世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)日本語教育アドバイザーの仕事

ロンドン日本文化センター
藤光由子

ロンドンの環境を活かした活動を模索して

世界的な芸術都市ロンドン。日本のアーティストの作品を紹介する展示も多く行われています。この恵まれた環境を活かして、アートの世界と教室を往還するような学びの機会をつくれたら…というのは、ロンドンに着任以来、心に温めていたアイデアの一つでした。2019年の秋、幸いにもそのアイデアを実現する機会が訪れたのです。

ロンドン日本文化センター(以下、センター)のオフィスが入居している施設「ジャパンハウス ロンドン」には、ギャラリースペースがあります。ギャラリーでは、2019年8月下旬から10月下旬まで、著名な絵本作家である安野光雅氏の原画を紹介する「安野光雅の世界」展が開催され、大変な人気を博していました。

そこで、その機会を利用し、教師支援事業として「美術作品をリソースとする教室活動を考えるワークショップ」を企画したのです。センターのサイトで参加者を募ったところ、英国外からも問い合わせを受けるなど、予想以上の反響があり、合計3回繰り返して実施することになりました。

展示会場での写真
展示会場で

「アート×アクティブラーニング」

ワークショップのキー・コンセプトは、「アート×アクティブラーニング」です。アートの世界を楽しみながら、対話を通じて、鑑賞力、観察力、思考力、言語能力と創造性を育てる教室活動の可能性を探る、というものです。教師として活動のレパートリーを広げることを目的としていました。

当日の流れはというと、参加者が展示会場に集合するところからスタートします。展示会場からセミナー室に移動し、まずは自己紹介とウォーミングアップの活動を楽しみます。ウォーミングアップで関係が温まってから、絵本を活用した参加型の教室活動をじっくり体験していただきます。その後、お茶とお菓子のおもてなし、ティーブレイクでの交流を挟んで、後半はアイデア・シェアリングと振り返りの活動です。

アートを中心において対話するとき、参加者の個性が生き生きと浮かび上がってきます。新しい見方、自分には思いつきもしなかった解釈にも出会います。同じ絵を見ても、それをどう描写して伝えるか、表現もいろいろです。また、そこから引き出される人生の思い出は、みんな違っています。いつのまにか、ライフストーリーの語りに耳を傾け合っています。深い交流の時間が生まれています。

参加者の皆さんにいただいた反応は、大変ポジティブなものでした。例えば、「全員活発に参加できるように工夫されていたのが、非常によかった」、「少人数グループでより深い話し合いができてとても楽しかった」、「作品を味わいながら、リソースとして使う具体的な方法を学んだ」、「アクティビティを自分が体験したので、学習者の気持ちが今後はわかる」など。少人数でじっくり参加型の学びを楽しんだ体験が、アクティビティの役割理解や授業づくりのアイデアに繋がったことがうかがわれます。

このワークショップで出会って意気投合し、その後、共同研究のプロジェクトを立ち上げた先生方もいらっしゃいます。一回のワークショップでも、生涯の学びの仲間を見つける機会になり得るということです。

ワークショップ風景の写真
ワークショップ風景

ワークショップで参加者同士の化学反応を引き起こす

その時の参加者のご所属も多様でした。英国の高等教育機関9機関、英国外の高等教育機関3機関、英国の中等教育機関5機関のほか、補習授業校、幼児教育機関、国際児童文庫協会英国支部など、様々な現場で活動する教師、教材のイラストレーターなど、実に多彩な方々が集まられました。

参加者の共通語は英語と日本語でしたが、日本語や英語以外の言語を母語とされる方もありました。もともと専門家には、企画のねらいに沿って一連の活動のメニューを入念に作成し、可能な限り複言語でリソースを準備し、案内役として新しいコンセプトをわかりやすく説明したり実演したりすることが期待されます。それに加えて、その日の参加者に応じてプランを臨機応変に微調整できることが重要で、誰もが個性を生かして安心して参加できる場をつくり、対話による学びを促進する、「仲介者」としての役割が求められると思います。

ワークショップをサポートしてくれた同僚が「参加者同士の化学反応によって、同じ活動でも毎回全く異なる反応が見えたり、違う方向に話が膨らんだりと、各回それぞれ"カラー"の異なるワークショップになっていたのは非常に興味深かった」というコメントを共有してくれました。「参加者同士の化学反応」という言葉に、「あ、これだ!」と思いました。これが、ワークショップの魅力であり、とても大切な部分ではないかと。

参加者の一人一人の個性がリソースとして生かされ、参加者同士のポジティブな化学反応が生まれると、より豊かな学びの場が立ち上がります。私自身は、そのような場づくりに関わりたいという願いを持って働いています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, London
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ロンドン日本文化センターは、英国における教育関係者のネットワーク、相互交流の促進を図りつつ、日英諸機関と連携して日本語教育振興を目的とする多様な事業を企画・実施している。主要事業としては、英国日本語教育学会と連携した日本語教育研修会の企画・実施、中等教育段階および高等教育段階の学習者向けのスピーチコンテストの共同主催などがある。このほか、教育機関への支援として、日本語教育プロジェクトへの助成、専門家によるコンサルティングや出張ワークショップも行なっている。
所在地 101-111 Kensington High Street, London, W8 5SA
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名 指導助手:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1997年
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