日本語専門家 派遣先情報・レポート
ニューデリー日本文化センター(南インド)

派遣先機関の情報

派遣先機関名称
国際交流基金ニューデリー日本文化センター(南インド)
The Japan Foundation, New Delhi
派遣先機関の位置付け及び業務内容
ニューデリー日本文化センターより南インドのバンガロールに赴任し、インド南部5州と1連邦直轄地域を中心に日本語教育の質の向上と拡大を図る。具体的には、1) 現地人教師・教育機関支援、ネットワーク形成 2) 機関訪問などによる情報収集、調査、分析 3) 南アジアの近隣諸国も含めたセミナーや勉強会など、各種支援活動の実施
所在地
5-A, Ring Road, Lajpat Nagar-Ⅳ, New Delhi, 110024, India
国際交流基金からの派遣者数
専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年
2005年

自律的な教師の成長を目指して

国際交流基金ニューデリー日本文化センター(南インド)
村上吉文

みなさん、こんにちは。

私の派遣先は国際交流基金(JF)ニューデリー日本センターですが、ベンガルール、チェンナイ、コチなどを中心とする南インド担当で、バンガロール日本語教師会(以下「BNK」)のオフィスに机をお借りしています。
インドの教育省は2020年に閣議で決定されたNEP2020(国家教育政策2020)に基づいて、教育観の転換を図っています。ここで特徴的なのは以下の部分です。

Pedagogy must evolve to make education more experiential, holistic, integrated, inquiry-driven, discovery-oriented, learner-centered, discussion-based, flexible, and, of course, enjoyable. 」(教育方法は、教育をより体験的、総合的、統合的、探究志向、発見志向、学習者中心、ディスカッション重視、柔軟で、もちろん楽しいものにするために進化しなければならない)

しかし、現実には日本と同じように、筆記試験を非常に重視する文化や、年長者を敬う価値観などの影響も強く、教育の現場は従来型の、教師が中心になって言語知識を伝達する形式のものが中心になっています。とは言っても、いま教壇に立っている先生方も、従来の考え方の下で教育を受けてきたわけですし、海外帰国子女などでなければ、その他の選択肢を体験していないので、無理もありません。

それで、私はNEP2020(国家教育政策2020)を実践するためにも、教師研修の中でもかなり自律性の高いEdCampという形式を取り入れることを企画し、派遣先の「BNK」で3か月に一度EdCampを実施することを提案しました。当地に着任して以降、教師会のみなさんとも信頼関係を築くことができていたので、こうした企画についても快く受け入れていただくことができました。

EdCampとは

EdCampという形式のイベントは、教育に関する情報共有やアイデア交換を目的として、参加者が自律的にさまざまなセッションを開催する形式で行われます。個別のイベントについては「EdCamp」のあとに主催者や地名などが続くことが多く、BNKが主催しているものをEdCampBNKと呼んでいます。2022年度には4回のEdCampBNKが実施され、申込者ベースで157人が参加してくれました。

EdCampBNKのZoomの写真
EdCampBNKのZoomのスクリーンショット

ここでは、2023年3月25日にBNKZoomで開かれた第5回目のEdCampBNKをご紹介します。主催者ではなく、参加者が自律的に内容を決めることがこのEdCampの主旨ですから、今回のEdCampBNKのセッションのトピックもBNKが用意するのではなく、参加者が提案し、お互いに投票して選びました。
このような形式を取ることで、NEP2020のかかげる「学習者中心」「ディスカッション重視」「探求志向」「発見志向」な勉強会も可能であることを体験的に知ってもらいたいと思って続けてきました。3か月に一度の頻度で実施していて、今回でもう5回目になります。今回のEdCampBNKには、45名の方が申し込んでくださいました。参加者は、日本語教師、学生、日本語を話すインド人ビジネスパーソンなど、多様な背景を持つ人たちで構成されていました。

セッション

今回の第5回EdCampBNKでは、イベントが開始してすぐに、参加したいトピックの投票を行いました。参加申込みのときにトピックの提案も受け付けていて、その提案のリストから、自分の参加したいトピックに投票していくのです。そして、参加者に選ばれたトピックに基づいて、3つの時間に分けて12のセッションが行われました。最初のセッションでは、ビジネス日本語の改善方法、自分の組織の拡大方法、日本文化、日本語の話し方の改善方法についてのセッションが開催されました。2つ目のセッションでは、オフィスでの正式な日本語の使用、日本文化とインド文化の共通点、漢字の教え方、日本語の教師としての独立性についてのセッションが行われました。3つ目のセッションでは、和製英語、日本とインドの食文化、chatGPTの禁止の是非、現代日本語と使用する教材とのギャップについてのセッションが行われました。
こうしたセッションはPadletというオンラインツールの上で「いいね」をつける投票で選ばれました。(画像参照)

EdCampBNKのPadletの写真
EdCampBNKのPadlet

ご覧のように、トピックは日本文化、ビジネス、テクノロジーなど多岐にわたります。これはそのまま南インドの日本語教育関係者のニーズの多様性を物語っています。こうした多様なニーズにJFの専門家が一人で対応するのには限界がありますし、インドにおける学校の経営に関する知識などは当然インドで仕事をしている現地の先生方のほうが専門家よりも知識も経験もあります。そのため、こうした場では「壇上の賢人」であることを目指すよりも、先生方によるお互いに知識や経験を提供し合う機会をファシリテートすることを心がけています。このように議論を活発にしたり、横のつながりを生み出すことも派遣される専門家の仕事の一つだと感じます。

結び

最後に、現時点での南インドの日本語教育における喫緊の課題は、今回ご紹介した EdCampBNK でも取り上げられているように、ChatGPTGoogle Bard のような大規模言語モデルと呼ばれている種類の人工知能の台頭です。これらは南インドに限った話ではないのかもしれませんが、学習者が何も考えずに適当に ChatGPT に書かせた作文を日本語のテストで提出したりする事例がBNKの主催するEdCampですでに報告されています。その一方で、インド教育省の掲げたNEP2020に書かれている学習者中心、ディスカッション中心という部分には非常に役立つツールとなる可能性があります。2022年11月のChatGPTの公開直後から注目が集まっている日本や欧米と違い、南インドでは学習者の利用がかなり先行している一方で、教育関係者側の対応は後手に回っている印象があります。NEP2020に明記されている学習者中心の教育観が根付く前に、安易な使用禁止などによってこの貴重な機会が失われてしまうような事態を防ぐためにも、通常の教師育成や日本語の普及・奨励活動に加え、2023年度はこうした大規模言語モデル関連の研修も行っていき、インドの日本語教育の発展に貢献できるような取り組みをしていきたいと考えています。

What We Do事業内容を知る