世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 「会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!」 ~近隣諸国との連携を目指して~

バクー国立大学
森 勇樹

セミナー開催までの道のり 

 それは『現場』ではなく、『会議室』で起こった。

 その日、たまたま用があって大学の会議室にいた私をつかまえて、大学関係者が「さくら中核事業プログラム助成申請」の用紙を広げながら、鼻息荒く話し出した。

 「森さん、何かやりたいんだけど。」
 はて、何かやりたいといわれても・・・と思ったが、ふと以前から考えていたアイディアが脳裏に浮かんだ。それは、「ここの教師に研修の場を提供すること」である。

 日本から物理的にも心理的にも遠いここアゼルバイジャン共和国にも、日本語を学ぶ学習者がいるが、その学習を支えているのがアゼルバイジャン人の日本語教師たちである。薄給ながら「日本が好き、日本語が好き」という気持ちを持ち続け、学習者たちに日本語だけでなく、日本での滞在経験で得た日本文化の知識も伝え続けている。そんな教師のための研修の場が、まったくないわけではない。国際交流基金では、外国人日本語教師のために短期・長期の研修プログラムを設けて、訪日研修の場を与えている。しかし、今必要なのは、当地で受けられる継続的な研修の場ではないかと私は考えていた。

 相変わらず鼻息の荒い大学担当者に向き合って、このアイディアを話してみたところ、ぜひやってみようということになり、プロジェクトの立案が始まった。

 幾多の試練を乗り越えたちょうど一年後、さくら中核事業プログラムの助成を得て、コーカサスで初めての「日本語教育セミナー」が開催されることになった。

セミナー開催

第一回コーカサス日本語教育セミナーのポスターの写真
第一回コーカサス日本語教育セミナーのポスター。
卒業生がデザインしてくれました。

『第一回コーカサス日本語教育セミナー』は、2011年10月14日・15日の二日間にわたり開かれた。

 一日目は「各国の日本語教育の現状と課題」と題し、アゼルバイジャン共和国・グルジアの日本語教育機関の代表者が、各機関の現状と今抱えている課題などを発表し合い、情報共有を図った。発表後に行なわれた全体ディスカッションでは、学習者の意欲向上のために、どんなことをしたらよいか、いろいろなアイディアが出された。そして、そのアイディアを実現させるために、両国の教師間で協力していこうという意見も出た。また、その後の研究発表では、特に比較言語学的観点からの研究が多くの参加者の関心を集め、活発な質疑応答が展開された。これは他の参加者の研究への意欲を喚起するのに役立ったようだ。

招聘講師の講義を受けている教員たちの写真
第一回コーカサス日本語教育セミナーで
招聘講師の講義を受けている教員たち。
久しぶりに学生気分を味わいました。

 二日目は教師研修のためのプログラムとして、国際交流基金 日本語国際センターから教師研修が専門である阿部洋子氏を招聘し、「文法を考える」をテーマに、従来の日本語教育における文法指導の新たな視点を提示していただいた。講義の合間には参加者の内省を促すようなタスクも用意されており、参加者はつかの間の学生気分も味わえた。また、トルコ・アンカラ大学から東洋言語・文学科の准教授であるテキメン・アイシェヌル氏を招聘し、トルコ語との比較から日本語をどうやって教えるかという視点で自身が実践している指導方法を紹介していただいた。非日本語母語話者である日本語教員が、自分たちの持っている母語の知識を生かすという観点から、日本語指導を見つめ直すことによって、さらなる効果的指導方法を生み出すことが可能であるということを実感する機会となった。参加者からは、今後はそれぞれの母語と日本語の比較についてもっと深く考えてみたいという声が多数あがった。

セミナーを終えて

 コーカサス地域の日本語教師にとって、現地での教師研修や研究発表の機会はほとんどなかったことから、このセミナーの意義は大きい。今回のセミナー開催を受けて、2012年度はグルジアが開催国として名乗りを上げた。グルジアでの開催が実現すれば、アゼルバイジャンと政治的に対立しているアルメニアからの参加も可能となり、いよいよ南コーカサス3か国によるセミナーが実現できる見通しである。

余談 

 今回のセミナーの初日に行われた懇親会では、アゼルバイジャン料理のレストランに繰り出した。両国の日本語教師たちは皆、上機嫌でワインを開け、アゼルバイジャン料理に舌鼓を打った。たわいのない会話。絶え間ない笑い声。こうした学術的でも専門的でもない、個人と個人の交流の中で、私は今回のセミナーでの一番の意義を感じた。こうやってみんなが集まれること、そしてお互いに知り合い、お互いのために協力して何かをやろうという気持ちを生み出していくこと。そのような場を提供することこそが、本当の支援なのではないか、と。

 『会議室』で起こったセミナー開催の計画はこのように実現したが、大切なことはすべて『現場』で起こっている。『現場』の思いを形にする。日本語専門家のこれからの使命である。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Baku State University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
バクー国立大学は、日本専門家を育成するべく、日本・日本語に関する専門を学ぶことができる国内唯一の高等教育機関であり、その知名度の高さから、アゼルバイジャン国内全体における日本語教育の中心的役割を担う。派遣先機関での専門家の役割としては、学習者、教師の日本語能力の向上、学習環境やカリキュラムの整備などである。その他に、中等教育機関(ギムナジア)での日本語コースへの支援、在留邦人邦人と日本語学習者とのコーディネートなども行なう。2011年9月からは他大学で新たに開講される日本語コースのカリキュラム整備についてもアドバイジングなどの支援を行なっている。
所在地 23 Z.Xalilov St., Baku, Azerbaijan
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
東洋学部 極東言語・文学科 日本語講座
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   2000年
国際交流基金からの派遣開始年 2001年
コース種別
専攻
現地教授スタッフ
常勤2名(うち邦人0名) 非常勤2名(うち邦人0名)
学生の履修状況
履修者の内訳   32名(1年5名 2年9名 3年10名 4年8名)
学習の主な動機 日系企業への就職希望、日本文化への興味
卒業後の主な進路 日系企業就職、大使館就職、大学院進学、一般企業就職等
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N2受験可能なレベル
日本への留学人数 年に3~5名程度

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