世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)同じ日本語教師でも現場が変わればニーズも多様

国際交流基金ソウル日本文化センター(嶺南地域担当)The Japan Foundation, Seoul
藤田 智彦

1.日本語教師同士の会話でより自信を持った日本語教師に

国際交流基金(以下、JF)の2018年度海外日本語教育機関調査によると、韓国は中等教育で学ぶ学習者が7割以上を占めており、中等教育機関の教師や学習者の支援がJFソウル日本文化センターの重要な任務となっています。そのため担当の釜山・慶尚道地域の中学や高校への学校訪問を定期的に行っていますが、派遣されて間もない頃ある先生から悩みを聞かされました。その時は授業の打ち合わせで私は韓国語で話していたのですが、「先生、日本語で話してくれませんか。普段あまり日本人と直接日本語を話したり、聞いたりする機会もないし、聴く練習もしたいので。毎年初級だけを繰り返し教えているので、授業中は90%韓国語なんです。」と言うのです。確かに、毎年春にひらがなから教え始め、限られた時間数では1年かかっても一般動詞の活用の一部を教える程度で終わってしまいます。また、別の学校では「大学を卒業して日本語教師になった時が一番日本語のレベルが高かったと思う。」という話も聞かされて、話すこと、聴くことに自信が持てないまま日本語を教えている教師の存在に気づきました。

思い返してみれば、日本語の研修でも日本語ネイティブが話すのを講義形式で聞くのは好きだけれども、日本語で発表する、日本語を使ってグループ活動をする、となると参加者が減り、オンライン研修の場合は、講義が終わって休憩後にグループ活動となるタイミングで抜ける先生がいるなど、同じように日本語を話す・聴くということにある種の苦手意識があるのではないかと感じていました。

そこで、まずは日本語ネイティブと話す場を作るのが先決だと考え、2019年11月から「日韓エクスチェンジスタディー(以下、スタディー)という勉強会を始めました。これに関しては、「タンデム」という授業方式を参考にし、発話量が増えるよう基本的に1対1で行うことにしました。募集の際には教師のみに限定したのですが、それには理由が2つありました。1つは同じ教師だと共通点も多く、仕事の悩みも話せたりするのではないかと考えたことです。もう1つは、ベテランが多い韓国人日本語教師への配慮です。韓国は儒教の影響で年上を敬う文化が根強く、家族の間でも敬語を使う絶対敬語の文化を持っていますし、親しい間柄でも丁寧な話し方を続ける場合が少なくありません。そのため、若者がかなり年上の人の間違いを面と向かって指摘したり、正そうとしたりするということを控える傾向が見られることを考えると、初対面で、しかも教師でもない普通の若者にいろいろ指摘されると、不快な気持ちになるのではないかという懸念がありました。その点、もしかなり年下の若者にいろいろ指摘されたとしても、同じ教師であれば、すんなり受け入れられるのではないかと考えたのです。少し考えすぎかとも思いましたが、幸いこれまでトラブルもなく、リピーターも徐々に増えています。

スタディーの後に毎回アンケートを取っているのですが、話すことに対する自信は、1回のスタディー参加でもアップする傾向が見られていて、ネイティブとある程度長い時間話すことで、自分の日本語が通じた、ネイティブと自然な会話ができた、きちんと聞き取って反応できた、という成功体験が積まれているのではないかと思います。また、そうした自信はきっと日本語を教える学校の現場で生かされているはずなので、今後これまで以上に自信を持って日本語を教える教師が増えていくと信じています。

日韓エクスチェンジスタディーの写真
日韓エクスチェンジスタディー

2.ネイティブの新米日本語教師が研修で身に付けるのは教える自信

韓国には韓国人と結婚し、生活の基盤を日本から移して生活している日本人が多くいますが、釜山には韓国人と結婚した日本人女性たちの互助グループ「サクラの会」があり、ある時、代表から相談を受けました。日本人女性は日本語ネイティブだという理由だけで知り合いから日本語を教えて欲しいと頼まれるケースが多く、日本語教授法について学んだこともないまま、成り行きで日本語の先生をしている人が多いというのです。日本語ネイティブと日本語で話せればいいという学習者にフリートークの授業を行うことが多いそうですが、それでも学習者は気になることやミスを指摘された場合は、その理由を逐一質問してくるが、うまく説明ができないことも多く、そうした経験の浅い先生が日本語の教え方を学ぶ場を作ってくれないかというのです。当初は、単発で講義をして欲しいということだったので、試しに「フリーランスの先生のための研修」を行ったところ、思いのほか多くの参加者が集まり、プライベートで日本語を教えている日本語教師の多さと日本語教授法に対する潜在的なニーズを感じ、悩みながら授業をしている先生たちに定期的に学べる場を提供することにしました。

2020年2月から始めた研修は、経験の浅い先生が多く参加するということで「日本語教師たまごクラブ」とし、参加しやすいように月に2回平日夜と週末の昼、同じテーマで行うことにしました。文法や会話がテーマの月は現役のベテラン韓国人教師も参加してくれたり、コロナの影響でオンラインでの開催に切り替えたところ、釜山・慶尚道以外の教師も参加してくれたりして、毎月30人から40人程度が参加する人気の研修になっています。特にオンラインの場合は、子育てで外出がままならない主婦も参加できるとあって、非常に感謝されていて、時折画面越しにお子さんの姿も見え、ほのぼのとした気持ちになります。こうした学びたい気持ちはあるものの、環境的に難しい状況にある人が参加できる研修は、フリーランスの日本語教師にアプローチできる方法だと思います。また、研修には今後日本語を教えたいと準備中の参加者もいます。経験が浅く、教え方に未習熟な日本語教師の底上げが図れれば、学習者の満足度が上がり、学習を継続してもらえることにつながるでしょうし、本格的に学びたいと日本語教育機関で学び始める学習者もいるかも知れません。そうした意味では、微力ではあるものの韓国の日本語学習人口の増加に貢献できる研修になっているのではないかと思っています。

日本語教師たまごクラブの写真
日本語教師たまごクラブ

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Seoul
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
1988年以来、在釜山日本国総領事館に日本語専門家が派遣され、嶺南地域の日本語教育を支援してきた。2005年8月より、派遣先はソウル日本文化センター、勤務地は釜山(釜山日本語教育室)という派遣形態に変更された。日本語専門家の担当業務は、当地域の中学・高等学校などの韓国人日本語教師を対象とした中等日本語教師職務研修、嶺南地域教育庁及び各中等日本語教師会への出講、学校からの依頼に応じて行う出張授業等である。
所在地 YMCA Bldg. 15F, 319 Jungang-daero, Dong-gu, Busan 48792, Korea
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名(嶺南地域担当)
国際交流基金からの派遣開始年 2005年
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