「日本文学の魅力」
ミンミンテイン(ミャンマー)

執筆者の顔写真 下記のことは翻訳家としてではなく、日本の小説を読むのが好きな日本語学習者かつ日本語教師のひとりとして書いたものである。

 日本語の勉強をはじめて中級レベルになったとき、教科書に載っている『稲村の火』という津波に際しての出来事をもとにした物語を読んだ。この物語が私に日本文学に興味を持たせたと思う。その時は文法と語彙の勉強のために使っていたが、内容が素晴らしいので、勉強のためだけに読んだというよりも、主人公の親切さや素早い判断力に感心したと記憶している。そこから教科書に出る読み物を興味深く読むようになった。(日本語を勉強始めたころは教科書以外に日本の読み物が読めなかった。)ある日、古本屋でたまたま見つけた小説が私の日本文学に対する興味をさらに深いものにした。『誰も知らない小さな国』という文庫本だった。

 最初は言葉の勉強として読み物を読み始めたが、やがて教科書レベルのものから小説や物語まで読めるようになった。日本語の読み物をもっと読みたかったが、教科書以外の本はなかった。しかし、教科書の物語や小説は有名な作品なので、日本の読み物に飢えている自分にとっては小さなオアシスだった。自分はどんなところに興味あるのかわからないまま、また自分が好きなジャンルを選べるチャンスもなかったが、様々なジャンルの本を読むことができた。それが原因で、日本文学そのものが好きになったと言えるだろう。

 日本文学を読んで初めて、小説といえば恋愛という考えは変わった。なぜかというと、自分の国では小説はほとんど恋愛小説が多いのに対して、自分が読んだ日本の小説は、人情を大切にすることをテーマにする『蜜柑』や元気を与えてくれる小説、正義の味方のような人物が出てくる『走れメロス』のようなものが多かった。それが、日本文学の特徴であり、自分が日本文学を読むのが好きになった一番の理由だと思う。また、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』や『杜子春』には宗教的な要素がみられるが、人間の複雑な感情が細かく書かれているので、読む人に道徳について教えてくれる作品だと思う。『山椒大夫』、『高瀬舟』、『走れメロス』のように、当時の時代背景と制度の良くない部分を示すとともに、困難を乗り越える人間の力、生き方、人情を表す作品は多くある。これらの作品は日常生活から離れることなく、昔も今も人間のもともとの姿が見られる。現代の小説も現代の社会生活の中での人間関係や、人間的な感情を描く作品が多いようである。時代背景が違うので、描かれた社会問題などは昔と違いはあるが、日本文学の描写は基本的には大きな変化はないようにみられる。しかし、現代の作品には競争の激しい社会、忙しい日常生活、うまくいかない人間関係など現代社会を反映する傾向があり、そのような社会で頑張って生きること、困難を乗り越えることを描くのが現代作品の共通点だと思う。たとえフィクションの作品であっても、現代社会の厳しさが反映されている。

 昔は教科書や数少ない場所でしか日本文学を読めなかったが、インターネットが普及し、日本の読物が好きな日本語学習者が無料で楽しめるようになった。動画サイトの朗読動画でも名作を含め幅広いジャンルの日本文学が楽しめる。中には電子書籍を購読する人もいる。手に入れるのが難しいからかもしれないが、若い人でも、昔の文学が好きな人もいれば、現代の文学が好きな人もいる。

 ミャンマーの若者の間では特に住野よるの作品が人気で、アニメを見る人もいれば、小説を読む人もいる。若者を主人公にし、日本語中級レベルぐらいで読める内容なのが人気の一つの理由だと思う。しかし、日本文学を読む人より、アニメを見る人の方がずっと多い。それは、小説の購読は難しいこと、アニメは見たいと思ったらすぐ見られること、文字を読むよりも動画を見ながら聞くほうがわかりやすいからだと思う。アニメと言っても、小説や漫画をアニメ化したものが多いので、間接的には日本文学はある程度ミャンマーで人気があるといえるだろう。また、中級レベルの日本語の授業で短編小説を使ってみたら、「もっと読みたい」、「どうすれば日本語の読み物が読めますか」などの声が聞かれ、生徒が日本文学に興味を持つようになった様子も見られる。

 日本語学習者だけでなく、数は少ないが、日本文学の翻訳ものを読む人もいる。それは日本語から直接翻訳されたものは少なく、英語からミャンマー語に翻訳された作品が多い。活字を読む人が少なくなった今の時代では、本があまり売れないことが問題になっており、売れないので出版の数が少ないのはどの分野においても共通の問題だと思う。

 私が日本文学を読み始めたときは、選べるチャンスはなかったが、今では昔より選択ができるようになった。私は最初は文字の読みやすさ、それから自分が好きそうな内容を選んで読むようになった。推理小説や家族小説、人間関係を描く作品が次第に好きになり、そのような内容で、かつ手に入れることができるなら読むことにしている。読み重ねると、作家それぞれの書き方のスタイルがわかるようになり、作家を選んで読むようになった。最近は角田光代、荻原浩、小池真理子の作品が気に入っている。角田光代の作品は、私が知っている限りでは主人公は女性が多い。立派なことや偉い人のことを書くのではなく、普通の生活を送る普通の人の感情を描く。リアルな社会の描写と繊細な描写で、どの部分も読み残すことはできない。難しい言葉は使わないので、日本語中級レベルで読める。この前たまたま動画サイトの朗読で荻原浩の『海が見える理髪店』を聞き、もっと読みたい気になった。しかし、朗読を聞ける作品は限られており、電子書籍を購入して続きを読むしかないが、自分の端末ではうまくできない。前は通販サイトで紙の本の購入はできたが、今はこちらに送ることができなくなった。

 田口ランディの『逆さに吊るされた男』は重い内容であるが、真実を基にしたフィクションで、宗教から残酷な犯罪への扇動は何かのメッセージが込められていると思う。人が人を操って残酷な犯罪をできなくなるよう、この作品を私が翻訳して自分の国の人に読ませたいと思っている。ほかにも日本文学にはいい作品がたくさんあるので、自分の国の人にも読ませたいと思い、これから翻訳に力を入れようと思っている。その前に、日本文学を使う日本語の授業を増やすことを考えている。

『落ちない岩』ミャンマー語翻訳版の書影
角田光代『落ちない岩』(ミャンマー語翻訳:ミンミンテイン)

(日本語教師)

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