理解や気づき、日本語を教えるためのヒントが得られるということを意識してもらえたのではないかと思います。

Teachers’ Training Course C Pune 2020年2月29日の写真
Teachers’ Training Course C Pune 2020年2月29日

教師を育てる仕事として、私が関わっているもう一つの業務があります。それは、私が籍を置くTilak Maharashtara大学(以下、TMV)日本語学科の修士課程での「教授法」の授業の担当です。2019年度、私は「教授法・実習」の科目を担当しました。学生は6名で、中には既に日本語教師として教えている人もいました。この科目では、具体的に日本語の授業を教える方法―授業やコースの組み立て方、授業計画と教案の作り方、授業のやり方を身につけてもらうことが目標でした。特に、授業の目標を「文法項目の学習」ではなく、「ある場面で具体的なタスクができるようなること(Can-do)」に設定して「Can-doに基づいた授業」をするよう指導しました。Can-doに基づいた授業というのは学生にとっても新しいものでしたが、インドネシア語のミニレッスンを体験したり、日本の中学校の英語の授業の動画を見たりして、Can-doベースの授業がどういうものか実感してもらいました。最後の実習では、皆Can-doベースの授業の教案を作り、授業をすることができました。学習者から非常によいフィードバックを受けた一人の学生が「これからぜひCan-doに基づいた授業をしたいです」と言うのを聞いて、この実習授業をしたかいがあったなと感じました。

インドでは日本語学習熱がまだまだ続きそうですが、日本語教師は不足しています。日本語学習者の多くが教師になるよりも企業に就職することを目指すということもあり、日本語教師の育成はなかなか進みません。教師を育てるのはとても時間がかかります。これからも、地道に様々な研修を通して、少しずつでもインドの日本語教師を育てる努力を続けていきたいと思います。

Tilak Maharashra大学MAコース日本語実習授業2020年2月17日の写真
Tilak Maharashra 大学MAコース日本語実習授業 2020年2月1日、2月2日

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, New Delhi
派遣先機関の位置付け ニューデリー日本文化センター西インド担当アドバイザーとしてマハラシュトラ州プネに派遣され、西インドを対象地域としてアドバイザー業務を行う。具体的な業務は、事務室を置いているティラク・マハラシュトラ大学(TMV)日本語コースへの出講、担当地域での現職教師向け教授法研修や日本語教師を目指す人向けの教師養成講座等、様々な研修の実施、日本語普及のための機関訪問、セミナーを通してのアドボカシー活動、弁論大会や文化祭など日本語関連のイベント支援など。
所在地 5-A, Ring Road, Lajpat Nagar-IV, New Delhi, 110024, India
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家 1名
国際交流基金からの派遣開始年 2009年
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