J-LEAPの派遣をふりかえって

ブルーミントン・ハイ・スクール・ノース
前川 紘子

アメリカでの日本語教育

私はアメリカの教育スタイルに、最初は正直戸惑いました。まず一コマ85分と長いこと、そしてブロックスケジュールを採用していて、週の最後の授業から次の授業まで3日以上空いてしまうので学習内容の定着が難しいということです。
私にとってはアメリカの普通高校のカリキュラムの教授、アシスタントティーチャー(以下AT)の立場、また一クラスに2名の教員がいることが初めてで、一からのスタートでした。二人の先生がいることでもっと学生のケアができる、一方が説明している間にもう一方が板書するなどスムーズに授業展開ができる等、学生にとっていいと思いました。また、授業準備段階から二人で取り組むことで、より豊かな活動が考えられますし、教材作りも倍のスピードでできます。私は派遣期間中に新しい教科書のための教案・教材の作成、来年度からのAPのための教材、日本文化紹介(年中行事、日本の高校に関するもの、歴史等について)のPPTもたくさん残すことができました。
ATとしての業務をこなす中で特に有益だったと思うものは、オンラインリソースを利用した様々な教材を使えるようになったことです。日本の教育にどのくらい持って帰られるか分かりませんが、自分の幅が広がったと思います。

授業以外の日本語

アメリカの高校は日本の高校と違い、同じ部活を在籍中ずっとするわけではなく、シーズンごとに変えることができます。そして、各教科でもクラブ活動ができます。
受入機関Bloomington High School North(以下BHSN)の日本語クラスでは、授業以外に日本語クラブやJapan Olympiad of Indiana(以下、JOI)、Japanese National Honors’ Society(以下、JNHS)などの活動をしてきました。日本語クラブでは放課後におもちやたこ焼きなどの日本料理を一緒に作ったり、JNHSでは近くの図書館や地元市場での日本文化イベントや、近隣の小中学校に日本文化紹介をしに行ったりしました。
その中でも特に印象深かったのはJOIです。JOIは日本語大会の様なもので、インディアナ州の中の日本語を学習している高校生たちによって競われます。JOIのための練習ではチームが一丸となって集まって、一緒に勉強している姿が見られましたし、また家で自習してきてから質問するなど、意欲的に日本語に取り組んでいる学生の姿が見られました。またその手伝いができてよかったです。2年目のJOIには残念ながら大雪で会場まで行くことができませんでした。参加者の残念そうな顔が忘れられません。しかし、来年も絶対に参加すると意気込みを話してくれたので、来年に期待したいと思います。

大学の日本語会話クラブ

学校の活動の一環、アドボカシーの一環として、アジアン・フェスティバルなどに参加することがよくありました。個人的な日米間の若者交流としては、私の任地、インディアナ州ブルーミントンには日米交流会のような機関が何もなかったので、近くのインディアナ大学にある日本語の会話クラブによく参加しました。それは日本語を習う大学生たちが自由に日本語や英語を使って会話する場所です。参加して分かったことは、日本語を習いたいと思ったきっかけはゲームやアニメが多いようなのですが、大学で習い始めてからは歴史や伝統文化も好きになったという人がほとんどでした。会話クラブなので、実際に授業をするということはありませんでしたが、そこで知り合った人には個人的に日本料理を教えることもありました。「アニメやドラマで見たことはあったが、実際に作ったり食べたりするのは初めて」という人もいて、本当に少しだけですが彼らの新しい体験のお手伝いができてよかったです。

派遣を通して学んだことと今後

私はJ-LEAPのほかに青年海外協力隊としても海外で教えた経験がありますが、国によって、地域によって本当に教育方針が違うと感じました。自分にとって難しかったのは、教育スタイルの違いを受け入れるということです。どのプログラムで派遣されるにしても柔軟性、許容力が必要だと感じます。他と比べないことは難しいですが、他の派遣者と比べて自分の境遇を嘆くよりも、現状の解決策を見つけていくことが大切です。どんな状況にも対応して、切り替えて自分のやるべきことを達成することがこうしたプログラムで期待されていることだと思います。
私は今後、大学院で専門知識を深めたのち、日本の学校機関で日本語とその他の教科を教えていきたいと思います。そしていずれまたアメリカに戻ってきて、多くの日本文化を伝えていきたいです。

  • 派遣先での写真その1
  • 派遣先での写真その2
  • 派遣先での写真その3

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