緑豊かな州での初めての1年

チーフセルスインターナショナル高校
納土 知樹

The Evergreen State

アメリカのワシントン州は北海道より少し北の北緯47度に位置しますが、地形や海流の関係で穏やかな気候となっています。また、1年の半分以上が雨季のこの州は、“The Evergreen State”と呼ばれ、緑豊かな地域です。州の面積は17万2千㎢、全米で20番目の大きさで、海に面している事から、IT産業のMicrosoft、航空・宇宙関連産業のBoeingなどよく知られている多くの企業がワシントン州にオフィスを構えています。日本にも馴染みがある、CostcoStarbucksの本社もワシントン州にあります。また、日本の企業である、任天堂のオフィスもワシントン州にあり、日本との結びつきも見られます。

ワシントン州には約300の学校区が存在し、教育制度は学校区によって差異がありますが、共通している部分として、5歳から18歳までの義務教育機関の教育目標は「責任感と礼儀をわきまえた国際人となる機会を与える。家族や地域の発展に貢献でき、異なる視点を理解し、生産的で満足のいく人生を送れる機会を与える。(ワシントン州法より抜粋RCW28A.150.210 Basic Education Act, Goal)」(※外務省HP参照)です。

州の日本語教育はとても盛んで、ワシントン州日本語教師会はハワイ、カリフォルニアと同じく、アメリカで最大級の規模を誇ります。日本語プログラムを擁する機関も多く、初等教育から高等教育までで、約70以上の機関で日本語の授業が開講されています。

チーフセルスの日本語クラス

私の派遣校のチーフセルスインターナショナル高校は、1957年に設立され、その後2010年に多文化教育やIBコースを特色とした、インターナショナル高校に変わりました。開講されている言語クラスでは日本語、スペイン語、中国語、そしてアラビア語があります。また、ヒスパニック系の生徒が多く、スペイン語のイマージョンプログラムもあります。そして、総生徒数は約1,500人、総教師数は約140人です。

日本語は選択授業で、合計約120人の生徒が日本語を学んでいます。クラスは日本語1から日本語3、そしてIB日本語が開講されています。生徒が日本語や日本に興味を持ったきっかけで目立ったのが、アニメ、漫画、そして日本のゲームでした。使用教材はAdventures in Japaneseを使っています。日本語教師は、私のリードティーチャー(以下、LT)と私だけで、レベルが違うクラスが同じ時間になった時は、クラスを分けて教える事もあります。

私の主なアシスタント業務は、日々の授業で使うパワーポイントファイルやプリント等の教具作成でした。LTの従来の知識に、私の日本に関する新しい情報を加える事で、より新しい「日本の姿」を生徒に見せる事が出来ました。また、手紙のレッスンでは、日本の高校に勤務している知人に連絡を取り、その高校の生徒と日本語で手紙のやり取りをする事が出来ました。今まで姉妹校が無く、初めての試みという事もあり、生徒がいつも以上に意欲的に活動に取り組んでいました。

ワシントン州 高校生日本語イマ―ジョンキャンプ

普段の教室の活動だけでなく、他校の日本語のクラスで出張授業をしたり、日本語プログラムが無い中学校に行き、文化授業をしたり等の様々な活動をしましたが、1番大きな活動は、高校生イマ―ジョンキャンプのコミッティーとしての活動でした。

ワシントン州では、日本語を学んでいる生徒が集まり、日本語のみを使い、文化授業や運動会の体験をしていくことで、日本語や日本文化へのより深い理解や興味を持てるように、毎年中学と高校の二つのイマ―ジョンキャンプを開催しています。

今年は私の派遣校であるチーフセルスが開催校だったため、LTと共にコミッティーとしてキャンプの運営に携わりました。他のコミッティーメンバーの方と協力しながら、参加生徒のクラスの割り振りや、ボランティアの方々の役割の割り振り、そして私の担当だった方言クラス・若者言葉クラスの準備等を中心に活動しました。日頃の教室での活動に加え、私の担当していた方言クラス・若者言葉クラスの準備や練習、そしてキャンプの事務的な準備を同時に行わなければならなかったので、期間中はとても忙しかったのを覚えています。しかし、当日は生徒達から「とても楽しいです。」という言葉も聞け、来年の改善点も見え、学ぶことの多い活動となりました。

初めての経験

この1年は、私の人生の中で1番大きな変化があった1年でした。J-LEAPで活動する数か月前までは、私は海外経験もまともに無い1人の学生でした。なので、去年は初社会人、初アメリカ、初高校での授業という初めての経験ばかりの1年でした。出国前の準備期間から、アメリカに入国し、そしてシアトルに行き、そこで約1年間が経った今日までの間に、本当に多くのことを経験し、学びました。生活している地域が、ワシントン州4位の治安の悪さで、日本では強く意識することのなかった「貧富の差」そして「自分の身は自分で守る姿勢」、この2つが生活面から学んだことでした。また、日本語教育に関しては、J-LEAPの研修、ワシントン州日本語教師会のワークショップ、派遣校のワークショップ、そして個人で参加した教育に関するカンファレンス等から学んだ「アメリカで外国語(日本語)を教えるという事」の重要性や役割を学びました。また、知識だけでなく日頃の授業で関わる生徒達からも、私が日本語を教える事以上に多くのことを教えてもらいました。

1年目は先で述べた様に、特別な事をしなくても新しい挑戦が数多くありました。しかし、同じ様な姿勢で2年目の活動に臨んでいても、1年目ほど新しい経験は出来ないと思います。2年目は「1年目で経験した事と同じ位新しい事に挑戦する。」という事を目標の1つに掲げ、1年目の自分自身に負けない様に、より一層精進していきます。

  • 派遣先での写真その1
  • 派遣先での写真その2
  • 派遣先での写真その3
  • 派遣先での写真その4

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