世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)変わりゆく時代とともに

ジャカルタ日本文化センター
岡本 拓

インドネシア中部ジャワ州とジョグジャカルタ特別州(通称ジョグジャ)はジャワ島の中部に南北に隣接して位置しており、広さは合わせると九州がすっぽり収まるくらいあります。この地域は国家統一以前から伝わるジャワの文化が色濃く残り、普段の生活の中でもジャワ語を耳にしたり伝統文化を身近に感じたりすることができます。専門家が活動拠点を構える中部ジャワ州の州都・スマラン市は、戦後まもなく起きた「スマラン事件」で記憶している方もいらっしゃるかもしれませんが、現在は人口国内第10位の都市として工業を中心に栄え、近年では外資系企業の進出も増えています。一方、スマランから車で3時間ほど南下したところにあるジョグジャの市内は、かつての王朝時代の趣きを今なお残しており、旧宮廷など世界的な観光地として知られています。(ちなみに、世界遺産ボロブドゥール遺跡はスマランとジョグジャの間に位置しています。)

専門家が担当するこの2地域では日本語教育が特に盛んで、域内には大小10の高校教師会があり200名以上の日本語教師が日々、日本語能力の向上と教授力の研鑽に励んでいます。また、高等教育機関が学科や科目として日本語授業を開講しているほか、技能実習の候補生を対象とした民間日本語学校も多く、それらの機関へ赴くこともあります。それでは、そんな地方専門家の業務を少しだけご紹介します。

弁論大会からプレゼンテーション大会へ

ジャカルタ日本文化センター(以下、JFJA)が主催する日本語学習者の奨励事業として、弁論大会に代わって、2020年度から新たにプレゼンテーション大会が催されます。そのパイロット版として、2020年度にはプレ大会が中部ジャワ州を含む3地域で行われました。中部ジャワ州では2019年1月に開催された同地域の文化祭のコンテストの一環として実施され、6名の発表者が出場しました。弁論とは異なったスキルが必要となるプレゼンテーションですが、出場者の高校生はテーマである「未来のコミュニケーション」に関する調査結果や考察、自身のアイディアについて、準備した日本語を駆使して一生懸命伝えていました。母語で伝えるのも難しいと思われる内容を流ちょうに日本語で話している発表者を見ながら、「未来は明るいな」と感動しきりでした。昨今、インドネシアの教育業界でも21世紀型スキルの育成や情報コミュニケーション技術(以下、ICT)の活用が叫ばれており、グローバルな社会で活躍できる人材を輩出しようというのがうかがえます。そのような現地の教育情勢に即した事業展開や支援にJFJA一丸となって取り組んでいます。

プレゼンテーションテーマ「未来のコミュニケーション」の写真
プレゼンテーションテーマ「未来のコミュニケーション」

大学で「まるごと」教授法ワークショップ

冒頭でも申しましたが、地方専門家の業務領域は広範囲にわたります。ときに大学が主催するセミナーやワークショップに出講することがあります。2019年2月には、スマラン国立大学に招聘していただき、「まるごと 日本のことばと文化」(以下、「まるごと」)の初中級編を使った教室活動のワークショップを実施しました。同大学ではカリキュラムの見直しに伴い、学生のより実践的な日本語習得を目指し、ニーズに合った教科書の採用を検討していました。「まるごと」は音声や動画などの視聴覚教材が豊富で、日本語の学習だけでなく日本の文化理解も目的としていることから、日本人との交流がまだまだ少ない現地学生にとって有用であるとワークショップに参加した教員らが口を揃えて言っていました。「まるごと」の普及にとどまらず、JF日本語教育スタンダードの普及も専門家の使命のひとつです。実用的なコミュニケーション能力を求める教育機関には、JF日本語教育スタンダードにおけるCan-doを使ったカリキュラムも提案することがあります。

「まるごと初中級」の教え方について話し合う大学教員たちの写真
「まるごと初中級」の教え方について話し合う大学教員たち

JFにほんごeラーニングみなと」の普及

ICTスキルが必要不可欠になっているデジタル時代の今、地域の日本語教育にもeラーニングの波が来ています。以前から当専門家は高校教師会向けにオンラインワークショップを開催したりオンラインコースを開設したりして、教師対象の取組みを積極的に行なってきました。その成果もあってか、「生徒もオンラインで学べる教材を教えてほしい」との声をよく耳にするようになりました。そんなときは「JF にほんごeラーニングみなと」(以下、「みなと」)を紹介して、ひらがなやカタカナが学べる自習コースや「まるごと入門コース」をおすすめしています。中等教育界隈では2013年に新しいカリキュラムが制定されて以来、高校で開講される日本語の授業数が削減されました。それに伴い、教師らは限られた時間数の中でこれまでと変わらない程度のレベルまで達成させなければならないことに頭を抱えていました。そこで一役買ったのがこの「みなと」でした。登録さえできれば自由にいつでもどこでも日本語が学習できるeラーニング教材は、教師らに大いに喜ばれたのはもちろん、生徒が日本語学習を継続できる機会を与えてくれたと思います。実際に、「みなと」を活用している現場の先生からは「生徒が自分でどんどん勉強してくるようになった」「授業で積極的にたくさん話してくれるようになった」との報告が寄せられました。eラーニング教材のせいで教師の存在が脅かされるどころか、生徒との教室活動がより充実したものとなったことがうかがえます。これからの時代、オンラインツールやデジタル技術の活用は日本語教育においても不可欠になってきています。生身の教師がそれらの技術をうまく利用し、効果的に補い合いながら学習者を支援する方策を見い出していくことが今後の目標となることでしょう。日本語教育支援者という立場であってもそういった視点を持ちながら今後も支援に当りたいと思っています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Jakarta
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ジャカルタ日本文化センター所属。中部ジャワ州およびジョグジャカルタ特別州を担当。スマランに常駐し、担当地域における日本語教育全般を支援。主に、高校教師に向けた研修や勉強会を実施し、地域の日本語教育人材の育成および人的ネットワークの構築をサポート。日本語パートナーズ事業など、ジャカルタ日本文化センターが依頼する事業に関する業務にも協力。また、担当地域内にある大学機関や民間日本語学校に向けて新教材の紹介や教授法などの研修も実施。
所在地 Semarang, Indonesia
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2008年
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