ピッツバーグでの一年

シェーラー・エリア・ハイ・スクール
井口 美紀

ピッツバーグと日本

ピッツバーグはアメリカ合衆国ペンシルベニア州の南西部に位置し、フィラデルフィアに並ぶ州内の主要都市です。かつては鉄鋼生産の中心地として栄えていましたが、現在はハイテク産業、保健、教育、金融を中心とした産業へ転換されました。アメリカ合衆国内で総収入が上位500に入る企業のうち、ハインツを含む8社がピッツバーグ都市圏内に本社を置いています。また、学術都市でもあり、世界的に知名度の高いカーネギーメロン大学や、ピッツバーグ大学をはじめ、多数の大学がキャンパスを構えています。さらに、スポーツの町としても有名で、北米4大プロスポーツリーグのうち、野球、フットボール、ホッケーの3リーグがチームを置いています。ピッツバーグの各地区にはそれぞれ異なる特色があり、飽きることのない、平和で住みやすい町だと感じています。
ピッツバーグでは現在、5つの高校で日本語が教えられています。また、毎年3月にピッツバーグ大学とペンシルベニア日米協会共催の高校生日本語スピーチコンテストが開催されています。今年度は学区内外から8校、76名の学生が参加しました。シェーラーエリア高校からも多くの学生が参加し、上級の第一位、中級の第一位、第三位にシェーラーエリア高校の学生が選ばれました。地域の図書館で毎週無料の日本語クラスが開かれており、日本語教育が比較的盛んな都市です。一方で、ピッツバーグ内の日本語プログラムがある学校では、日本語教師の定年退職や予算の問題によって日本語のプログラムが排除されてしまうかもしれないという問題があります。

シェーラーエリア高校

シェーラーエリア高校はペンシルベニア州のピッツバーグに在る公立高校で、約1700人の学生が在籍しています。外国語科目の中で日本語の他に、フランス語、ラテン語、スペイン語を履修することができ、83人の学生が日本語を履修しています。レベルは1から5まであり、各レベルごとの学生数は、レベル1:11人、レベル2:28人、レベル3:26人、レベル4:12人、レベル5:6人です。授業では、教科書を使うのではなく教科書を元にテーマを決め、文化的内容を含んだ様々なアクティビティーをしながら学生が楽しく学べるようにしています。例えば、節分の日には、リードティーチャー(以下、LT)が鬼になって豆まきをしたり、恵方まきを作って食べました。私の主なアシスタント業務は、宿題のチェックやテストの採点、教材作成、授業に遅れている学生のサポート、会話モデルを見せること、漢字を教えることです。また、シェーラーエリア高校には全米日本語優等生教会という、一定の条件(成績、ボランティア活動歴など)を満たした学生だけが所属できる全国規模のクラブがあり、在籍する学生達は放課後に日本文化を体験する活動をしています。昨年は、日本の映画鑑賞をしたり、日本料理(肉じゃが、たこやき、おにぎり、カボチャスープなど)を作ったりしました。

地域での活動

学校外での活動は、主に地域の図書館で行っています。図書館ではボランティアによって運営されている日本語クラスがあり、そこでクラスの運営補助をしています。また、そこで「ともだちフェスティバル」という子供向けの日本のイベントが行われた際は、シェーラーエリア高校の学生達にもボランティアに参加してもらうように声をかけ、集まってくれた約20人の学生達と一緒におにぎりを提供するボランティアを行いました。 また、ピッツバーグ大学では日本語の授業が開講されており、授業見学をさせていただきました。高校生のレベルとあまり差が無いように感じましたが、同じレベルでも高校での授業とは全くやり方が異なり、とても勉強になりました。

1年目を終えて

去年、広島を出発したことを思い返すと、この1年は私の人生の中で1番時の流れが速く感じ、変化の大きい1年だったと思います。私は大学を卒業した年にJ-LEAPに参加しました。実際に学校の教壇に立って教えた経験も、社会人として働いた経験すらまともにない私にとって、日本語アシスタントティーチャー(以下、AT)として働くアメリカ生活は全てが新しく、毎日が勉強の1年でした。教育現場での実践を通して、教えることのやりがいと難しさを感じました。学生に日本語の授業を楽しんでもらうには、たとえ自分では分かっていると思っている内容であっても予め準備をし、説明ができるように自らがよく理解しておくことが必須で、さらに、教師としての振る舞い方や学生とのコミュニケーションも大切だと経験しながら学ぶことが出来ました。この1年を通して、成功したこともありましたが、たくさん失敗もしてきました。2年目では1年目の経験を活かし、より楽しく、分かりやすい授業をLTと作っていきたいと思います。 また、日本語を通して学生や地域の人々とつながり関わっていく中で、私が日本語を教える以上にたくさんのことを教えてもらいました。2年目の大きな目標は「任期が終了した後でも、残るものを作る」ということです。日々の授業をよりよいものにしていくだけではなく、任期が終了した後にもLTが授業で使える教材やアクティビティー、放課後に出来る文化活動を自ら提案していきたいと思っています。

  • 派遣先での写真1
  • 派遣先での写真2

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