世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 子どもを学校に呼びもどせ

国際交流基金サンパウロ日本文化センター
池津 丈司・吉岡 千里

 日本語学校というと多くの人は語学学校を思い浮かべるかもしれないが、ブラジルを始めとする中南米の日系移民の入植地の場合、一部の都市部を除けば日本語学校は語学学校というより日本人学校に近い。日本政府の支援で建てられた立派な校舎を持っているところもあれば、その地区の文協(日系人の互助組織)の会館の一部を教室として使っているところ、農村の分校のような小さな校舎を持っているところなど、様々な形態のものが見られる。

 ブラジルの学校は基本的に午前と午後の二部制で、児童・生徒は半日しか勉強しない。半日は算数、ポルトガル語、理科、社会などの教科にあてられ、残りの半日は各自の自由でサッカーやピアノや英語を習ったり、進学塾で受験勉強をしたりする。体育や図工、音楽といった情操教育は選択制の課外授業としてのみ行われる。

 日本語学校での勉強はその放課後の時間に行われるので、習い事の一つと位置づけることもできる。授業は日本語のほか、音楽、図工、習字などがあり、移住地の場合にはクラブ活動があったり、休日に運動会や学芸会などが行われたりするところもある。毎日通うところは少なく、週一回土曜日だけという学校もある。

移住地の日本語学校の教室の写真
移住地の日本語学校の教室

 農村部にある移住地と都市部とで多少事情は異なるものの、日本語学校に共通する問題は学習者の減少と後継者の不在である。この国の日本語教育を長年にわたり担ってきたのは、1世、2世の日系人たちなのだが、家族や周りの人たちの会話から自然に日本語を身につけ、これまで日本語教授法を学んだことが無いという様な教師に、日本語を全く知らない、家でも使わないという3世4世の子どもを教えるのは簡単なことではない。都市部の大手の日本語学校でも初級から中級への進級率は0.5%程度だというから、かなり低い。苦労して育てた若くて優秀な人材も、家族を養えるほどの収入は期待できないので、他の企業などに流出してしまって後継者にならない。日本語学校は3世以降の日系人にとって、その実力も魅力も必要性も失いつつあるのである。

 中級レベルへの進学率を高めるために初級のうちにどんな努力をしておかなければならないか、魅力があり習得の進む授業やカリキュラムの秘訣は何かなど、学習者を教室に引き止める対策については、これまでも各地の教師会が精力的に開催する研修会やセミナーを通じて、及ばずながら、講師として支援をしてきた。しかし、教師の待遇改善や学校の経営改善という問題については、これまでのセミナーでは取り上げてこなかった。

 そこで、昨年の7月からは各地で教授法のセミナーを行うかたわら、学校経営者たちや文協の役員らを集めて、ブラジルが抱えている諸問題の解決のため、待遇改善と後継者育成の必要性を訴える啓発セミナーを行っている。

 内容をかいつまんで言えば、都市部の日本語学校は語学学校としてもっと非日系人学習者に門戸を広げ、英語やドイツ語、フランス語などほかで行われている語学講座と同等かそれ以上の良質な授業を行い、利益をどんどん上げて、教師の待遇を良くしましょうということである。

 多くのセミナー参加者から「よく分析されている」「有意義だった」「よくぞ言ってくれた」などの好意的な感想をいただいた一方で、強い反発もあった。まずは、「授業料を引き上げたら学校に通えなくなる子どもたちもいる」、「当地の事情に合っていない」など、いわゆる「理想と現実は違う」的な反論。これはある程度予測していたし、準備もしていた。

 しかし、「私たちはブラジルに日本語や日本文化を広めたいわけではない、子孫に遺したいだけなのだ」「日本語学校に金儲けはそぐわない」「文協は1世のお年寄りにとって唯一日本人に戻れる憩いの場であって、非日系人が増えるのは好ましくない」などの意見や感想をいただいたときには、この問題の根の深さに気づかなかった自分の認識の甘さを思い知らされた。

ペルーの日系人協会で啓発セミナーを行う筆者の写真
ペルーの日系人協会で啓発セミナーを行う筆者

 そんな中で、今年は明るいニュースがあった。農村部の移住地で学習者の減少に悩んでいた日本語学校が教員の募集を行ったのだ。生徒が増えて教員が足りなくなったというのである。この学校は、以前から教員と保護者が総出で運動会などの行事を頻繁に行っており、継承語教育の発展にはそういう保護者の理解と参加がもっとも大事だということを新聞や新聞社の主催するセミナーなどで常々訴えてきた。

 ここの教諭とは日頃から交流があったので、さっそく祝福の電話をした。成功の鍵はやはり保護者の参加かと尋ねてみたところ、「いや、子どもを放課後安心して預けられるところだと保護者に認識してもらったことでしょう」という答えが返ってきた。共働きの場合、子どもを毎日あちらこちらの習い事に行かせるのは、とても大変なのだという。日本語学校に預けておけば安心という信頼を得たことが大きかったというのである。

 この話を、先般、サンパウロ近郊の小都市で開催されたセミナーで紹介した。案の定、「あそこは移住地だからこことは違う」という反応が真っ先に聞かれたが、しばらくして参加者の11人から「私たちも子どもを毎日違うところへ通わせるのは大変だから、進学塾や英会話の先生に文協の会館の教室を提供して、一ヵ所で全てがすむようにしたらどうか」という意見が出た。

 生徒の減少に悩む文協の日本語学校に進学塾や英会話の先生を呼ぼうというのだから大胆な発想である。しかし、午後の送り迎えが一ヵ所にまとまれば保護者は交代で送り迎えができるようになるだろうし、場合によっては文協がマイクロバスで送迎することだって考えられるだろう。子どもが毎日文協に通うようになれば、日本語を学ぶ生徒もまた増えるかもしれない。子どもを学校に呼び戻すための光が見えた。

(池津)

 池津上級専門家が南米を東奔西走(南奔北走?)し、現地の日本語学校の先生たちと共に一喜一憂しながら問題に向かわれている中、「新規に日本語講座を立ち上げる」ためにやって来ました。ただ、まだ鋭意企画中ですので、来年度の『世界の日本語教育の現場から』をご期待ください。

(吉岡)

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation Sao Paulo Language Center
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金サンパウロ日本文化センターの日本語関係の仕事は日本語教師支援、学習者支援、教材支援とネットワーク支援である。現在、教師支援としては全伯初中等教育教員研修、他団体主催研修会への講師出講、学習者支援は各地で日本語を学ぶ高校生や大学生をサンパウロに招いて実施する学習者研修など、教材支援ではサンパウロ州教育局の要請により中等教育用教材開発を行っており、ネットワーク支援としては「ブラジル日本語教育環境マップ」の作成と全国配布を行っている。2012年度より「JFまるごと日本語講座」を開講すべく準備中である。
所在地 Av. Paulista 37, 2o. andar, CEP01311-902, São Paulo, SP, Brazil
国際交流基金からの派遣者数 専門家:2名
国際交流基金からの派遣開始年 2009年

ページトップへ戻る