世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)多様な日本語教育を支援するセンター

国際交流基金ブダペスト日本文化センター
林敏夫・大室文

国際交流基金ブダペスト日本文化センター(以下、JFBP)では、JFBP所在国のハンガリーの他、中東欧12か国(ポーランド、ルーマニア、ブルガリア、チェコ、セルビア、スロバキア、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モンテネグロ、北マケドニア、コソボ)の日本語教育の支援をしつつ、JFBPにおける日本語講座の実施を行なっています。ここでは、中東欧全域を担当する林と、ハンガリー国内を担当する大室がそれぞれの仕事をご紹介します。

日本語教師の交流をめざして

中東欧全域の広域支援ということになると、どうしても出張が多くなります。2018年9月にルーマニア、10月にボスニア・ヘルツェゴビナ、2019年3月にセルビア、ポーランド、4月にブルガリア、5月に北マケドニアに出張しました。また、2018年に開催された「ヴェネツィア2018年日本語教育国際研究大会」にも出席し、世界各国から集う日本語教師と交流し、中東欧の課題を改めて考え、後述する中東欧日本語教育研修会の企画を含めた中東欧広域支援のあり方について多くのヒントを得ることができました。日本語教師の数が極端に少ないボスニア・ヘルツェゴビナや北マケドニアでは、教師と学習者の努力によって様々な試みが行なわれ、学習者の日本語力が確実に高まっているのを実際に行って確認できたのは、大きな驚きでした。一方、ブルガリアでは初等教育から正規のカリキュラムで日本語教育が実施されている大規模な学校(全校生徒2400名のうち、日本語学習者が600名)を視察し、幼い小学生が歌やしりとりやゲームで楽しく日本語を学ぶ姿に大いに感銘を受けました。

このように現地に足を運んで、現場の状況を見聞するのは非常に重要なことなのですが、時間や経費の面でこうした様々な地域を頻繁に訪問することはなかなかできません。そこで、新しい試みとして、研修会の場とオンラインでつないで、それに参加するという方法を模索しています。これまで、ブルガリアとポーランド南部で行なわれた研修会にこの形で参加しましたが、回線が不安定であったり、PCやスマートフォンの複数使用によるハウリングが起こったりと、技術的な課題があることもわかりました。一方で、JFBPから発信するオンライン研修に合わせて教室に教師会のメンバーが集まってワークショップに参加するという試みも、クロアチアとつないで行なってみました。オンラインで個別に参加するにはややハードルが高く感じられる日本語非母語話者の教師も、この形であれば参加しやすかったようです。

中東欧日本語教育研修会2019

「中東欧日本語教育研修会2019」の写真
中東欧日本語教育研修会2019

中東欧の多様な環境のもとで日本語教育に携わる教師が年に一度集う機会が、中東欧日本語教育研修会です。2019年2月23日~24日にブダペストで実施された研修会には、JFBPが支援を行なっている上記の13か国のうち、日本語教育の実施が確認されていないコソボと、急きょ参加がキャンセルされたモンテネグロを除く11か国に加え、ウクライナ、ベラルーシ、日本から、主催者も含めて計14か国、60名の参加者が一堂に会しました。

2019年の全体のテーマは「授業改善の視点と工夫」で、外国語教師の養成・研修を専門とし、教室における教師の役割を具体的に考えておられる横溝紳一郎先生(西南女学院大学)を日本から招聘して基調講演及びワークショップを実施したほか、参加者の発表やグループ・ディスカッションを通じて、参加者同士で授業改善の視点と工夫の問題を中心に検討しました。

研修会に向けて、2018年の研修会と同様に、公式サイトを作成し、オンラインによる事前のコミュニティ作りを行ないましたが、昨年まではメーリングリストを使用したためにメール数が肥大してしまうという指摘があったので、今回は新たにSlackを導入しました。一部に慣れないという声も聞かれましたが、「自己紹介」、「おすすめの本」というように、項目ごとにチャンネルを作ることができたため、概ね好評でした。また、研修会当日に参加者同士が気軽にコメントを書き込めるようにpadletを作成しました。このように研修会を少しずつ進化させたうえで、リアルの場でのグループ・ディスカッションを通じて、お互いの絆を深め、問題意識や悩みを共有していただけたのではないかと思います。(林)

変化する日本語講座

ハンガリーでも日本語学習を取り巻く環境は年々変化しています。2011年にはCEFR準拠の日本語教科書『できる1』、翌2012年には『できる2』が出版され、今では広く普及しました。また昨今では、インターネット上のリソースで日本語を独学で学んでいる学習者に出会うことも少なくありません。JFBPの日本語講座も、学習者のニーズや時代の変化に合わせ少しずつ形を変えてきました。現在は、前述の『できる1』『できる2』と『まるごと中級2B1』を使用した「総合コース」、様々なテーマについて学ぶ「トピックコース」、教師のサポートのもと学習者が自分で計画を立てて学習を進める「自律学習コース」、みなとを利用した「e-learningコース」、そして日本語レベルに関係なく楽しみながら日本の文化を学べる「文化日本語コース」の5つのコースを運営しています。

「自律学習コース」の様子の写真
「自律学習コース」の様子 

e-learningコース」は2018年9月から新たに開始したコースです。受講生はオンラインコンテンツで自習をし、2週に1回のライブレッスンに臨みます。ブダペスト以外の都市には日本語学習機関がほとんどないのが現状ですが、居住地に関わらず日本語学習の機会を提供できるようになったことは大きな前進です。また、「自律学習コース」には、総合コースを修了した方、独学だったが教師のサポートを受けたくて来た方、日本旅行の前に少しでも話せるようになりたいと思って来た方など、様々な背景の方が参加しています。授業では自主的にグループを作って一緒に学んだり、日本語学習の先輩が後輩にアドバイスをしたりしている様子が見られました。これらのコースから、学習者の学ぶ力、コミュニティの力の偉大さを感じずにはいられません。

教師や教室の役割とは何なのか。試行錯誤の連続ですが、JFBPでは他のコースにおいても自律的な学習者を育てることを大切にし、教室というコミュニティの強みを活かした活動に日々取り組んでいます。(大室)

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Budapest
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ブダペスト日本文化センターはハンガリーを含む中東欧計13か国を活動範囲とする広域事務所として位置付けられている。主としてハンガリーを除く中東欧12か国の日本語普及およびアドバイザー業務を担当する日本語上級専門家と、ハンガリー国内支援およびセンターの日本語講座運営を担当する日本語専門家の計2名が派遣されている。
業務内容は、研修会等の企画および実施、日本語講座運営、スピーチコンテスト等日本語関連行事への協力、日本語教育関連情報の収集と提供、日本語教育機関・教師への助言や支援、機関訪問等がある。
所在地 1062 Budapest, Aradi u. 8-10. Hungary
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2000年
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