世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 二つの弁論大会から見えてくること

カザフ国立大学
因 麻衣子

カザフスタンに派遣されて早3年が経ち、この原稿も3回目になります。1年目のプロローグには、日本人に「カザフスタンってどこ?危ない国じゃないの?」とよく言われるという話をしました。それから2年が経ち、少しずつそのような状況に変化がみられてきたようです。最近、カザフスタンには日本からのテレビ取材が来るようになり、雄大な自然や企業の方々の特集などが組まれたりしています。ご覧になった方もいるのではないでしょうか。

このように、日本でも少しずつ知名度が上がりつつあると思われるカザフスタンですが、この3年で日本語学習者数が急激に伸びた、ということはないまでも、アニメやドラマの影響で日本に関心を持ち始める若者は多く、日本語学習者の様相にも変化が見えつつあります。今年はそれが顕著に感じられたカザフスタン弁論大会と、「弁論とは何か」ということを考えさせられた、中央アジア弁論大会についてご紹介したいと思います。

第15回カザフスタン日本語弁論大会

カザフスタン弁論大会(カザフ国立大学から)の写真
カザフスタン弁論大会(カザフ国立大学から)

2013年3月9日(土)に第15回カザフスタン日本語弁論大会が開催されました。私はカザフ国立大学に派遣されている日本語専門家ですが、大会運営全般に関わり、また質問員も務めました。

この大会では新しい試みがありました。今までは、アルマティとアスタナの日本語教育機関からの学習者が出場することがほとんどだったのですが、今回は地域枠を作り、セメイとカラガンダという地方都市の学習者も出場しました。これは今回初めての試みということで、「特別賞」も準備していました。なぜなら、大学の専門課程で日本語を勉強している学生と地方の学習者では環境が全く違うからです。特に、カザフ国立大学のように、日本人教員もいて、毎日何時間も日本語関係の授業があるところとは比べられません。ですから、地域枠の出場者とレベルは違って当然だ、と考えていました。ところが、ふたを開けてみると・・・なんと、カラガンダの学生が優勝してしまいました。

カラガンダの学生のスピーチは、自分が好きな日本の音楽やアニメがテーマで、日本のポップカルチャーからはやさしさを感じられる、日本はもっとこの文化を世界の人々に広めるべきだ、という主張でした。アルマティの大学生は若者の自殺の増加や医療事故など、社会的な問題を取り上げているのに対して、彼女のスピーチは身近な話題でしたが、発音の正確さや表現力、質疑応答の力強さなどで他の出場者を圧倒していました。

そんな彼女は日本語教育機関には所属しておらず、全くの独学で日本語学習を続けてきたそうです。いわゆる教科書も持っておらず、基本的にはアニメやドラマを見ながら、日本語を身に付けたとのことですが、非常に流暢に日本語を話し、誤りもほとんど見られません。これにはアルマティの大学教員皆が驚きました。自分たちがどれほど時間をかけて大学生たちに文法や語彙・漢字を教えているのか、それでも卒業時に日本語を使って仕事ができるようなレベルまで到達する学生はごく一部です。「レベルの高い学習者は大学の専門課程の学生」というのが、いままでのカザフスタンの日本語教育における共通認識だったように思いますが、それが変わりつつあるのを感じました。

第17回中央アジア日本語弁論大会

中央アジア弁論大会(出場者全員)の写真
中央アジア弁論大会(出場者全員)

中央アジア弁論大会はウズベキスタン、キルギス、カザフスタンの3カ国が持ち回りで開催しており、今年はカザフスタンで開催されました。参加国は上述の三か国に加えてタジキスタンと初参加のトルクメニスタンです。カザフからは国内大会の上位6名が出場し、カザフ国立大学からは2名が出場しました。2名の学生は本当に努力したと思います。大会までの1か月間、質問に備えてノートに想定問答をびっちり書き込み、過去の弁論大会のDVDを見て、表現力の研究もしました。ですが・・・結果は、ウズベキスタンの圧勝でした。上位6人中4人がウズベキスタンで、優勝もタシケントの学生でした。

今回の中央アジア弁論大会ほど「弁論とは何か」を考えさせられた大会はありませんでした。本大会でも質問員を務めたため、私は事前に原稿に目を通しています。ウズベキスタンの学生の原稿は論理的に矛盾があったり、問題の掘り下げ方が足りないように感じました。しかし、実際のスピーチにおいては非常に力強く、聴衆を納得させる力があり、大変魅力的なスピーチをした学生が多かったです。「弁論大会」は決して「論文大会」ではないことに改めて気づかされました。

一方、タジキスタンの学生の1人は、散文詩ともとれる原稿を提出しました。それを「弁論」として認めるのかどうか、大会開催前は賛否両論がありました。しかし、彼女のスピーチは、美しいことばの流れに乗り、詩情を感じさせるものでした。「弁論」とは言えずとも、彼女の持つ世界観に聴衆が聞き入ったことは間違いありません。

日本語教師を続けていると、「日本語学習者」というひとくくりにして語ってしまうことが多いですが、そのことの危険性を感じました。例えば、優勝したウズベクの学生は、表彰後に一言コメントを求められ、即座に「中央アジア5カ国の人々が集まって交流できたこの場を大変素晴らしいと思います」と堂々と述べました。日本の大学生がいきなりコメントを求められて、母語でもこのような一言が出てくるでしょうか。弁論大会一つとっても、出場者は様々な顔と可能性を見せてくれました。そして、「弁論」とは何か、という問いを私たちに与えました。私たち日本語教育関係者にとって、いままで暗黙の了解であった「弁論」を、これからしっかりと考えていかなければなりません。

一人一人の可能性を感じさせてくれる弁論大会は、開催までの準備が大変ですが、それに値するものだと毎回感じています。彼らの輝かしい未来を願っています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
al-Farabi Kazakh National University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
カザフ国立大学東洋学部日本学科は、カザフスタン国内で最も歴史ある日本語・日本学専門課程である。設置目的は、日本語・日本学研究者及び教師、企業において日本語で業務が行える人材、日本語通訳・翻訳者の育成であり、言語のみならず、歴史や文化などの専門科目にも重点を置いた教育が行われている。卒業生は、日本語教師、日本史教師、日本企業・機関の現地スタッフ等、カザフスタン国内の幅広い分野で活躍している。専門家は、日本学科での日本語教授、シラバス作成に対する助言、現地教師への助言・サポートを行う。
所在地 95a Karasai-batyr str., Almaty, 050012, Republic of Kazakhstan
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
東洋学部韓国・日本学科(主専攻)・国際関係学部(副専攻)
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   1992年~
国際交流基金からの派遣開始年 1995年
コース種別
専攻(日本学科)・副専攻(国際関係学部)
現地教授スタッフ
主専攻:常勤11名(うち邦人1名)副専攻:常勤1名(邦人0名)
学生の履修状況
履修者の内訳   主専攻:77名(1~4年生、大学院)
副専攻: 25名
学習の主な動機 日本文化への関心と、日本留学や日系企業就職の希望
卒業後の主な進路 日本留学、日本国大使館や日系企業、ほか現地企業等への就職
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N2~N3合格程度
日本への留学人数 1年間7~8名程度

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