世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)『幅広く支援/南米の日本語教育』

国際交流基金サンパウロ日本文化センター
久野元、中島永倫子、里見文、柿内良太 

サンパウロ日本文化センター(以下、FJSP)には3名の専門家と1名の上級専門家が派遣されています。2019年度の業務の内容や成果などを以下にレポートします。

『まるごと』講座への支援 JF講座担当(柿内良太)

サンパウロの語学学習機関である日伯文化連盟では、2015年より主教材として『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)を使用したコースを開講しました。そのコースの開講準備として、2014年から半年に1度、新学期が始まる前に、主に新しいレベルを扱うための教師研修を実施しています。FJSPの講座チームは、その教師研修の実施・支援をしてきました。そして、2019年には、『まるごと』シリーズの一番上のレベルである「中級」も開始されました。

中級クラス開講のための研修を経て、中級クラスの担当教師に、ある意識の変化が生まれました。学期に1回の形ではなく、学期中に情報共有や共同での授業アイデア出しを行うことにしたのです。きっかけは、中級クラス開講のための研修だったかもしれませんが、変えることを決めたのは、教師たち自身です。それに伴い、私たちの支援の形も変化しました。定期的な中級担当のミーティングに、オブザーバーとして参加しています。

変化には不安や大変さが伴います。また、変えたことを継続していくことも同様です。そんな不安や大変さを少しでも和らげられるような支援を継続していきたいです。

「国境なき言語」支援の成果  高等教育担当(里見 文)

ブラジル教育省が高等教育機関に対して行っている「国境なき言語」プロジェクトの日本語講座に対し、FJSPは2016年から継続して支援しています。支援の主な目的は、(1)「日本語・日本文化に親しみを覚え、興味を持つ親日家を数多く育てること」と、(2)「日本語講座の授業を担当する、各連邦大学・州立大学の日本語専攻の学生チューター(日本語指導員)の育成」です。2019年末の段階で累計156講座が開講され、2535名が日本語講座を受講(1538名が修了)し、44名の学生がチューターを経験しました。2020年5月の調査では、チューター経験者44名中29名(約66%)が日本語教育に携わっていることが分かりました。各大学における日本語講座コーディネーターの先生方のご尽力はもちろんのこと、FJSPの支援も質の高い日本語教師育成の一助となっていると言えるのではないかと思います。

「国境なき言語」プロジェクトは現在新しいフェーズを迎えており、関係各所と事業内容について調整中ですが、今後も高等教育機関の現状やニーズに即した支援を継続していきたいと思います。

「国境なき言語」で日本語を教えるチューターの写真
「国境なき言語」で日本語を教えるチューター

「日本語教育推進法への南米からの意見書」 南米担当(中島永倫子)

南米では、各国の日系社会に所属する日本語教師が連携して意見集約に努め、2019年6月28日に公布/施行された日本語教育推進法の基本方針へのパブリックコメントとして、401名(南米10か国)の連署の意見書を提出しました。

このような大きな動きに発展した背景には、法案に「在留邦人の子等に対する日本語教育」の枠組みが明記され、世界中の継承語教育関係者からその存在と実態を明らかにするべく声が上がったことがあります。南米の「在留邦人の子等」に該当する学習者は日系3世~4世が多く、他国の継承語教育とは現状が違いますが、1世や2世の子どもたちや、日本での就学経験がある子どもも数多く存在し、調査から彼らの多くは日系社会の日本語学校に通うケースが多いことが見えてきています。また日系社会の学校は、日本語学校のみならず、初等/中等の私立の公教育校にまで広がっており、そこでは日系、非日系、日本人、日本からの帰国生など、多様な学習者が一同に学んでいます。それに伴い様々な課題もあり、これらは一見南米だけの問題かもしれませんが、もしかすると継承語教育の50年~100年後に通じる問題であるかもしれません。

なお、現在南米全土を統括する教師会等はありませんが、法案の意見集約に関わった先生方が有志のグループを結成されました。このグループは、現地が主体となって今後の南米の日本語教育の在り方を発信し、南米全域におけるネットワークの構築を目指しておられます。現場と連携を大切に支援の在り方を考えたいと思います。

『日本語教育の推進に関する基本方針(案)』への南米からの意見書の画像
『日本語教育の推進に関する基本方針(案)』への南米からの意見書 

「教師同士の学びあい」 南米/ブラジル日本語教育アドバイザー(久野 元)

ブラジルで日本語教育を実施する機関のうち、およそ60%は学校教育以外の機関で主に日系団体が運営しています。私は、日系団体の教師会が開催する研修会で講義などをするために、年に12、3の町を訪れます。それらの機関で教える先生方には、日本語教育について学んだことがない人も少なくありません。それゆえ、自分の実践が果たして正しい方法なのかと悩み、「最も良い方法」を専門家から教えてもらいたいと望んでいる人がいます。  

しかしながら、先生方の話を聞くと、既に、たいへん理にかなったやり方で授業をしていることが多々あります。そのため、私は研修会では、先生方が試行錯誤の上に編み出したやり方は、第二言語習得論などの理論とも一致しているという点に気づいてもらえるよう努めています。

一方、ある先生が実践していることは、他の先生には新しい方法であるという場合も多いです。ですから、研修会では、現場のことを熟知している教師の仲間から学べることが多いという点も強調するようにしています。専門家の役割は、何かを教えるというよりは、先生方の学びあいを促すことだと感じています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Sao Paulo
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
日本語教育の質的向上を図るべく、初等教育教師勉強会、中等教育教師研修、大学日本語チューター育成を行っている。また、他の団体や教育機関が主催する研修会への出講を通して、ブラジルの日本語学習者の大半を抱えている日本語学校に対しても支援をしている。加えて、南米アドバイザーは南米スペイン語圏の国々における日本語教育の現状調査と、教師研修による支援を行っている。
所在地 Av. Paulista 52, 3º andar, CEP01310-900, Sao Paulo, SP, Brasil
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名 専門家:3名
国際交流基金からの派遣開始年 1994年
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