日本語国際センターについて

2007年8月10日 平成19(2007)年度 海外日本語教師短期研修(夏期)特別講義『日本の職場のミステリーと日本式意思決定』

講師:松尾修吾(日本語国際センター所長)

場所:日本語国際センター佐藤ホール

『地球を、開けよう。』Blog公式Blogでは、海外日本語教師短期研修(夏期)について紹介しています。

松尾修吾氏の写真 日本語国際センターの研修プログラムでは、日本語・日本語教授法等、教室内での授業だけではなく、日本の文化事情を知るための様々な企画(書道、生け花、着物の着付け、歌舞伎観賞、相撲観戦、東京探訪、ホームステイ、研修旅行(日光、京都、広島等)等を行っています。平成19年度夏期短期研修では、これらに加え、日本で長年働いてきたビジネスマンの生の声を聞く機会として、当センター・松尾修吾所長による特別講義『日本の職場のミステリーと日本式意思決定』を行いました。

松尾所長は、当センター所長である一方、現在、株式会社オフィス松尾代表取締役社長、独立行政法人国立科学博物館監事等を務めています。もともとは、1961年ソニー株式会社に入社、1966年CBSソニー株式会社に移りソニー・クリエイティブプロダクツ社長、ソニー・ミュージックエンタテインメント代表取締役社長・会長を歴任しました。その間にも(社)日本レコード協会会長、(財)音楽産業・文化振興財団理事長等を経て、現在も日韓文化交流会議副座長、(財)音楽文化創造の理事等を精力的に務める等、日本の経済界、そして音楽界の第一線を歩んできた人物です。

以下、2007年8月10日に行われた特別講義の内容を一部、ご紹介します。


地理的要因からできた基本的な風習−日本人の社会は「ぎゅうぎゅう詰め!」−

研修の様子の写真1 まず、日本の人口密度を他の国々と比べてみましょう。
日本の国土は、ドイツ、ノルウェー、フィンランド、コンゴ共和国とほぼ同じ。イラクより少し小さく、マレーシアより少し大きい。一方、各国の総人口を見てみると、日本とほぼ同じ国土面積をもつ国々は、ドイツ(8,200万人)、ノルウェー(449万人)、フィンランド(513万人)、コンゴ共和国(302万人)ですが、日本は約1億2000万人もいるのです。これだけ見ても、日本の人口密度の高さは歴然としています。しかも、日本の国土の約70%は山地であり、残りの30%の土地にこれだけの人間がぎゅうぎゅう詰めになって生活しているのです。つまり、地理的なベースとして、“人と人との距離が近く、そんな中、みんなで仲良くやっていかなくてはならない”という環境がまずあったのです。大変に込み合っていますから、仲良くすることがとにかく重要なのです。


