日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第52回

日本語・日本語教育を研究する
このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究について情報をおとどけしています。

Sacred Hearts Academy 教員 尾関 史

海の向こうの継承語教育—ハワイで日本語を学ぶ子どもたち—

1. はじめに—ハワイの継承語教育の今—

今、世界各地で日本や日本語とつながりをもつ子どもたちが継承語として日本語を学んでいます。しかし、その教育目的や教育方法、教員養成などは確立しているとは言えず、各々がそれぞれの現場で奮闘を続けています。子どもたちはどのように日本語を使ったり、学んだりしているのでしょうか。また、どんなことばの教育が求められているのでしょうか。ここでは、複数の言語や文化が街にあふれるハワイの現場から、継承語教育の様子を見てみたいと思います。

移民の歴史を持つアメリカでは、古くから継承日本語教育が行われてきましたが、2001年のアメリカ同時多発テロ以降、政治・経済的理由で継承語教育の重要性が強く認識されるようになりました(ダグラス・知念2014)。アメリカにおける継承語学習の場として代表的なものは、補習校・継承日本語学校・現地校ですが、そのうち、現地校の外国語としての日本語のクラスで学んでいる場合がほとんどです。そこでは、継承語学習者のための特別なカリキュラムが組まれていることもあれば、そうでない場合もあります。また、大学では継承語学習者のためのプログラムがあるところも出てきています。一方、もう一つの学びの場である補習校では、近年、学習者の多様化が言われています。具体的には、帰国予定のない永住・長期滞在の生徒たちが増加しています。継承語学習者の多くもここに含まれます。そのため、モノリンガルの規範から行われる国語教育の内容が子どもたちの実態にそぐわなくなってきています。そして、補習校における新しいコースの誕生や新しいタイプの学校の出現がみられるようになっています。

では、ハワイはどうでしょう。ハワイも古くから移民の歴史を持っていて、戦前に米国で初めての継承語教室が設立されるなど、継承語としての日本語教育が長く行われてきました。そして、日本につながりのある人々やその家族、子孫たちが今も数多く暮らしています。そのような人々は日系人と呼ばれ、今や3世や4世、5世の日系人たちが中心となり、社会で活躍しています。また、仕事や留学、移住といった理由で日本からやってきて、暮らしている人々も多くいます。このように、ハワイには日本とのつながりを持つ多様な人々が暮らし、日本語を使ったり学んだりしています。ハワイでは、中等教育機関のほとんどの学校で必修選択科目の一つとして外国語クラスがあり、日本語はその中の一つです。継承語学習者に特化した日本語クラスはいくつかの私立校に設けられているのみで、大半の生徒たちは通常の日本語クラスで日本語を学んでいます。そのほか、補習校や日本語学校、個人で行われている継承語教室もあります。

2. 言語ポートレート活動—ハワイの日本語クラスで学ぶ若者たち—

わたしはこれまで、ハワイの日本語学習者の多様性を捉え、日本語教育のあり方を探るため、現地の高校の日本語クラスにおいてインタビューや授業実践を行ってきました。ひとたび教室に入ってみると、おじいさんやおばあさんと日本語で話したことがあるという生徒、家で親と日常的に日本語を使っているという生徒、日本のアニメに興味があり、毎日、日本語でアニメを見ているという生徒など、生徒と日本語のつながり方は実に多様なことがわかりました。尾関(2017)ではこのような生徒たちの多様性を捉えるため、「言語ポートレート活動」を行いました。言語ポートレート活動とは、自身の持つ多様な言語文化資源を人型のイラストに描くことで、普段、あまり意識することのない複数言語の使い方やそれに対する思いを捉えていくという実践です。

「言語レポート」の画像
図1:言語ポートレート

生徒たちの書いたポートレートを見てみると、それぞれがさまざまな気持ちで日本語を捉え、さまざまな場面で、さまざまな用途で日本語を使っていることがわかりました。ある人にとっては、自分を心身ともに支える大切なものとして、また、ある人にとっては、友人とコミュニケーションを取るための道具として、またある人にとっては、新たな文化の接触の窓口として、それぞれ自分なりの意味を感じて、日本語を使っていたのです。つまり、日本語と一口に言っても、個々人における意味づけや使用方法は大きく異なっていて、日本語をどのように捉え、使っているかは生徒それぞれの考えや生き方と密接に関わっていることがわかりました。

続いて、尾関(2021)では、生徒たちの言語使用の実態を明らかにするために日本語クラスに在籍する生徒たちにアンケート調査とインタビューを行いました。その結果、「継承語話者」と一口に言っても、日本での生活経験や日本語との接触度合い、言語使用や言語習得に対する考え、言語との距離感において多様性が見られました。また、複言語使用に対する思いにはポジティブなものとネガティブなものが共存していて、それぞれの思いには他者との関係性や他者からの眼差しが影響を与えていることがわかりました。生徒たちは、他者との関係性の中で複数言語を自分にとって意味のあるものとして意味づけながら使用していて、その意味づけこそが複数言語を学ぶ意義となり、複数言語使用や彼らの学習を支え、彼らの人生を支えていたのです。このようなことから、ハワイの継承語学習者の背景は非常に多様で、彼らの存在やその教育のあり方を限定的に捉える視点は現実的ではないことがわかります。では、彼らをどのように捉えていけば良いのでしょうか。

