世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)日本語教育だけの枠組にとらわれない外国語教育普及への協働支援

マレーカレッジクアラカンサー
中島 透

マレーシア中等教育における工夫ポイント

本学の場合、外国語学習は必修選択であり、4つの外国語から選択が可能である。毎年新入生120名に対して、各言語間で履修希望者の争奪戦にならないような工夫が必要である。このためには日頃から各言語の代表者どうし風通しのよい関係を保っていることが肝要である。日本語だけでなにかイベントをするのではなくすべての外国語言語間の協働で行うことが大切である。外国語を学ぶということが他教科学習のモチベーションを引き上げ、ひいては自文化理解(マレーシア文化理解)へつながるきっかけになればと考える。そこで次の留意点を4点紹介する。

(1)日本人理解への工夫

日本留学や日系企業就職といったいわゆる高等教育の学習者とは学習目的が大きく異なる。

中等教育の現場では生徒の動機付けが一般的に温めやすく同時に冷めやすい。一時的、一過性、衝動的である。

新入生にアンケートをとると、現在マレーシアから札幌への直行便もあるためか北海道や富士山という地図上の位置もだいたい正確に知っている者が多い。またあいさつ程度の日本語表現はすでに既知情報という者もいる。ところが日本人となると極端に弱い、とくに歴史上の日本人は多少知っている一方で、現代の日本人を挙げよという設問にはほとんど答えられない。名前があがるのはアニメ作家や人気歌手グループ程度で、日本に関する関心は次の順で徐々に下降線をたどるようである。

(1)日本製→(2)日本→(3)日本語→(4)日本人。

そこで日本人の価値観や大切にしていること(例えば、時間厳守、掃除、挨拶など)を平易なことばで伝え、それがマレーシアとどこが同じかの検討を授業で行った。異文化理解の名のもとに、両国の違う部分を挙げることより、共通部分を探し日本への親近感を抱かせることが大切であることもわかった。

(2)自文化理解への工夫

マレーシアのことやその文化をよく知らない生徒も多い。

日本人が家で使う箸、なぜ自分用がきまっているのか、中国や韓国の箸と形状や材質が違うのはなぜか、これを簡単に説明するのは容易ではない。同様に、なぜ君たちは手でゴハンを食べるのか、伝統的に、宗教上、習慣として、などという抽象的な言葉を使わない説明をしなさいと問うと答えに窮する生徒は多い。

先日、校内水泳大会が行われた。本学は男子校で、当日は女性教師も立ち入り禁止、つまりスタッフも生徒もすべて男同士なのに、なぜ脚を見せない水着を生徒は着るのか。この状況を日本人の子供に説明するのはじつはとても難しい。生きた授業へのヒントやネタは教科書以外にも多い。柔軟性をもつ日本語教師の直感的な嗅覚が求められる。

スライドを指しながら、文化紹介の授業をしている写真
文化紹介の授業の様子

(3)国境を設けない工夫

応援団コンテストにむけての写真
応援団コンテストにむけて

世界的な傾向ではあるが、マレーシアでもK-POP全盛である。昭和生まれの筆者としては実にはがゆいところである。歌にしてもビデオにしても国籍を越えて共感できるという、この生徒たちを前にJ-POPだけを推し勧めてもダメである。生徒の学習モチベーションがあがるならなんでも使っていく柔軟性が必要である。ネットによる彼らの情報量は膨大であり、自分からの情報発信は未熟だが受容に関する点はどん欲だ。しかも混然一体としている。「テッコンドー?韓国のでしょ、あれ、私は知らない」と言い切る日本人日本語教師は少なくない。生徒の五感を刺激するものには国籍がない。

昨年7月には選択必修の外国語担当者(フランス語、中国語、アラビア語、日本語)で集まって国際言語祭を開催した。ここでは周辺の中等教育機関の外国語学習者、各国大使、総領事、教育関係者、卒業生も招待して各国の言語や文化の特徴を体験した。あえて日本語だけでイベントをしないという配慮もこれからは必要かもしれない。

(4)来日経験者を増やす工夫

本学には40人近い教師がいる。全員がマレー系つまりイスラム教である。華人やインド系は皆無。そうした宗教上の制約を乗り越えてでも複数回訪日している教師が相当数いる。校長もマレー系であるが来日経験は3回あり、日本語の挨拶もできる。本学では日本への修学旅行の機会も毎年ある。ここで自分の日本語が通じる喜びと同時に同世代が集う機会にも触れさせる場面づくりが求められる。ネット上の友達ではなく実際に会って口頭で話すことがどれほどアンフォゲッタブルな経験になるか多くの生徒はまだよくわかっていない。日本との交流プログラムを新たに創り出して実行すること、数人でもかまわない、とにかく来日経験者を増やし、クラスでその経験を語ってもらい日本の長所や短所をシェアする。これが中等教育の現場では学習モチベーションをあげるために最も効果的な方法のひとつである。

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