世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)学生サポートの試み

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
石松文枝、奥西麻衣子、西村尚

マラヤ大学予備教育センター日本留学特別コース、通称AAJ(Ambang Asuhan Jepun)は、およそ150名の学生と、マラヤ大学の常勤教員、文部科学省派遣の高校教員、国際交流基金派遣の専門家、約40名の教師を抱えた日本留学予備教育機関です。詳細は下記の「派遣先機関の情報」に譲りますが、これだけの規模を抱えた予備教育機関は海外でも有数のものだと言えるのではないでしょうか。この大所帯の学生と教員が2年をかけて日本の国立大学理工学部に進学するという1つの目的に向けて、一丸となって日々邁進しています。途中には日本留学試験、そして修了試験という高いハードルも待っています。2年間4学期にわたるこのコースの授業は毎朝8時10分から午後5時まで、1時間の昼休みを挟んでみっちりと組まれたカリキュラムに従って行われます。

<1年生>

真剣な表情で先輩の話に耳を傾ける1年生
真剣な表情で先輩の話に耳を傾ける1年生

AAJに入って最初の1年は、日本語と教科の基礎力をしっかりと身に付けることが目標です。入学後すぐに授業や課題に追われる多忙な日々が始まり、ペースに慣れず息切れをする学生も少なくありません。また、初めての日本語学習に戸惑い、「高校では常にトップだったのに、ここではうまくいかない」と嘆く声もよく聞かれます。

AAJでは、こうした不安や困難を抱えうる学生のサポートをするため、さまざまな取り組みを行っています。その1つの「メンター・メンティー」制(詳しくは2019年度専門家レポートを参照)では、メンター教員が学生と定期面談を行い、個別指導をしていますが、わたしたち教員ができることには限りがあります。そこで2020年度は、新たな取り組みとして「2年生の先輩の話を聞く会」を実施しました。この会は、2年生の先輩を招き、学習面・生活面の体験談を聞くことで、今後の勉強や2年間の学生生活に役立てることを目的としています。

先輩からは、漢字・聴解の勉強の仕方、一週間の過ごし方についてのアドバイスのほかに、役に立つ学習アプリやアニメの紹介もありました。また、「他の人と比べない」、「自信をつける」ことが大事といった話など、1年間がんばってきた先輩だからこそ伝えられるアドバイスや情報は、教師から聞く以上に実感のわくものだったと思います。1年生からは、「2年生になった時の心の準備ができた」「先輩は思っていたより話しやすかった」などの感想が寄せられ、モチベーションアップだけでなく、普段あまり交流のない先輩とのつながりが持てたことも大きな収穫となったようです。

学生が抱える問題は一人ひとり違います。幸いなことに、AAJには大先輩のマレーシア人教員、先輩学生など、たくさんのロールモデルがいます。自分の悩みを身近なだれかと共有をすることで、自分なりの解決策を見つけ、2年生へと進む自信につなげてほしいと思います。

<2年生>

『教科の日本語1920版』
『教科の日本語1920版』

2年生になると、日本留学試験対策がコースの柱の一つとなります。毎年11月に実施される日本留学試験は、学生にとって希望の大学に進学できるかどうかが決まる重要な試験です。学生は、日本語の試験だけでなく理数科目も日本語で受験しなければなりませんが、そのときにネックとなることの一つに、理数科目の問題文で使われる日本語の難解さが挙げられます。例えば、次のように構文が複雑な問題文が出題されることも珍しくありません。「Bに大きさIBの電流を流した場合、Pでの磁束密度(magnetic flux density)は、Bに電流を流さない場合と比べて大きさが1/4倍となり、向きは変わらなかった」(『平成23年度日本留学試験(第2回)試験問題』より一部抜粋)

試験に限らず、普段の理数科目の授業においても、マレー語や英語であれば理解可能な理論や公式が、日本語が理解できないために分からなくなってしまうというケースは多くの学生が経験しています。これについて学生にアンケートをとったところ、学年全体の約6割から日本語教員に理数科目の日本語のサポートを求める声が聞かれました。

このような状況を踏まえ、日本語科では2020年度に、理数科目のテキストや授業で使用される頻度が高い語彙・表現をまとめた『教科の日本語』という冊子を作成しました。また、理数科の新任教員に対して、学生にとって分かりやすい日本語のレクチャーを行ったり、理数科の授業を見学して具体的なアドバイスを行うといった取り組みも行っています。

日本語の授業で扱う日本語だけでなく、理数科目で使われる日本語の理解をサポートすることは、理数科目そのものの理解を助け、ひいては日本での留学生活を充実させることにつながる大切なことだと思います。今後も、日本語科と理数科の教員が連携を図りながら、より有意義な取り組みを行っていければと思います。

出典
『平成23年度 日本留学試験(第2回)試験問題』独立行政法人日本学生支援機構編p.78

参考文献
Satoko Hamamoto, and Fumie Ishimatsu, Japanese Language Problem in Science Subjects Teaching at RPKJ: A Preliminary report through the questionnaire, Jurnal Bahasa dan Budaya Jepun, Universiti Malaya, 2020

What We Do事業内容を知る