近藤(2019)では、「継承語」や「継承語学習者」を定義することの難しさを指摘する一方で、継承語習得を母語習得や外国語習得とは異なるものとして位置づけ、継承語教育のためのカリキュラム開発や評価方法開発などをしていくことが必要だと言います。一方、トムソン(2021)は、これまで使われてきた親から子に受け継ぐという意味合いを持つ「継承語」ということばに代わり、子どもたちと親、家族、友だち、社会との「繋がり」に注目した「繋生語(けいしょうご)」ということばを提唱しています。それは、「親から受け継ぐことばも含めて、親や家族、友だち、社会との繋がりから生まれ、さらなる繋がりを生み、そこで新しい意味を生み出し、その繋がりを次の世代に繋げていくことば」(トムソン2021,18-19)だと言います。祖先からの血縁に限らず、子どもたちの生み出すさまざまな繋がりに注目し、ことばを捉え、育てていく視点は今後の教育のあり方の新たな可能性を拓くものであると言えるでしょう。また、ハワイと同様に複数の言語や文化が混在するヨーロッパでは、複言語複文化主義が謳われていて、一人の人間の中にさまざまなことばが相互補完的に作用し合いながら混ざり合っている状態で複数言語が混ざり合った「わたしのことば」を育てていくことが目指されています。子どもたちのできることや作品を集めたポートフォリオを作成することを通して、子どもたちの「わたし語」を育てていく試みも行われています(チーム・もっとつなぐ2021)。子どもたちのことばを複数のことばや文化を含めたものとして総体的に捉えること、また、周囲との関係性の中でことばの力を捉えていく視点が求められているのです。では、彼らのことばをどのように育てていけばいいのでしょうか。

3.子どもたちの日本語の学びをどう支えていくのか

トムソン(2021)は、補習校の授業内容を日本の国語教育に準じたモノリンガル的な議論にせず、国語教科書から離れ、現地のカリキュラムと連携し、現地校の学習との共通点を見つけられるようなものにすることが大切だと指摘します。また、自分の生活と関連づけられるような授業内容の議論を行なっていく必要性を述べています。子どもたちの学びを現地のカリキュラムや学習、自分の生活とのつながりの中で捉えること、そして、そのつながりを生かし、育てていくことが求められているのです。

また、現在、わたしが行っている実践として、世界各地の複数言語環境で暮らす家族のネットワーク作りがあります。「複言語・複文化子育てネットワーク(通称:ふくふくの会)」として年少者日本語教育を専門とするスタッフが企画運営をし、オンラインでのイベントを数か月に一度行っています。これまで計6回のイベントを実施しました。詳細は以下の表1の通りです。毎回、世界各地から20〜50名程度の参加があり、意見交換をする場となっています。

表1:ふくふくの会 開催イベント一覧
内容
1 家族のことば、どうしてますか?−我が家の場合
2 子どもの声、届いていますか?−絵本を読んで、複言語の子どもの世界へ
3 子どもたちと一緒に日本語の歌を歌ってみませんか?
4 子どもたちの日本語の学び、どうしていますか?−学校・家庭・地域で育むことば
5 どうしていますか?−子どもたちのことばの学び
6 「移動」の中で育む子どものことば

第1回のイベントでは、複数言語環境で子育てをする家族の事例をもとに意見交流をしました。第2回は、複言語で育つ子どもたちの世界を描いた絵本を読み、子どもたちの心に思いを巡らせ、やりとりをしました。第3回では、歌を通して子どもたちのことばを育む活動をしているゲストを呼び、活動の体験と意見交流を行いました。続く、第4回、第5回、第6回では、世界各地で子育てをしている家族からの話題提供をもとに意見交流を行いました。それぞれ、日本、韓国、スペイン、ドイツ、アメリカ、シンガポールと多様な地域からの事例でしたが、地域ごとに異なる部分だけでなく、共通する部分も多く見られ、活発な意見交換の場となっていました。イベント終了後も参加者が会場に残って意見交流を続ける様子が見られ、イベントがゆるやかなコミュニティとして機能していることが伝わってきます。これらのイベントを通して、子どもたちのことばの学びを個々人や家族の中に留めるのではなく、地域やコミュニティのネットワークの中で支えていくことで、子どもたち、親たち、コミュニティとのつながりを生み、つながりの中でことばを育てていくためのネットワーク作りを目指しています。

4.おわりに

これまで、継承語教育というと、親子のつながりとなることばを家庭を中心に育てていくというイメージがありました。しかし、現在、そのような定義では捉えきれない多様な状況にある子どもたちが増えています。そのため、親子の関係だけにとどまらず、友人やコミュティ、そして、広く社会とのつながりの中でことばの力を育んでいく視点、また、日本語だけにこだわらず、子どもたちの持つ複数の言語とのつながりの中で日本語を育てていく視点が今後、必要となるでしょう。そして、彼らの学びを支えるためにさまざまなネットワーク作りが求められています。今後、世界各地の継承語教育の実践やネットワークづくりを参考にしながら、ハワイで子どもたちのことばの学びを支えるネットワークづくりの可能性を探っていきたいと思います。

参考文献:

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