日本語教育通信 にほんごハローワーク 第1回

にほんごハローワーク

第1回 日本の伝統食に魅せられて パトリシオ・ガルシア・デ・パレデスさん 自然食料理研究家・マクロビオティック講師。日本各地でマクロビオティックの講義や講演、料理教室、シェフのトレーニングなどを行っている。スペイン生まれ。1995年に初来日、1998年から日本在住。

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第1回 日本の伝統食に魅せられて

Q1:なぜ日本に関わるようになったのですか?

玄米の写真  子どものころ、母が重い腎臓病にかかりました。医者からも治らないと言われるほどでしたが、母は、小さい子供がいることだし、何とか良くなりたいと、さまざまな療法を試しました。その中で出会ったのがマクロビオティック(MacrobioticsMacrobiotique※1で、玄米や豆腐、味噌などを使った日本の伝統的な食事を続けることで、病気を治すことができたのです。ですから、私の日本との出会いは、食べ物からということになります。6歳の時から、箸を使って玄米やひじき※2を食べ、布団で寝起きする生活をしています。ひじきは当時なかなか食べられなかったのですが、母は、コロッケに入れるなど日本の食材を使いながら西洋料理のアレンジで工夫してくれたので、食べられるようになりました。また、1970年代のスペインではまだ豆腐はなかったので、母は家で豆腐を作ったりもしていました。食事以外では、母は生け花、私は柔道を習いました。残念ながら日本語を習う機会はなかったのですが、このような形で日本の伝統文化に触れて育ってきたのです。
その後、マクロビオティックの勉強をもっと深めたいと考える母に連れられて、15歳で米国に移住しました。ボストンに久司道夫※3という有名な先生がいたからです。米国の高校を卒業後、2年間、北米や中南米、欧州をめぐる旅をしながら自分は何を一生の仕事とすべきかいろいろ考えたのですが、さまざまな体験をする中で、やはり「食」にこだわることが、社会のあり方を考える上で大切だと心から思うようになりました。食べることは、人々の健康だけでなく、環境問題や南北問題、平和の問題にもつながるからです。それで、あらためてKushi Institute※4に入り、マクロビオティックの理論や調理法について体系的に勉強しました。勉強を深めていく中で、味噌やしょう油など日本の伝統的な食材がどのように作られているのか自分の目で確かめてみたいと思うようになり、1995年に初めて来日しました。その時は、2ヶ月間主に西日本を回り、しょう油や味噌の工場を見学したり、有機農業をやっている農家の人たちと交流したりと、とても有意義な体験をしました。日本の人たちと話をする中で、日本ではマクロビオティックがまだあまり知られていないことがわかり、日本でもっとマクロビオティックを広める活動をしたいと思うようになりました。

Q2:日本でどのような仕事をしているかを紹介してください。また、仕事で、どのように日本語を使っているかも教えてください。

マクロビオティックの写真1  日本で本格的に仕事をする機会は、1998年にやってきました。日本での最初の仕事は、東京の竹橋にあるKushi Gardenというマクロビオティックのレストランを開店させることでした。日本人の口に合うようなレシピを日本人シェフと一緒に作ったりしました。Kushi Gardenが成功すると、今度は日影茶屋という老舗レストランのオーナーから声をかけられ、新宿にある「チャヤマクロビオティックス」というレストランのオープンを手伝うことになりました。ここでは、エグゼクティブ・シェフとして、日本人シェフ達に、マクロビオティック料理の調理法を指導する仕事をしました。この間、豆腐をベースにしたチーズケーキなど、砂糖や卵、乳製品を使わないデザートの料理の本など、何冊か本の出版にも関わりました※5。今は、マクロビオティックを教える滝口健康文化スクールやKushi Institute of Japanが開催する料理教室の講師をしたり、各地で講演を行ったり、取材を受けたりしています。
 料理を教えるときは、日本語も使いますが、マクロビオティックの理論について教えるときは英語が中心で、ときどき日本語を入れたりしています。

Q3:日本語をどのように習得しましたか? パレデスさんにとって、日本語はどのような点が簡単で、どのような点が難しいですか?

残念ながら、来日前に日本語を勉強していなかったので、仕事をしながら、日本人とのコミュニケーションの中で日本語を覚えました。最初は、たいへんでしたが、食材や調理法についての日本語は知っていたので、片言ながらもなんとか日本人シェフ達との仕事をこなしていました。どうしても困った時は、英語を話せるレストランのスタッフに助けてもらいました(その時、通訳をしてくれた日本人スタッフが、今は私の妻になっています)。
 日本語は、母音がスペイン語と同じなので、聞き取りは楽でしたね。ただ読み書きは、まだまだ不自由しています。海外で学習している皆さんへのアドバイスとしては、やはり基本的な日本語文法と、少なくともカタカナとひらがなは、来日前に学んでおくことでしょうか…。それだけで基本的な生活はだいぶ楽になりますから。

Q4:来日する前と後では日本のイメージは変わりましたか?

マクロビオティックの写真2  私は子どものころから日本の伝統的な文化に触れ、それをとても価値のあるものと考えていたので、実際に日本に来てみて、日本人がそうした伝統文化の良さを捨ててしまっているように見えることに、とてもショックを受けました。たとえば、レストランの食事や店で売っているお弁当などはたいてい甘い味付けだったり、ファーストフードやジャンクフードがあふれていたりします。人々の生活も、欧米人の生活と全く変わらないように見えました。そうした食生活や生活環境の変化のせいか、アトピーなどいろいろな現代病が日本でも増えていることを知りました。日本人が、自分達が育んできた素晴らしい食文化や自然と調和した生活様式を古いものとして切り捨ててしまっているのは、残念です。
 でも考えてみれば、私も日本の伝統食のことは知っていますが、スペインの古い文化のことはあまり知らなかったりします。スペインの古い陶器についていろいろ教えてくれた日本人に会ったことがありますが、たぶん自分の文化にはない他の文化に魅力や価値を見出すのは、どの国の人にも見られることなのでしょう。おもしろいですね。でも、それで良いのだと思います。

Q5:将来の夢(計画)について、教えてください。

 やはり日本の伝統的な食生活の素晴らしさを、日本人はもとより世界中の人々に知ってもらいながら、環境問題や南北問題、ひいては平和の問題の解決策を考えていきたいと思っています。

  1. ※1肉、卵、乳製品、砂糖を使わない自然食の考え方。日本の伝統食を基礎とした食事療法で自ら肺結核を克服した桜沢如一(1893-1966)によって提唱され、海外にも広められた。
  2. ※2ワカメや昆布とともに日本で常食されている海藻の一種。鉄分やカルシウムなどを多く含む。
  3. ※3桜沢の弟子の一人で、マクロビオティックを米国および世界に広めるのに大きく貢献した。
  4. ※4久司道夫がボストンに開いたマクロビオティックの教育機関。英語で講義が行われている。
  5. ※5『久司道夫のマクロビオティック 美しくなるレシピ』
    久司道夫著、東洋経済新報社刊、2004年、ISBN 4492042199、1,575円、写真A/本文中の挿入写真も本冊子から転載させていただきました。
    『美人の食卓』
    藤原美智子著/パレデス氏他3名のシェフとの対談・レシピ集、アスコム刊、2004年、ISBN 4776201518、1,260円
    『あまくておいしい! 砂糖を使わないお菓子』
    パレデス著、主婦と生活社刊、2002年、ISBN 4391613220、1,260円

    他、さまざまな雑誌に取材記事多数。

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