「あなたは日本文学のどこか好きですか」
張苓(中国)

執筆者の顔写真 大学卒業後に大学の教員となり、その後、新経典に入社して15年になる。長年日本語に携わってきたが、私にとってもっとも印象深く、もっとも好きな日本の文学作品といえば、川端康成、三島由紀夫、太宰治、井上靖、遠藤周作といった文豪の作品ではなく、一つの児童文学作品だ。それは黒柳徹子作で、いわさきちひろが挿絵を描いた『窓ぎわのトットちゃん』である。

 大学時代の視聴覚の授業で、先生が日本のテレビ番組『世界ふしぎ発見!』を教材として見せてくれたのを覚えている。番組の中で黒柳徹子が機転の利いたユーモアのある反応をしているのが印象深く、すぐにその芸能人としての彼女を好きになった。のちに仕事で彼女や彼女の作品と多くの関わりが生まれることになるとは、当時は想像もできなかった。

 私は2008年に新経典に入社し、外国文学編集部で働いた。その部門で重要な商品ラインナップとなっていたのが『窓ぎわのトットちゃん』(2003年初版)シリーズで、その中には黒柳徹子の作品だけでなく、母親である黒柳朝の作品も含まれていた。実は、新経典に入社する前から『窓ぎわのトットちゃん』という本のことは聞いたことがあった。その翻訳をしたのが北京日本学研究センター時代の私の同期、趙玉皎だったからである。

 編集の仕事をしながら、私は作品中の母と娘の明るく朗らかでユーモアと愛に溢れた様子にたびたび心を動かされた。彼女たちの作品に複雑で奥深い表現はない。そこにあるのは随所にちりばめられた愛である。人や物事に愛をもって接している。彼女たちが書くのは基本的に自らが経験した出来事であるが、国籍や時代が違っても、つづられた文字を読むと無意識にその世界に入り込み、彼女たちと共に笑い、共に悲しむことができる。物語の中の感情が読者の共感を呼ぶと、読者はその物語を愛し、何度も読み返す。そうしてその本はベストセラーとなるのだ。

 入社2年目に『窓ぎわのトットちゃん』の発行部数が200万部を超えた。その祝賀イベントの準備中や開催期間中、私たちのもとに多くの読者から手紙やメッセージが届き、私は初めて、この本の魅力をより直感的に感じることができた。「理由はうまく言えないけれど、ただ好き」なのだ。

 2012年はちょうど日中国交正常化40周年で、国際交流基金の協力のもと、ちひろ美術館と共同で杭州と広州で「ちひろとトットちゃん展」を開催した。杭州図書館の会場はこどもたちで溢れ、みんなが口々にトットちゃんへの思いを語り、中には一つ一つのお話をそらんじる子までいた。無邪気なこどもたちの純粋な思いはこの本の魅力の表れであり、優れた愛のある作品を国内で出版し、読者に紹介する翻訳出版の意義を感じさせてくれた。

 展覧会の開催期間中にちひろ美術館の副館長であった竹迫祐子さんと知り合った。その時、ちひろ美術館の館長が黒柳徹子であることを初めて知った。竹迫さんは私に黒柳徹子のサイン本を持ってきてくださった。私はその本の扉に書かれていた「愛をこめて」の文字に心を打たれた。そうだ、彼女は愛をこめてこの本を書いたのだ。私たちはそれを読む時、そこに溢れんばかりの愛と誠意を感じ、自らも愛を持って日々の生活や仕事、勉強に向き合うことができる。この愛や感情を互いに与え合い、それらを人から人へ渡っていくことこそ、私たちみんなが必要としているものなのだ。

 2014年に社内の異動があり、私は著作権部に配属された。『窓ぎわのトットちゃん』の日本の版元である講談社やちひろ美術館とのやりとりはさらに増え、仕事の関係で何度も相手方を訪問したことで、自然と多くの『窓ぎわのトットちゃん』に関するエピソードを知り、この本への愛情がより深まっていった。

 2016年7月、安曇野ちひろ美術館に本に登場する電車の教室が再現され、私たちも招待していただいた。そこで私はトットちゃん本人に会うことができた。彼女が口を開いて話した時、私から見た彼女は本の中と同じ、あの小さなトットちゃんだった。『窓ぎわのトットちゃん』の発行部数が1,000万部を突破した2017年、私たちは感謝イベントとして北京・三里屯の書店PageOneで1週間の展示会を行った。イベントの中で司会者がゲストにこの本の印象を尋ねると、誰もが例外なく自分自身が本の中のあのトットちゃんだと感じ、彼女の物語に共感していた。同時に、人々はこの本を夢や幻のようにも感じ、小林校長先生に出会い、トモエ学園をこの目で見たいと願うのだ。

 2018年、『窓ぎわのトットちゃん』を改版した。書籍のカバーは変わったが、本の内容はそのままだ。そこには変わらず愛が満ちている。

(新経典文化有限公司 ライツディレクター)

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