研修参加者たちの事前アンケートに見る外から見た「日本人についての不思議」

事前に書いてもらったアンケートを読むと、各国で日本語教師をなさっている研修参加者の皆さんたちは、「日本人の日常生活や文化」「天災がこんなにも多い中で経済発展を遂げた理由」「古い文化と新しい技術とが共存している不思議」等、日本についての疑問をたくさん挙げてくれました。とかく、日本人は「難しい」「あいまいだ」「分かりにくい」と言われることが多いのです。これから具体的にお答えしていきましょう。 Q: なぜ日本人は相手の目を見ないの? A: 日本には「伏し目」という言葉があります。昔の武家社会にあっては、「目と目が合う」ということは、斬り合いの瞬間を意味することさえあるほど、緊張感を伴うものでした。特に身分の高い人の目を見ることは大変無礼な作法とされ、日本人は知らず知らずのうちにアイコンタクトを控えるようになりました。目を敢えてそらすということ、伏し目にするということが、「相手を傷つけない」「相手に対して丁重に接する」という意思表示でもあったのです。従って、特に顧客などと話をするときは少し視線を弱くした方が相手もリラックスでき、商談がうまく進んだり、逆に相手の信頼を得ることがあります。 Q: なぜ日本人はくっつきたがらないの? A: ヨーロッパ等の外国の人々はさかんに抱き合ったり頬を寄せ合ったりしますが、日本人はそうした人たちと接するとき、つい後ずさりしてしまうことがあります。これが誤解を生み、外国の方々から「何か後ろめたいことがあるのか」「自分と近寄るのが嫌なのか」と思われてしまうのです。しかし、これは日本人にとっては、そもそも「相手と距離を置くのが礼儀にかなった作法だ」という古い文化習慣が身についているからなのです。「頭を下げる」という挨拶の仕方が、日本人のこういう作法を作る要因のひとつであったかもしれません。 Q: 日本人はくっつくのを嫌がるのに、なぜ通勤ラッシュの電車には平気で耐えられるの? A: 確かに不思議なことですが、日本人は、知らない者どうしであれば近づいても平気なのです。逆に、知り合い同士、親しい者同士だと、距離を置き、控えめに振る舞うのです。 さて、ここからは、特に日本人の「仕事のやり方」についての質問に答えていきます。 Q: なぜ日本人はYes, yes, と言うの? A: 商談の場で、外国の取引先との打合せで日本人はよく“Yes, yes”というため、取引先の相手はてっきり日本側は話を了解しているものと思ってしまうが、結局「後ほどご連絡します」と言われてしまい、実は了解を得ていたわけではなかった、ということがよくあります。これは単純なことで、日本語で「はい」という言葉は英語の”Yes(承諾)”の意味をもつと同時に、単に相槌を打つときに使う言葉でもあるからなのです。日本人は子供の頃から「話しかけられたら『はい』と返事をするように」としつけられていますので、相手の話を聞いているときに「あなたの言うことを聞いています」「あなたの言うことの意味が分かります」という意味で「はい(Yes)」と言うのです。また、日本人は相手の感情を害さないように大変な努力を払いますので、できる限り“No”という言葉は使いません。だから、これは日本人同士でもよくあるやりとりなのですが、日本人が「考えておきましょう」と言うときは、95%“No”だと考えた方がいい、とさえ言われます。「やりましょう」と言えば、ほぼOKです。 Q: なぜ日本人は仕事が終わってもなかなか帰らないの? A: これもよく日本の職場のミステリーとして語られますが、実は、日本では「一人で仕事を決めない」という風土があるのです。担当者に与えられる決裁権(決定権)が諸外国に比べて比較的狭く、物事を決めるには社内のコンセンサスを必要とします。ひとつのプロジェクトを完成に導くために必要なあらゆる部門、そして管理する立場の人の承認まで得なければ進行できません。あらゆるリスクをつぶし、必要ならばたたき台を改善して初めて公に決裁し、ようやくプロジェクトが動き出します。このように、良くも悪くも、前もって各方面と打ち合わせておき、関係者みんなの合意を得た上で決定の場へ持っていき、「一体で動く」ということが日本では重要とされています。仕事の後に飲みに行ってまで仕事の話をしたりして、面倒な風習のように思えますが、このようにして和を保った上で決められた後の結束力、実行力はすごいものがあり、全体で決まったときはすばらしいスピード、正確さで仕事が進められていくのです。「和ともって尊しとなす」それが日本の仕事のやり方です。


日本人の『外から取り入れ、内に活かして自分のものにしていく力』

研修の様子の写真2 日本人は、与えられた仕事を正確にこなすということについての「誇り」を持っています。ノウハウを海外から取り入れて、日本的な方法でやっていく。「真似するのがうまい」とよく言われますが、良くも悪くも、新しいものを持ってきて日本式の創意工夫をこらして自分のものにしてしまうのが得意であることは確かだと思います。自分たちの工夫によって良い製品を作ることができた喜びはとても大きく、それがさらなる効率アップにつながっていくのです。日本人は本来、労働意欲・勤勉さ・帰属意識・仲間意識・「恥」と「誇り」の思想を持っており、古来からあった日本の制度とか日本人のものの考え方を基盤にした上で外国の良いところを進んで取り入れて日本的なやり方で運営を進めてきたからこそ日本の産業が発展し、日本製品の評価も高まりました。日本人の気風に合った制度をとり入れ、社員の帰属意識を高めたところにあるひとつの目標を掲げると、“みんなで力を合わせて頑張ろう”という意識を皆が持つようになります。「働かされている」という意識がなくなり、仕事に対する意欲がわいてきて、次の仕事への励みにもなるのです。「力を合わせて皆でやる」という団結力こそが日本人の大きな特徴であり、日本人がよく働く原因でしょう。

私も若い頃から実にいろいろな仕事を次々にさせられてきました。ソニー社からソニー・ミュージック社に移って音楽を中心にソフトビジネスの世界で働くなどということは自分では考えられなかったことですが、上から与えられた専門をこなしていくうちにその分野の知識やノウハウを修得していくことは私にとって楽しくて仕方がないことで、大きな喜びでした。仕事が面白くて寝るのも惜しい、そんな毎日を送ってきました。新たな分野で働くということは、それだけ勉強をしなくてはなりません。マーケティングや大衆心理学、市場調査、市場予測、統計的管理法などいろいろなことを学び、それらが次の新しい仕事で役に立ったときの充実感は何ものにも替えがたいものがあります。

「日本のビジネスは分かりづらい」、そう言われたときに、外国の方々に理解していただく努力をすることはとても大事なことです。また、「物事をはっきり言わない。日本人は自分の正当性を主張できないの?」「あんなに人に気を遣う日本人が、海外旅行に出た途端に態度が変わるのはなぜ?」等、海外の人々からの声に日本人が耳を傾ける必要も大いにあると思います。

私の話が分かりづらかったとしたら、それは私が日本人だからかもしれません。午後3時という一日で一番居眠りしたい時間帯に参加してくれ、一人も寝ずに私の話を熱心に聞いてくださって、感謝します。ありがとうございます。

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