世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)なぜ学び、なぜ教えるのか

ウクライナ日本センター
藤崎 泰典

ウクライナにおける日本語専門家の仕事は、ウクライナ日本センターの運営業務(会計業務を含む)が中心になりますが、同時に地方の日本語教育活動に対する支援も含まれます。そこで、今回は地方への教育支援活動の例としてランゲージキャンプを紹介します。

ウクライナの地方都市(ハリコフ、ドニプロ、オデッサ、リヴィウ)には日本語プログラムを持つ大学が点在していますが、日本語教師として専門的な訓練を受けた日本人講師はおらず、現地で教えているウクライナ人講師も助言を得ることができないため、教え方が一辺倒だったり、日本語教育に関するリソースも不足してしまいます。

こうした状況を踏まえ、2018年7月2日から6日までの5日間、リヴィウ工科大学の協力のもとランゲージキャンプを行うことになりました。キャンプと言っても、野外活動をするということではなく、この期間「日本語漬け」になって日本語を学ぶということです。参加者は同校で日本語を勉強している学生28名です。キャンプのプログラムですが、午前中は国際交流基金が作成した教材『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)を使いながら会話練習をしました。午後は日本語能力試験の内容を紹介しました。また、日本文化を体験するため、着付けもしました。色とりどりの浴衣を着て街中を歩かされ、はじめは学生達も「人生の中で一番はずかしい!」と話していましたが、しばらくすると、カメラに向かってポーズをとりながら、思い思いに日本文化体験を楽しんでいました。

また、このランゲージキャンプに参加したのは学生だけではなく、リヴィウで日本語を教える先生も参加しました。現地のウクライナ人の先生は会話の授業を苦手にしていると聞いたので、キャンプの前日に『まるごと』を使った会話の授業の教え方のワークショップを行いました。そして、キャンプの期間中に一度は授業を担当してもらいました。

初めての多読に挑戦する学生たちの写真
初めての多読に挑戦する学生たち

着付けをした学生たちの写真
着付けをした学生たち

<<反省点>> クラスは、レベルを3つ(初級・初中級・中級)に分け、授業を行いましたが、早い段階で、初級の学生の顔に疲労感が見え、五日間のプログラムを修了できない学生も出ました。「日本語漬け」というのは聞こえはいいですが、イマージョン研究で報告されているように、初級の学生には精神的な負担の方が大きいということが分かりました。次回は、中級向けのプログラムをもっと充実させるべきだと感じました。また、ワークショップをして、現地の先生方に授業をしてもらったのは良かったのですが、授業をみてフィードバックを与えることができなかったので、次回は日本センターからベテランの専任講師を連れて行き、フィードバック等のメンタリングができるようにしたいと思います。

<<まとめ>> ランゲージキャンプはふたつの意味でよかったと思います。ひとつ目は、これまでキエフの教師の計画に依存していた地方の教師が自分たちの大学でも何かしてみたいと思えるようになったことです。ふたつ目は、日本センターの今後の活動の方向性を示せたことです。キエフにいる日本センターの専門家や講師を中心に蓄えられてきた日本語教育に関する知見は日本センター内部で生かされることはあっても、外部に生かされることはありません。今後は、キャンプ等を通じてもっと日本センターの教師と地方の教師の交流が生まれればと思います。

なぜ学び、なぜ教えるのか。

2年前の4月に赴任して、この平成最後の4月にウクライナで3回目の春を迎えることができました。然し、この2年間の任期中にウクライナの社会状況は良くなるどころか、2018年の国際通貨基金(IMF)の報告によると、国民一人当たりのGDPは2,964USドルまで低下し、これまで最貧国であった隣国の小国モルドバを下回り、ヨーロッパの最貧国になってしまいました。かつてはソ連邦を構成する国々の中でもバルト三国と並んで豊かだと称されたウクライナですが、現在は見る影もなく、人々は国外へ移住することを求め、人口は5,200万人から4,600万人に減少してしまいました。日本語教師の離職も後を絶ちません。こうした不毛とも思える状況の中で、日本語専門家として、「なぜ日本語を学び、なぜ教えるのか」と何度も考えさせられました。「日本語教育にはどんな意味があるのだろうか」と。また、最近、私は学習者に「人の話を聞く」「規則を守る」「相手を思いやる」といった「正義感覚」を養ってもらいたいと考えるようになりました。今後の日本語教育の発展のためにも、この国の未来市民を育成するためにも、リヴィウでのランゲージキャンプに参加した学生が日本語学習や日本文化体験を心から楽しんだように、若い世代が外国語教育を通して「正義感覚」を養うことが長期的な課題の解決になるのではないかと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Ukraine-Japan Center "UAJC"
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ウクライナ日本センター(UAJC)は、キエフ工科大学(KPI)内に事務所が設置されており、主に日本語教育事業、さらに文化交流事業を行っている。図書館も併設されており、1万2千冊ほどの蔵書がある。日本語専門家は、当センターの日本語講座の企画・会計業務を含めた運営、センターの授業を担当する他、現地教師指導や研修などコンサルトタント業務も実施する。適宜、必要に応じてウクライナ日本語教師会に対して側面的支援も行う。また、ウクライナの地方都市に点在する日本語教育機関に対しても、要請があれば教育支援と学習者奨励活動を行っている。
所在地 37, Peremohy Ave. NTUU "KPI", 4th fl., Kyiv, 03056 Ukraine
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2006年
What We Do事業内容を知る