世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 初めの一歩

キング・サウード大学
水谷 梢太

 キング・サウード大学の日本語専攻課程に赴任してきて約3年になるが、赴任当時は新入生は入ってこず、学期ごとに卒業していく学生を送り出すばかりで、在学生の数は片手で数えられるほどにまで減っていた。 しかし、長らく停止していた新入生の入学が2011年9月より再開され、待望の新入生が入ってきた。 いろいろな方々のご協力、ご尽力もあり、やっとたどり着いた新入生入学再開… ではあったが、決して幸先のいいスタートと言えるものではなかった。

 サウジアラビアの人口は年々増加していっており、それに伴って大学入学者数も多くなっているはずなのだが、諸事情もあり、近代言語学科それぞれの専攻課程に振り分けられた新入生の数は7名から8名であった。 学生たちは必ずしもその言語を希望して入ってくるのではなく、成績によってまさに振り分けられて入ってくる。 それは、日本語専攻課程においても例外ではなく、最初の授業に来た時点ではほとんどの学生が英語やスペイン語など、別の言語に移りたいと考えていた。まずは学生たちがこちらを向いてくれない限り、これから4年間勉強を続けていくのは不可能と考え、最初の1、2週間はエジプト人のコーディネーターとともに、日本語とはどのような言語なのか、サウジアラビアで日本語を学習するメリットは何か、日本文化のよさ、教師側の学生に対する思いなど、とにかく伝えられることをさまざまな観点から伝える努力をした。いろいろと話した甲斐もあってか、教師と学生との信頼関係は次第に深まっていき、大変うれしいことに現在も7名中6名が日本語学習を継続している。

 車社会のサウジアラビアにおいて日本車の人気は非常に高く、一般の乗用車、高級車からトラックに至るまで、町中を日本車が走っている。 他の国々と同様に、日本の電気製品の品質のよさも大変よく知られている。 また、何年か前に放送された日本に関する番組の中で、日本人のマナーのよさ、勤勉さも紹介され、この国では日本や日本人に対するイメージはかなりよいと言える。 ただ、実際にサウジ人と日本人とが接する機会はさほど多くなく、9月から日本語学習を始めた新入生たちにとっても、私が初めて接する日本人であった。

サウジの伝統衣装に身を包んだ日本人に卒業生が通訳の写真
サウジの伝統衣装に身を包んだ日本人に卒業生が通訳

 学生たちが日本語の勉強を始めて半年ほどして、日本人と接する絶好の機会がやってきた。 1983年のアブダッラ皇太子(現国王)の訪日以来、両国の関係を促進するために毎年行われている日本・サウジアラビア青年交流、その使節団がリヤドにやってきたのだ。 日本への留学経験を持つ日本語専攻課程の卒業生が通訳として同行し、学生たちもリヤドからカシームへのバス旅行に参加した。 入学して半年ほど経っても、なかなか大学以外で勉強したことを生かせる場所がなかった彼らにとって、またとないチャンスである。 初めは緊張気味だった学生たちもバスの中で何時間も過ごすうちに次第に打ち解けていった。 まだまだ知っている語彙も表現も少なく、毎回言いたいことを言うのに非常に苦労していたが、それぞれが自分の言いたいことを日本語で伝えようと必死になっている姿はとても印象的であった。

ダンスのしかたを教える学生の写真
ダンスのしかたを教える学生

そもそも伝えたいことがなければ、コミュニケーションは生まれない。そして、人とのコミュニケーションをうまく図っていくために言語は不可欠といってもよい。今までただ大学の科目として勉強していた日本語が初めて実用的なツールとして生きた瞬間だったのではないかと思う。 そこには、相手の言ったことがわかったときの喜び、自分の伝えたいことが伝わったときの喜び、それを通じてお互いにわかりあえたときの喜びが存在する。そして、この喜びがさらなる学習意欲を引き出す。 朝から夜遅くまでの日帰り旅行となったが、最後まで学生たちの顔から笑顔が消えることはなかった。 また、青年交流で訪れた日本人の参加者の方々からは「とにかく学生の元気さに圧倒されましたが、本当に充実した1日を過ごすことができました。」、「どのプログラムよりも盛り上がり、楽しい1日でした。」とのメッセージをいただき、今回の日本語専攻課程の学生との交流が双方にとって有意義なものであったと感じることができた。

 これは日本語専攻課程の再出発においても、新入生たちにとっても、初めの一歩。 砂嵐にも負けない勢いでこれからも一歩一歩足を進めていってくれたらと思う。  

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
King Saud University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
キング・サウード大学では、1994年に言語翻訳学部に日本語専攻課程が開設された。今のところ湾岸諸国の中で唯一、日本語専攻の学士号が取得できる教育機関であることから、湾岸諸国、ひいてはアラブ諸国における日本語教育の中核を担う役割を期待されている。また、同大学日本語専攻は、言語翻訳学部の中に位置づけられていることから、日本語を通して全般的な日本理解を深めるというよりは、翻訳や通訳など実務的な人材育成を主眼としていることも特徴のひとつである。日本語教育専門家は日本語講座での日本語授業担当、カリキュラム・教材作成に対する助言を行う。
所在地 P.O.Box 87907, Riyadh 11652, Kingdom of Saudi Arabia
国際交流基金からの派遣者数 専門家: 1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
言語翻訳学部 近代言語学科 日本語専攻課程
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   専攻:1993年から
コース:1994年から
国際交流基金からの派遣開始年 1993年
コース種別
専攻 学士号5年 (予備教育1年+日本語4年)
現地教授スタッフ
常勤2名 (邦人1名、エジプト人1名)
学生の履修状況
履修者の内訳   第4レベル:6名
第10レベル:1名
学習の主な動機 日本への憧れ、アニメ、留学、日系企業への就職
卒業後の主な進路 日系企業就職、一般企業就職 大使館勤務等
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験 N2~N4
日本への留学人数 0名

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