総務部拠点管理課 加藤 華子の写真1

“未知や不知に触れられる機会を探したり作ったり、たくさんの気づきを重ねた先にある景色”

キャリアパス
日本語教育支援部さくらネットワークチーム(約1年) →日本語事業部事業第2チーム(約1年) →アジアセンター日本語事業第1チーム(約2年) →在上海日本国総領事館出向(約3年) →総務部拠点管理課

Q1.国際交流基金(JF)への就職を志した理由は?

元々公務員を志望していたのですが、文化芸術や教育分野に関心があり、文化政策について調べるうちに文化交流やJFのことを知りました。思い返すと子供の頃からさまざまな国に行く機会に恵まれ、海外に行ったり外国の方と話すなかで、世界で日本がどう見られているかも意識していたので、日本の国際文化交流機関であるJFで働いてみたいと思うようになりました。

茶道裏千家・千玄室大宗匠による日中平和友好条約締結40周年記念献茶式の写真
日中平和友好条約締結40周年記念で行われた茶道裏千家による献茶式別サイトへ移動します

Q2.現在はどんな仕事をしていますか?

アジアセンターの同僚との写真
アジアセンターの同僚と

現在は、JFの海外事務所の運営を日本から後方支援する部署にいます。毎年度の予算計画の相談に始まり、予算の送金や経理簿の確認、現地スタッフの採用や事務所が行う事業の評価、更に海外事務所に関する他部署や外部からの照会対応等々…
専門的なことはJF内外に相談しますが、海外事務所運営の本部窓口として関わる分野は多岐にわたります。どの事務所にも共通の定型作業も多い一方、事務所や国・地域ごとの事情も多く、更に海外事務所では2~3人という少人数の職員が他業務も兼務しながら対応するので、極力事務所の負担を増やさないよう、効率的かつ臨機応変な対応を目指しています。

Q3.JFで働くやりがいとは?

国際文化交流という点では、事業参加者や関わった方が新しい世界を知り変わっていく姿を見たとき、また私たちの企画や働き掛けがきっかけで新たなネットワークが広がったり次の企画に繋がったと知ったとき、とくに嬉しく感じます。

一方、いわゆる文化交流事業に関わらなくても、さまざまな分野で活躍されている専門家に出会えたり、同僚にも海外経験や文化芸術など何かに詳しい人が多く、そのような方々とご一緒し多くを学べることもJFで働く魅力の一つだと思っています。

欧州各地から日本語教育の専門家が集まり、ネットワークの広がる場になる様子の写真
欧州各地から日本語教育の専門家が集まり、ネットワークの広がる場になる欧州日本語教育研修会別サイトへ移動します

Q4.これまでのキャリアで、忘れられない仕事は?

中国手話を学んだ日本人留学生と南京の聾唖の学生による日中学生手話交流の様子の写真
中国手話を学んだ日本人留学生と南京の聾唖の学生による日中学生手話交流別サイトへ移動しますも忘れられない事業の一つ

予期せず関わったものほど自分の視野が広がり、忘れられない経験になっていると感じます。

例えば上海は、中国語専攻や留学経験のなかった私にとって予想外の赴任先でしたが、隣国や世界に対する自分の無知を自覚し、上海の親日ぶりや中国との交流の広さ深さに圧倒され、中国の方々に多くを教わるかけがえのない経験になりました。また、総領事館という立場ゆえに出来ることもあれば、その立場ゆえの制約もあり、文化交流の難しさと大切さも身をもって学びました。

他にも、日本語パートナーズ別サイトへ移動しますの危機管理強化にあたり行った東南アジアの医療機関視察や、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた頃に総領事館で垣間見た邦人援護業務別サイトへ移動しますも、文化交流からは想像しにくいですが国際交流の土台を支える仕事であり、強く印象に残っています。


領事館の広報業務では、日本の様々な面をSNSで紹介の写真
   領事館の広報業務では、日本の様々な面をSNS別サイトへ移動しますで紹介

Q5.今後のビジョンは?

上海では領事館員として来賓挨拶を述べる機会も多くあった様子の写真
上海では領事館員として来賓挨拶を述べる機会も多くありました

今関心のあることだけでなく、今は関心のないことや知らないことに触れる機会を持ち続けていきたいです。

これまでさまざまな交流に関わり、異なる価値観に触れることで予期せぬ気づきが得られる交流の面白さを感じてきました。一つ一つの気づきは小さくても、いくつかが結びついて新たな展開や学びに繋がることもあります。人との交流に限りませんが、仕事を通しても個人としても、未知や不知に触れられる機会を探したり作ったり、たくさんの気づきを重ねた先にある景色を見てみたいと思っています。