日本語専門家 派遣先情報・レポート
モスクワ国立大学

派遣先機関の情報

派遣先機関名称
モスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学
Institute of Asian and African Studies
派遣先機関の位置付け及び業務内容
本学は、ロシアを代表するモスクワ国立大学内のアジア・アフリカ地域を対象とした研究・教育機関であり、言語教育の共通シラバス策定も担っている。日本・日本語研究では、文学、日本語教科書の執筆、通訳など、第一線で活躍している教授陣によって教育・指導が行われている。日本語専門家は同大学での授業を担当する他、西シベリア以西のロシアの日本語教育状況の把握や、ネットワーク構築、教師支援といったアドバイザー業務を行っている。
所在地
Mokhovaya St., 11, Moscow, 125009 Russia
国際交流基金からの派遣者数
上級専門家;1名
日本語講座の所属学部、学科名称
モスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学日本語学科
日本語講座の概要

オンライン「まるごとセミナー」について

モスクワ国立大学
下郡健志

 派遣先のモスクワでの業務はモスクワ国立大学での授業、そして極東・東シベリア地域を除くロシアの日本語教育機関の支援です。しかし2022年2月に始まったウクライナ危機から外務省が定めるロシアの危険レベルが3(渡航中止勧告)になったため、私は派遣されずに日本で業務しています。それにともなって日露関係も難しい局面を迎え、ロシアにおける国際交流基金(以下JF)事業の実施にも影響が出ています。たとえば毎年の年末に現地教師会と大使館と共同で主催し、主にJFが運営していたモスクワ国際学生弁論大会をはじめとする多くのイベントが中止になりました。その制限の中で私ができるのは派遣先大学での授業、現地教師向けのセミナーの開催、JF日本語講座運営です。今回はその中から教授法セミナーをご紹介します。
 私が定期的に行っているセミナーは2つです。1つは月に2回行っている「日本語教師の日」という教師の集いです。これは前任の黒岩先生から引き継いでいるもので、毎回テーマを変えて実施しています。そこでは参加教師と意見交換をしたり、私が簡単に講義したりします。参加教師は毎回10~15人程度ですが、多くの先生が日本語でしっかりと自分の授業を紹介したりアイディアを提供してくれたりします。
 もう1つのセミナーは歴代の専門家が続けてきた「まるごとセミナー」です。その方向性や内容は専門家によって異なりますが、私が前任地のウラジオストク時代からしてきたものは「JF日本語教育スタンダード」の理論、すなわち行動中心アプローチの普及を目的としたものです。2か月にわたるコースで、週に1回、2時間のセミナーを8回行います。ロシアの教育は伝統的に知識重視で、教師は教える人であり、学習とは教師の知識をコピーすることという信念が教師にも学生にも強くあります。確かにそうした教育と学習が多くの優れた日本語人材を生み出してきたのは事実ですし、特に「東洋学」という学問の中で日本の歴史や文化、経済などと一緒に日本語を学ぶ大学ではそれでいいでしょう。しかし同じような授業が第2外国語として日本語を学ぶクラスや中高など学習時間が少ない授業でも行われ、せっかくの学習者のモチベーションを下げてしまっている状況もよく見ました。私はそれはもったいないと常々感じていまして、これまでのセミナーでは行動中心主義アプローチについての議論に多くの時間を割いてきました。
 しかし今回は大幅に内容を変え、教授法に関する議論を最小限にし、個別の授業の基本的なやり方、つまり毎回の授業の導入、各練習のやり方、評価方法といった指導技術の実践を中心にしました。これにはいろいろと理由がありますが、1番の理由は参加者の変化です。これまでのセミナーには現役で、しかも経験が豊富な先生が参加してくださることが多かったのですが、そうした先生は既にセミナーを経験したりして、募集しても集まりません。その代わり、これまでは英語を教えていた先生や、日本語教師を始めたばかり、あるいはなろうと思っている大学院生、そしてこれまでビジネスで活躍していた日本語人材の方々が多く参加をしてくださいます。彼らに必要なのは行動主義アプローチに関する議論ではなく、もっと基本的な授業テクニックです。そこで毎回のセミナーでは実践練習を増やし、30分間の模擬授業を2回行うことにしました。最初はいきなり長々と文法を説明してしまったり、各練習が何のための練習か分からない進め方をすることが多かったのですが、徐々に学習者にできるだけ考えさせたり話させたりするようになり、それぞれの課で最終目標となる「できる」に向かって一貫した練習を組み立てられるようになりました。先生方のふりかえりを見れば、時間をかけて準備をした苦労があったが思い通りの授業ができるようになったといったコメントが多く、セミナーが役に立っているようでした。

アレクサンドラ・ルッツ先生の模擬授業の写真
アレクサンドラ・ルッツ先生の模擬授業

 広大なロシアで日本語教育を支えているのは公的な教育機関だけではなく、民間語学学校や家庭教師の役割も大きいです。しかしこうした先生方は、これまで主に公的な教育機関への支援に偏りがちだった私たち専門家の目に入りにくい方々でした。確かに今のロシアの日本語教育は理想的とは言い難い状況ですが、専門家が現地に派遣されず、リソースが必要となる大きなイベントに携わることができないことは逆にそうした方々と深く知り合えるチャンスにもなりました。また2023年も実施が難しいモスクワ国際学生日本語弁論大会もJFの主催ではなくロシア人教師の手で実施される方向で準備が進んでいるそうです。「確かにイベントが少なくなった。しかしどんな状況でも学習者のために私たちは何かをする。心配しないでほしい」というロシア人のベテラン教師の言葉がとても心強く感じられます。

アレクサンドラ先生と下郡先生の写真
アレクサンドラ先生が大阪に遊びに来てくれました

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