日本近代文学の中の旅
ジェラルド・プルー(フランス)

執筆者の顔写真 中学校の時フランス語の教師に紹介されたボリス・ヴィアンの『日々の泡』を読んで、彼のスタイルや言語的遊戯に完全に魅了され、文学の魅力と可能性を発見した。自然主義のような、私に見えていた「硬い」文学は、現実を伝える真面目な「メディ」ばかりでなく、現実から(完全に)離れた別世界、私を特に惹きつけた言葉自体が創り上げる別世界が創造され得ることが当時分かった。

 大学で日本語を勉強し始めてから、自然的に日本文学の研究に向いて、文学による別世界の創造を追究することに興味を持つようになった。日本近代文学専門家・ジャン=ジャック・オリガス教授の指導下、まず武者小路実篤の「新しき村」の研究からスタートし、作家による理想郷べっせかい・「新しき村」関連の文学作品を分析して「新しき村」の具体的な生活にのめり込み、文学・文学研究はまさにこれだ!と当時感じた。つまり、日本社会を理解するのに、日本文学が必要であり、すでに認められている文学作品(カノン)や作家を研究することにとどまらず、あまり知られていない「新しき村」関連の、「非カノン」・「反カノン」のような作品や作家を研究することにより、社会のアンダーグラウンド的な変化を明らかにすることになるだろうと思うようになった。そのような研究態度に応じやすい時代は、文学の立場を根本的に問うという「革命的」な大正昭和初期であり、ダダ、新感覚派などの前衛運動、円本の現象など大衆文学発展に特徴づけられた激動の時代だと考えるようになった。さらに、大衆文学の一つのジャンル、探偵小説とその代表者・江戸川乱歩を研究することになり、私の日本近代文学の中の旅が続いたのである。

 江戸川乱歩の文学は、大衆文学の「面白さ」を全面的に押し出していると同時に、大正デモクラシーや昭和初期のエログロナンセンスの一つの「到達点」として見逃すことができないと思っている。フランスの Années Folles, アメリカの Roaring Twenties, ドイツのヴァイマル文化の激しい文化的変化に酷似している昭和一桁の日本文化の変化は、江戸川乱歩の大衆文学作品を読んで研究し、当時の日本に近づけたような気がしている。さらに、乱歩を読むことは、読む楽しさ、読むスリリングさにほかならないと再び実感した。乱歩の読者の私は、読者と密接な関係を作っている乱歩の研究のおかげで、読者と、内容や形式の面で多面的に「遊んで」いる作家たちの大正昭和初期のモダニズム性にあい、探偵小説の限られた範囲を超えて、雑誌『新青年』の風潮に目を向けるようになり、谷譲次・林不忘・牧逸馬、ペンネームを3つ持っているというふうによく紹介されている長谷川海太郎との決定的な出会いに至ったのである。ここで谷譲次風の脱線を敢えて使用して文学における偶然の重要性を強調すれば、私が日本文学を読んだり研究したりするのは、作家や作品との偶然の出逢いと比較してもいいわけで、ここも、出逢いそのもの、そして、読む楽しさも不可欠なことである。

 現在ほとんど忘れられてしまった谷譲次は、菊池寛と並んで大正昭和初期の大衆文学の代表者で、1920年代の間、浮浪者ホボとしてアメリカに4年間滞在したり、『中央公論』特派員として14ヶ月もヨーロッパを隅々まで巡ったり、30年代になって文学モンスターと呼ばれるほど、前半は目まぐるしい、後半は隠遁した生活を営み、昭和10年35歳に急逝した。乱歩著『探偵小説四十年』を研究をしている時、また偶然、谷譲次に出逢ったが、日本語と英語と間言語的な言葉遊び、大衆文学と位置付けられながら前衛文学の実験的な文章、コスモポリタニズムに溢れたテーマと描写、アメリカ的なナンセンスやドタバタを日本文学に取り入れたユーモアなどが、彼の文学の特徴であり、昭和初期の日本文学の多様性や可能性を象徴しているのではないかと思った。実は、日本文学に魅了されるというのも、その魅了を伝えたいこととつながり、その多様性や可能性をフランス語話者に必ず紹介したく、2019年、『Chroniques d’un trimardeur japonais en Amérique』という題で、谷譲次の短編を幾編かフランス語に翻訳し出版した。

 武者小路実篤から、江戸川乱歩、谷譲次へ、私の日本近代文学の中の旅は、これからまだ続くだろう。面白い・意外と思った作品、あまり知られていない、(少し)変わった味の日本文学を研究し、他人に紹介したいと今も強く望んでおり、自分で楽しみたいばかりでなく、他人に楽しんでほしいのである。

執筆者の顔写真
谷譲次『Chroniques d’un trimardeur japonais en Amérique』(ジェラルド・プルー仏訳)、Les Belles Lettres 出版社、2019年。

(CY Cergy Paris Université、准教授)

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